農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

サブプライムローン問題にみる米国と世界の経済動向

「金融立国」アメリカの苦境から何を学ぶべきか?
―「新産業」の発展なくして経済成長なし―

立正大学経済学部長 五味久壽教授

 08年は、年明け以降、世界同時株安や原油、穀物価格の高騰など、経済の先行き不透明感が高まっている。国内の株式市場では1月には一時1万3000円を割り込むなど2年4か月ぶりの安値を記録した。一方、農業をめぐっては原油高の影響などによる飼料、肥料価格の高騰など厳しい問題が山積している。
 こうした世界経済の変調の要因は、昨年夏に表面化した米国のサブプライムローン問題だといわれている。今回はこの問題の震源地となった米国の経済、社会の問題と世界経済を見る視点について立正大学経済学部長の五味久壽教授に聞いた。

◆金融商品化された住宅ローン

五味久壽氏
五味久壽氏

 サブプライムローンは、低所得者やクレジットカードで返済延滞を繰り返すなど信用力の低い個人を対象にした米国の住宅ローンの一種である。
 本紙では昨年11月20日号で農林中金総研の田中久義専務にこの問題の解説とJA金融の役割について提言してもらったが(記事参照)、それによるとこのローンは、米国政府の持家保有支援策を受けて、民間金融機関が利率や返済方法などの貸出条件を多様化し審査も緩やかにしたローンとして設計された。
 2001年のITバブルの崩壊後、米国で経済成長を主導してきたのは、株式市場バブルの拡大(いわゆる「金融市場立国」)による消費の拡大(家計貯蓄率はほとんどマイナス)であった。これにともなって進んだ住宅建設の拡大を支えたのがこの住宅ローンだ。これまでの報道によると米国では住宅ブームによって00年から05年にかけて住宅価格が平均55%も上昇したという。
 住宅価格の上昇は担保としての住宅の評価額も上げる。
 サブプライムローンは一般に最初は低金利だがその後は金利が高くなり、かつ変動金利が採用される。しかし、住宅価格が上昇を続けていれば、ローンの借り手にとっては「返せなくなっても家を売却すれば返済できる」し、資金の貸し手にとっても同様に「売れば資金を回収できる」から、とサブプライムローンが拡大した。昨年11月時点の田中氏の解説ではサブプライムローンは「アメリカの住宅抵当貸付金残高約1260兆円の14%を占めるにいたっている」とされている。
 しかし、06年に住宅ブームが終わり住宅価格が下がってくると、このような担保価値の増加をあてにしたからくりは続かず、延滞が増えることになった。さらに政策金利の利上げ(FRBによる利上げ)でローン金利も上昇し返済に行き詰まる例が急増していった。

◆運用先のない資金の行き先に

 ただし、今回のサブプライム問題は、すでに指摘されているように住宅ローンの延滞の拡大、それにともなう住宅投資への減少、市場の冷え込みという問題にとどまらなかった。
 サブプライムローンによって個人に融資したローン会社は、資金回収リスクを回避するために債権をいわば束ねて証券化し、「住宅ローン担保証券」として売り出していたのである。この担保証券を投資機関(ヘッジファンドなど)が買ったが、その購入資金は銀行や証券会社から借り入れられた。
 金融機関がこうして直接、間接的に証券化されたサブプライムローンと関係を持ったのは、後述するように製造業など実体経済のなかに資金の運用先がないためである。
 また、住宅ローン担保証券は投資信託など一般の金融商品のなかにも組み入れられたことからサブプライム関連の投資は広がり、さらに証券の売買を通じて世界中に広がった。
 昨年の夏に起きたのは、サブプライムローンの焦げ付き拡大を背景に、米国の格付け会社がサブプライムローンを担保とした債権の格付け引き下げを発表したことから、ニューヨーク株式市場で株価が大幅下落したことだった。それにともなってこうしたリスクの高い金融商品に関係した金融機関の信用力への不安も高まった。これには、シティグループやモルガン・スタンレーなど米金融機関だけでなく、スイスのUBSや英のHSBCなど欧州の金融機関も含まれている。ヨーロッパの資金も、有利な運用先をここに求めていたからである。
 昨夏以来のこの問題の影響がどの程度になるか懸念されるが、住宅ローン担保証券は小口化されさまざまな商品に組み込まれているため、サブプライム問題による損失額などはまだ予想がつかないというのが市場関係者、識者の一致した見方だ。
 五味久壽教授も「金融商品は擬制された(フィクション)商品であり、その擬制が多重にかけられている。だから金融機関の決済危機の結果が出てみなければその影響の最終的大きさは分からない」と話す。

◆米国の産業構造の変化

米国のGDPの産業別構成

 なぜ、このように問題が拡大したのか? 五味教授は、その背景にある米国の経済構造の変化にこそ注目すべきだとする。
 引用した右図のように米国のGDP(国内総生産)を産業別にみると、最大の分野は「金融・保険・不動産」でその割合は20.5%となっている。一方、製造業は分野としては2番目の地位だが、割合は13.8%となっている。
 米国(と英国)は金融市場が中心となっている「金融市場」資本主義であり、製造業の割合がすでに低い。米国の製造業といえば宇宙・航空産業のほか、IT関係企業が浮かぶが、マイクロソフトやインテル社などは実際には海外での活動が大半を占めるなど国外、特に中国・アジアと手を組んで発展してきた。
 また、自動車産業も昨年の米国内販売台数1600万台から今年は1500万台に減少する見込みだ。こうしたことから「米国内では製造業への投資先が少なくなっている」と五味教授は指摘する。
 そしてその余剰資金の向かった先が不動産・金融であり、その象徴ともなったのが住宅ローンだ。住宅購入では現金決済はまずなくローンが組まれるから、必然的に住宅産業は金融の関連産業となる。しかも米国金融市場は世界最大の資金運用の場となっていたことから、サブプライムローンがたちまち金融商品化することは目に見えていたのである。実際、サブプライムローンは低所得者などだけではなく、別荘やリゾートホテルの値上がりを期待した個人投資家にも利用された。住宅バブルの崩壊で返済が滞った人にはこうした住宅投資で稼ごうとした人も多いという。
 だが、「新産業の発展なしには経済は成長しない」(五味教授)。米国は国際収支赤字と財政赤字の上に立ったまさに「金融立国」だったが、その反面で古い製造業が衰退していた。それが今回の大問題を引き起こしたともいえる。

◆住宅需要と人口動態

 米国の住宅バブルと聞くと、実需はないのに投資だけが続いたのかと思うが、五味教授は住宅の実需が実際には相当あっただろうと話す。
 下図は米国の国勢調査で州ごとの人口の増減をみたものだ。

州別の米国の人口動向

 今月の英「THE Economist」(19日号)はこの図より細かい郡単位での人口動態地図を掲載、米国中部農業地帯の過疎化問題をレポートしている。それによると米国の人口は00年から06年で全体では6.4%増加したが、5分の2の郡では人口が減少しているという。
 一方、その動態地図で興味深いのは人口急増地域がシリコンヴァレーなどのIT産業によって代表されるカリフォルニア州など米国南西部となっていることである。上の州別図でもデトロイトの自動車によって代表される中西部を含む米国の古い製造業が集積している地域の中部にくらべて、南西部で増加していることが分かるだろう。
 人口増加地域は航空・宇宙産業や日系自動車企業の進出先などと重なり、豊富な労働力が集まっていることが分かる。こうしたアメリカ内部での新産業部門が集積している地域に集まってきた人々には移民も多いと考えられる。
 このような地域での人口増加は実際に住宅需要を生み出し、しかも低所得者向けの住宅ローンが求められることになったのではないか、という。しかしながら、それは前述したような経過で金融商品化され実需から離れていった――。
 ところで、「THE Economist」誌のレポートは米国農業地帯の水不足の進行と過疎化に焦点を当てた記事であり、内陸部の急速な人口減少への対策の必要性や、灌漑農業の危機を指摘している。これも「金融立国」内部で起きている現実である。五味教授によると、米国内陸部ではスクールバスが今や100マイル圏内から生徒を集めなければ学校が成り立たない状況だという。

◆ドルの下落は続く

 サブプライム問題による株安とドル安の一方で、原油や穀物価格が上昇し高止まりをしている。その要因は、穀物であれば米国のエネルギー政策や世界的な穀物需給の不安定化などがあるだろう。
 さらに、これだけの高騰のより大きな要因はサブプライム問題によって「ドルがいっそう信用できなくなった」ことがある。ドル資産を運用してドルを稼ぐ土台が信用できないから、今度は余剰資金が原油や穀物などのモノの市場へ流れ込んできたというわけだ。
 1971年、当時のニクソン大統領がドルの金交換停止を発表したときも、ドルへの不信認が進んでモノの市場へ流れ原油高などを招いた。当時、現首相の父、福田赳夫首相は「狂乱物価」などと表現した。今回もドルへの不信から同じように原油、穀物などの国際的商品への投機が起こる事態となっている。
 しかも、引用した下図のように商品市場はマネー市場にくらべて著しく規模が小さい。世界の株式市場の時価総額が7200兆円であるのに対し、米国の原油先物市場は14兆円にすぎない。金や穀物となるともっと規模が小さい。そこに米国金融市場での運用に見切りをつけた資金がどっと流れ込んだために高騰を招いている、というのが多くの見方だ。ただし、「価格の動向の基礎には、買い手側の実需という実体的基礎がある」と五味教授は話す。

世界の各種市場の規模

◆中国、アジアに実体経済の力

 世界の経済動向というとわれわれはどうしても米国、EUなどの動向が関心の中心となりがちだが、先頃発表された貿易統計が示すように中国を中心としたアジアの実体経済が急成長している。
 たとえば、中国の鉄鋼生産量は全世界の3分の1を占めるなど、実体経済に大きな影響力を持つ。07年の貿易統計では日本の輸出先は米国(20.1%)を抜き中国(20.7%)が初めてトップになった。その中国の輸出先は米国(19.1%)よりもEU(20.1%)のほうが大きくなっている。EUの輸出先も米国の比率が低下しロシア、中国などの割合が増えている。米国依存度の低下を経済紙は伝えている。
 サブプライム問題で揺れるなか、実体経済の成長を背景にこのような貿易地図の変化も見られる。
 「金融立国といってもやはり製造業なしには発展しないことが米国の例で分かったのではないか。その製造業も、とくに新しい産業部門はグローバルなネットワークを形成している。アジアを中心にモノを作っている地域の動向にいっそう注視することが必要だ。米、EU主導から中国、インドなど新興国主導への転換という局面にわれわれはいる」と五味教授は話している。

(2008.2.6)



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