農業協同組合新聞 JACOM
   

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協同組合書誌学の泰斗を偲ぶ
「古桑の前に古桑なし 古桑の後に古桑なし」
「ライブラリアン 古桑實の仕事

協同組合運動――古桑書誌学の探究してきたもの」
文芸アナリスト・家の光協会嘱託 大金義昭
(古桑實追悼文集編集委員会 
全国協同出版(株)・非売品)

◆唯一のライブラリアン

ライブラリアン 古桑實の仕事

 「人に歴史あり」という言葉があります。波瀾万丈の生涯もあれば、順風満帆の人生もある。臥薪嘗胆の、あるいは苦心惨憺の半生もあり、まさに「人生いろいろ」です。
 望んで生まれたわけもないのに、生まれ育った環境や条件に左右されながら、人は許された歳月にひとすじの航跡を残して帰天する運命を背負っています。地球や宇宙の生成史に比すれば、ほんの一瞬にすぎない、頭上に明滅する星影のようなその刹那に、人は「歴史」という名に値する、どれほどの痕跡を残し得るのか。
 「古桑の前に古桑なし、古桑の後に古桑なし」というのが、本書を一読しての実感です。知る人ぞ知る古桑實さんが、病室の日々をみずから克明に記録しながら天空に帰ったのは、2005年7月。享年75歳でした。
 協同組合書誌学に一身を投じ、前人未踏の孤峰を登り詰めながら、協同組合短大廃校反対闘争などの最前線に立つこともあった古桑さん。協同組合人としてのその温厚篤実の生涯を偲ぶ人は多く、本書は故人と交流のあった有志13人が呼びかけ人となり、三回忌の追悼文集として編まれました。
 本書の年譜によれば、古桑さんは1929年に北海道小樽市に生まれ、父親の故郷・新潟県佐渡郡畑野村に育ち、旧制・佐渡中学を卒業後、文部省図書館職員養成所に入所。54年に同所を卒業して、(財)協同組合学校図書室に勤務。翌55年には協同組合短期大学の主事補に就任。以来、同校廃止に伴い転籍したJA全中を定年退職するまでに、資料室・協同組合図書資料センター・協同組合経営研究所・中央協同組合学園などに所属し、嘱託に。
 この間に古桑さんは日本協同組合学会の幹事・理事を務めるかたわら、足を運んだ研究会などは15に達しました。いずれも直接・間接に協同組合研究にかかわり、協同組合懇話会、生協総研、ロバアト・オウエン協会、協同総合研究所、近代日本社会運動史研究会、大日本報徳会研究会、賀川豊彦学会、狄嶺会研究会、遠山常民大学研究会(柳田国男研究会)、宮澤賢治研究会など多岐にわたっていて、古桑さんの関心の所在や広がりが如実に窺えます。96年には、本紙主催の第18回農協人文化賞を受賞しています。

◆協同組合史家の輝く業績

 本書は3部から成り、第1部は古桑さんの主要著作目録と代表的な論説・解題15編を、第2部は飄々として内に燃えるような情熱を秘めた故人とともに燻銀のような関係を織り成した多士済々の追悼文や弔辞そして遺族の言葉など47編を、第3部は年譜とスナップ写真に加えて、古桑さんがその設立から完成までの運営に尽力した協同組合図書資料センターの概要などをそれぞれ紹介しています。
 本書編集の呼びかけ人のひとりで、JA全農OBの野原一仁さんは、その第2部で「日常、協同組合に関する調査や、図書資料等について何でも相談できるただ一人のライブラリアンであった。それは農協界に限らず、協同組合組織にとって惜しんでも余りある存在であった」と悼み、古桑さんの業績を次のように評価しています。
 第1の仕事は、協同組合学校の短大昇格のための教育図書の収集整備であった。それは協同組合論の教科体系に沿うた和・洋図書5千冊の整備である。(中略)
 昭和50年代に入ってからの第2の事業は、産業組合資料の本格的複刻がはじめられたことである。その主なものは、『産業組合誌』『産業組合年鑑』『産業組合調査資料』『産業組合宣伝叢書』『産業組合問題研究会報告書』『産業組合大会決議録集』など、わが国の産業組合の歴史の第1級の資料である。(年次・巻数などは省略)
 この複刻事業は、協同組合の歴史家古桑實さんにとっては、欣喜躍如たるものがあったに違いない。彼はこの事業に専心的に取り組まれたのである。(中略)
 古桑さんのここでの仕事は、『産業組合誌』(明治38年〜昭和18年・全455冊)の総索引に取り組まれた。それは、『産業組合誌』月刊455冊のデータベース化である。3万枚の図書カードを作成し、編集してA版700頁にのぼるものである。
 この複刻事業の一環として古桑さんは『協同組合運動への証言』(上下2巻・日本経済評論社・82年)を編み、先人たちの貴重な語録を収めます。古桑さんはこのとき、50代前半。みずから築き上げた礎の上に立ち、以降、精力的に協同組合書誌学の領野を極めていくのですが、天職は歩いた跡からついてくる、と言われるとおりの豊饒な業績を積み上げていきます。
 古桑さんがこの時期に残した言葉があります。
 組合史家の任務は、組合運動の足跡を事実にそくして正確に記述することを第1義とし、事実に意義づけし、現状に課題をとらえ、これからの運動に展望を与える萌芽を指摘して完結する。しかし、事実は1つでも解釈は多様である。史観・世界観が問われるゆえんである。新しい芽は葉に、花に成長してほしい。そのきざしを意義づけるのは史家の抱く組合哲学である。(『JA経営実務』79年4月号)
 古桑さんの持続する高い志を支えたエネルギーの源泉は、いったい何であったのか。古書や文献などを渉猟する地味で堅実な作業の向こうから立ち上がる先人たちの輝く幻影が、書誌学の鬼のまなこには際やかに映し出されていたに違いない、と教えられる文集です。
 この国の協同組合は、とり返しようのないライブラリアンの泰斗を失ってしまいました。

(2007.9.25)
 
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