北海道の大雪山の山ろくに全農のETセンターが誕生して7年目を迎えた。この間、黒毛和牛を中心とする受精卵は、当初の1800個程度から16年度には7000個以上を供給するまでになった(図1)。また、受精卵を移植した妊娠牛の供給も、1143頭とフル生産の状況だ(図2)。当初は受卵牛にセンターの牛を使うケースが大半だったが、最近は牛を預かり受精卵移植し妊娠させ生産者に戻すケースが増え、現在は1143頭の半分がこのケースだ。これだけの規模で受精卵を供給するのは、アジアでは、このセンターだけで、世界的に見てもベスト5に入るのではないだろうか。
そこで、同センターがこれから目指すものと、実際にET技術を活用しているJA伊達市とJA岩手ふるさとに取材した。 |
全農ETセンター
◆酪農家の所得向上に貢献するET事業
ET(受精卵移植:Embryo Transfer)技術は、全農以外でも研究開発され提供されているが、全農が特許を持つ受精卵の凍結技術がシッカリしていて現場で使いやすいことと、受胎率が高いことが、生産現場での高い信頼となっている。受胎率は牛の状態などで異なるが、50%強〜70%強で、センター内では毎年コンスタントに70%台を確保している。そのため、リピーターとなる生産者が多い。
規模だけではなく、飼料畜産中央研究所時代から蓄積されてきた研究成果は世界的に高い評価をえている。
ET技術の確立によって、乳牛であるホルスタインに黒毛和牛を生ませることで、和牛を付加価値をつけて販売でき、乳牛は搾乳できるという二つのメリットが生産者にはある。こうした、生産者にとってメリットがでるような確実な技術を確立し提供することで、「生産現場でのET技術に対する認知度が高まり、喜んで使ってもらえる」ようになると青柳所長。
◆不受胎牛を救済するリピートブリーダー用受精卵
そして、生産者に喜んでもらえる技術として研究開発に取り組んでいるのがリピートブリーダー(3回以上人工授精しても受胎しない牛)問題と性判別済み受精卵の凍結法の開発だ。
ホルスタインの乳牛としての能力は非常に高まっているが、かつて5産、6産と子牛をとっていたが、いまは人工授精の受胎率が低下し、平均2.4産でとう汰されているという。これは世界的な傾向でもあるという。これでは経営効率が悪いので、何とかもう1産させ搾乳したいと生産者は考えている。
最近、こうしたリピートブリーダーに受精卵移植をすると受胎することが分かってきた。しかし、通常の受精卵ではコストが高いので、安価な受精卵を供給して欲しいという要望は強い。これに応えるためにセンターでは、主に体外受精卵を中心に低価格で安定的な受胎率を確保できるような仕組みづくりを実証応用試験という形で徐々に広げてきている。
◆酪農家が待望する性判別済み受精卵
後継乳用牛をつくるためにもET技術は使われるが、性判別をされていないと生まれるのがメスなのかオスなのか分からない。「一所懸命にETをしてもオスばかり生まれ、まったくメリットがない」というケースも出てくる。だから生産者からは「性判別し、メスだと分かっている凍結受精卵を」という要望がある。
DNA検査による性判別技術はすでに確立されている。しかし、検査のために受精卵の細胞をとるため、受精卵がダメージを受けている。それを現在の凍結法で凍結させると受胎率が低下する。センターではダメージを受けた受精卵にとって優しい凍結融解法の研究開発に取り組んでいる。これが開発できれば、乳牛の改良にも貢献することができる。
青柳所長は「この二つの研究開発を生産現場で使える技術として確立して酪農生産者の経営基盤強化に貢献すること。そして、受精卵供給について、3年後には年間1万個以上供給を目指して進めていきたい」と今後の抱負を語った。
ETで和牛繁殖基盤を拡大 JA伊達市
◆乳肉複合めざし全ての酪農家が受精卵移植を実施
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竹内素係長 |
北海道南西部に位置するJA伊達市(丹野征之組合長)は、平成10年に旧伊達市・室蘭市・登別市の3JAが合併して誕生した。JA販売事業の約5割が道内だけではなく首都圏に出荷する野菜類で、牛乳・畜産品が3割強、そして米・甜菜・麦・豆類などを生産する「野菜・酪農・米・雑穀の混合経営地帯」だといえる。1戸当たり耕作面積は道内としては比較的小規模であり、酪農農家の経産牛飼養頭数も40〜50頭で、飼養形態も繋ぎ飼いが95%と府県と似通っている。
同JAの受精卵移植の取り組みは昭和62年から始まっているが、平成9年から移植頭数が急激に増加し、15年度には人工授精・受精卵移植の延べ頭数約4000頭の内、400頭以上が受精卵移植と約1割以上を占めるまでになった(表1)。
その理由を同JA畜産課授精センターの竹内素係長は、「取り組みの当初は、確かな目的はなく受精卵移植の有用性を模索する時期だったのではないかと思う。平成4年ごろからは、体外受精卵の供給と補助事業で農協管内の営農条件に見合った乳肉複合を目指した移植が多くなった」からだという。そして、繁殖素牛導入事業との相乗効果もあって「酪農家の4割が和牛繁殖牛を所有し、約50戸の酪農家すべて、肉用牛繁殖生産者の半数以上が借り腹などを含め肉用牛受精卵の移植を実施している」。
◆老廃牛の再利用による受精卵移植の増加
さらに、乳牛改良のために地域のリーダーが自家繁殖の系統増殖を目的に、小規模な採卵・移植を行なってきたが、平成8年以降、MOET事業によって乳用牛受精卵の移植が増加し始めたという。この過程で、輸入受精卵による生産牛が2産次泌乳中に乳房障害により泌乳不適となったことを機会に、採卵専用の供卵牛に転換したことが、多数の受精卵の確保とその後の乳用牛受精卵移植の増加につながっているという。
同JAのET技術活用の特色は、こうした取り組みが発展し「繁殖救済措置と生産振興を同時に進める」こと。JA管内全体での取り組みとすることで、地域の先駆者やトップブリーダーのみが活用する点の取り組みから、地域全体で誰でも活用できる面的な取り組みになっていることにある。
それを可能にした1つが、老廃牛の供卵牛への転換だ。能力はあるが乳房障害などで老廃牛となる牛は多い。この牛をJAが無償で預かり全農ETセンターの「預かり供卵牛型」で預託し、採卵成績が低下するまで連続して採卵し、その受精卵を性器排血牛やリピートブリーダーなど繁殖障害牛に安価なコストで移植するようにしたことだ。
平成9年〜15年に受精卵移植を行なった牛は1601頭でその内、排血牛が484頭(30.2%)、リピートブリーダーが184頭(11.5%)。その受胎率は排血牛が52.9%、リピートブリーダー45.1%と(移植前授精回数別詳細は表2)と高く、ホルスタイン後継牛確保のため、安価なホルスタイン受精卵を希望する生産者からは好評を得ている。公共牧場で10回以上の人工授精経歴をもつ未経産牛を8頭すべて受胎させたこともあるという。
◆全農ETセンター受精卵への高い評価
このほか、現役の搾乳牛や肉用繁殖牛の繁殖適期の体内採卵や育種改良上価値ある個体については高額な経費を負担してもOPU措置による体外受精卵の作成。血統や枝肉成績が優良な採卵未経験の老廃牛・肥育牛からと畜によって卵巣を採取しての体外受精卵の生産も行なっている。
購入受精卵の活用も盛んで、年間使用する受精卵の半数約200個が購入卵。その内、全農ETセンターが6割強を占め受胎率が良いので生産者の信頼も高い。
JA授精センターの受精卵移植業務は、受精卵の販売・共有・交換などの生産者間の仲介業務を日常業務として行なうことで、生産振興と繁殖救済事業を同時に推進している。竹内さんは今後の課題として「いっそうの受精卵単価の抑制・受胎率の向上・雌雄産み分けなどに積極的に取り組んでいきたい」と考えている。
ETを活用して経営規模を拡大
JA岩手ふるさと・鈴木牧場
◆市場で評価されるET和牛子牛
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千葉県のサラリーマン家庭出身だが、動物が好きだから自然と畜産の道に進んだと語る鈴木恒雄さん |
岩手県南部の水沢市と胆沢郡の前沢町・金ヶ崎町・胆沢町・衣川村の5JAが合併したJA岩手ふるさと(門脇功組合長)は、稲作を中心に野菜・果樹・花き・畜産などの県内有数の産地だ。
胆沢町で酪農を経営する鈴木牧場は、県内有数の稲作地帯であるため、酪農として規模拡大や粗飼料自給率向上が難しい地域のなかで、ET技術や新しい技術をいち早く取り入れ、長年の夢だったフリーストールによる規模拡大を実現した地域のリーダー的生産者だ。
鈴木牧場は、鈴木幾久雄さん・豊子さん夫妻と娘さんのくみ子さんとご主人の恒雄さん夫婦による家族経営だ。会社員だった幾久雄さんが離職し、昭和37年に初妊牛2頭・育成牛1頭からはじめた牧場だ。その後、昭和53年に米国に視察に行ったことを契機に、60頭規模に拡大し、本格的な酪農経営に取り組む。
さらに昭和59年に、岩手県がはじめた受精卵事業を導入し、ET技術による和牛生産によって経営の安定化をはかってきた。酪農生産者にとって和牛の哺育・育成は簡単な仕事ではないが、豊子さんが担当しその技術を蓄積してきた。「平均的な価格で売れるようになったのは、ここ10年くらい」だというが、JA全農いわての家畜市場でも高値取り引きされるなど、その哺育・育成技術は高く評価されている。
◆60頭のET妊娠牛を一気に導入
平成14年には、全農ETセンターが供給しているET妊娠牛を2ヶ月間で60頭を一気に導入。そして15年にもET妊娠牛30頭を導入して規模を拡大し、安定的で計画的な生乳生産を行なっている。14年の場合、子牛の出産は7〜10月にわたったが「1週間に10頭生まれる」ときもあるという忙しさだったが、事故もほとんどなく平均価格を上回る高値で取り引きされた。この子牛販売で資金的な余裕もうまれ、緊急的な施設整備も自己資本で対応できたし、導入費用(牛代)の償還も問題なくできるという。
一気に60頭の導入が可能だったのは「早期離乳できるなど、哺育技術の裏づけがあった」からだとJA岩手ふるさと酪農課の千田由春乳用牛哺育育成センター所長はいう。
現在、経産牛の9割が全農ETセンターからの導入牛となっているが、恒雄さんは「全農のET妊娠牛は、乳量も出るし、北海道の広い牧場で育ってきたためか体も強くていいですね」と評価する。
◆ETは経営を支える大きな柱
規模拡大の手段としてET技術が大きな貢献をしたことになるが、これからも「牛乳とETが、経営を支える二本柱」だと恒雄さんは語る。
千田所長は、鈴木さんのようにET技術によって規模拡大する生産者を増やして、稲作が8割を占め牧草用地の確保が難しい地域ではあるが、地域の畜産生産基盤を強化していきたいと考えており、すでに具体化が決まったケースもあると話す。
【お問い合わせ先】
○全農ETセンター
〒080−1407 北海道河東(かとう)郡士幌町字音更(おとふけ)西6線3311−11
TEL 01564−2−5811
FAX 01564−2−5813
○全農畜産生産部 生産基盤対策課
〒100−0004
東京都千代田区大手町1丁目8番3号
TEL 03−3245−7224
FAX 03−3245−1952
ETセンターのHPが使いやすくなる
全農ETセンターのホームページ(HP)が、従来の内容を大幅に一新して4月、リニューアルする。
新しいHPでは、受精卵や妊娠牛供給や経膣採卵技術サービス・性判別技術サービスなどセンター事業の紹介だけではなく、受精卵やET妊娠牛の生産方法と受精卵の注文等が追加され使いやすいものとなっている。 |