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農協時論

「論議から行動の時に−食料自給率問題」
   新潟大学農学部教授 伊藤忠雄


◆「決意」を伝える大キャンペーンを

 物事を新たに始めようとするとき、情報過多の現代ではなおさら、キャンペーンが欠かせない。4月から導入が始まった介護保険制度などは、国民にとって身近であるだけに、政府・自治体はメディアを総動員して浸透を図った。それでもなお、制度の詳しい仕組みや負担については周知徹底されていない。大きな事件・事故の場合は、テレビ画面を前に国民総捜査員か解説者になったと言えるほど浸透するのに、政策や方針を一般の大衆に周知させることは並大抵のことではない。
 政府は、これから10年後を目途にわが国の食料自給率を45%まで引き上げるという。この方針は先ごろ「食料・農業・農村政策審議会」で決められ、小渕前首相に答申された。この「基本計画」を受け取った同首相は、「21世紀の政策の指針となるものとして、重く受け止めております」と述べ、今後これに沿って農政を展開する考えを強調していた。

 しかしながら、この重大な政府の決意を知っている国民はどれだけいるだろうか。「食料・農業・農村基本法」の施行後初めてとなる平成11年度「農業白書」でも、政府は食料自給率向上のために「国民的運動」を展開する必要があると課題を提起し、既に農業団体ともども「対策本部」を設置して具体的な推進段階に入っているが、「白書」の内容はおろか、それが発表されたこと自体、新聞等のメディアで詳報されていない。

 新学期が始まり新しい学生が入学してきたので、早速わが農学部一年生にこのような自給率向上に関する政府の方針を聞いてみたが、ほとんど知らなかった。さすがに国民的常識である自給率の現状は40%と知っていたが、では彼ら自身が望ましいと思う10年後の水準はどの程度かと尋ねると、70%、60%などという反応が返ってきた。政府の計画はわずか5ポイントを上げるだけだと聞かされて、やや唖然とした反応のように思えた。しかし、それでもこの数値の達成がやっとなのだと解説しても、反応は鈍かった。これが国民の多くの受け止め方でもあろう。推進する側と、される側のこの隔絶したギャップを直視しなければならない。

 国民の協力なくして目標自給率の達成が危ぶまれる中、国民のほとんどに認知・浸透されないことになれば、政府目標はまさに画餅に帰するのは確実であろう。日本の「食」の現状はどこかおかしくなっているという一抹の不安は、国民・消費者の多くが抱いている不安である。それゆえ、21世紀を迎える「食」をめぐる環境についての現状と見通し、そして政府、農業者側の決意は大々的なキャンペーンを張って情報提供すべきであろう。「国民的運動」とは消費と生産の両輪が機能しなければ前進しないのだ。
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◆集落機能の復活へ 信頼ある支援策を

 それでは生産農民の反応はどうかといえば、「大山鳴動してわずか5ポイント程度の引き上げか」という不満の声も聞かれる。「せめて半分程度は国内で賄えないものか」と願っていた農民の期待に充分応えるものではなかったようだ。
 確かに、自給率を1ポイント高めるだけでも相当な仕掛けが必要になる。具体的に麦や大豆の生産必要量・面積を試算しただけでも、その容易ならざる困難さは推察される。
 だからこそ昨年以来、基本法を指導させる大型の政府装置を用意し、「水田営農活性化対策大綱」では、転作の本作化のために過去最高額の助成金を配置した。

 しかしながら、それにかかわらず生産現場の反応はいまひとつの感があり、むしろ憂鬱さえ感じられるのである。
 その要因を筆者なりに解釈すると、ひとつには集団的土地利用を進めるための「集落営農」の困難さであり、もうひとつは政策への疑心である。

 これまで、構造政策の基本スタンスは「意欲ある農業者、経営体」に集中し、集落営農は認定農業者や生産法人などの経営体から比較すればその影は薄かった。基本法の検討過程でも、論議は生産法人や株式会社参入問題に集中し、地域農業の発展にとって重要な役割を果たしてきた生産組織や集落営農についての新たな位置づけは非常に希薄であった。

 それが、ここへきて食料自給率向上の旗手として急にスポットを当てられているのだ。当事者達が面食らうのも無理からぬことであろう。確かに、転作の本作化のためにはこうした地域的対応が必要であり、バラバラで生産しても生産性は低く、実需者の期待する安定生産でかつ低コスト高品質な生産物は期待できない。さらに、高額な転作助成金の交付も無理である。そのことは関係者が百も承知のことなのである。

 言われるまでもなく、農民はその時々の政策に対応して転作団地化のための努力を必死で進めてきた。その結果、平成5年頃まで転作組織はまさに各地で群生していた。単なる栽培協定にとどまらず、資本投下して機械施設の装備も図っていた。しかしながら、翌年度からの復田政策により償還金を残したまま霧散したところさえあった。
 7年度からは食糧法が施行され、意欲的な農家はコメの直売に走り、大幅な転作が割り当てられた緊急生産調整においてはこうした集落ぐるみの転作組織化が極めて困難になっている。集落によっては協力派と非協力派の軋轢が生まれ、集落機能に亀裂が入って前者よりも後者の農家が多いという地域さえみられるのが実態である。

 そしていま、再び集落営農に戻れと誘導されても、すぐに過去のわだかまりを捨てて合意形成できるほど簡単ではないのである。とりわけ、まとめ役となるリーダーの負担は計り知れない。再び施策に応じ、必死で説得して集落のまとまりをつくりあげても、また裏切られるのではないかという悪夢も脳裏をよぎる。
 要するに、事は助成金の問題だけではないのである。このことを肝に銘じ、生産者への信頼のメッセージとそのための支援策を強く期待したい。
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◆手にした「海図」 漕ぎ手の育成大事

 振り返るまでもなく、これまでわが国には「食料政策」が不在であった。減反政策は、船の漕ぎ手に叱咤激励して船を漕がせても、向かうべき針路を指示しなかった。漕ぎ手は30年余りにわたって言われるままに汗を流し、懸命に櫂を動かしても島影も見えず、疲労困憊していた。

 いまようやく「食料政策」という海図を手にした。自給率45%ラインへの海路は決して容易(たやす)くはないが、国内農業生産の増大という方向は、全国農民の共通した悲願であった。まさにその国民的課題が法案として明記され、政策課題として動き始めたのである。

 今度こそ地域の英知で21世紀型の新たな集落営農を展開し、たくましい漕ぎ手を育てて欲しい。農協もあらゆる情報と戦略を駆使してこの船を牽引する決意が望まれる。食料自給率問題は、論議から行動の段階を迎えたのである。



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