◆理屈は後からついてくる
加藤 今回の勉強会は理屈ではなく現場に根ざした知恵を頂き、生産者が自らの「気づき」を得て生産現場での改善に結びつけることが成果だと思っています。
張 あまり理屈は強くないんですよ(笑)。
トヨタでは先輩が現場をどんどん改善していきましたが、理屈ではなく「ここがムダだ」と現場を見ながら進めました。
当時は大学の先生方からもトヨタは何をやっているのかと批判されもしました。ところが、僕らの先輩連中は、どんどんやれ、いい仕組みを作れば理屈は後からついてくる、と。
今、これは名言だと思っています。誰かが後からトヨタ方式、カンバン方式などと理屈をつけてくれたので、いかにも最初から理路整然とやった、ということになっている(笑)。
実際はムダな歩行や、やりにくい作業に対して「こんなことをなぜやらせている? この人の大事な時間をムダ使いさせているのはお前たちだ! すぐ直せ!」と叱られることの連続でした。
しかし、これはそんなに間違いではなかったと思っています。むしろクルマづくりに抜けていたところ、そこを1つひとつ埋めていったことからできあがったのが、トヨタ生産方式だろうと思いますね。
◆現場で問題を見つけだす
張 それは何かといえばやはり技術です。
技術とは実は固有技術が圧倒的ですね。プレス屋さんは圧力をどれだけかけたら鉄はどのくらい伸びるか、ということにはものすごく強い。塗装はこれとあれを混ぜればこうなるという専門的なケミカルの世界です。固有技術はみんな強い。
しかし、それを全部合わせていい自動車を安く作りましょう、ということになると、私は技術屋だ、と胸を張っている人たちがまったく無関心な部分があった。それは固有技術をうまく管理するような管理技術といっていい。
たとえば、それぞれがタイミングを合わせて生産すれば在庫はいらない、ムダが省ける。こういうことは誰も教えてくれないし言わなかったから本もなかった。
加藤 農業の現場でも、まったく同じです。たとえば、JAグループには営農指導員もいますし、肥料や農薬、栽培の専門家もたくさんいるわけです。
しかし、生産現場でたとえば、整理整頓は物事の基本です、ということを誰も言わない。現地の勉強会では収穫されたベビーリーフを袋詰めして出荷するという作業のなかで、作業員の動線はどうなっているのかと指摘を受けましたが、私たちはそれまで誰も問題にしませんでした。できたものを売るだけで、生産・販売の全体のなかでどう生産性を上げていくかということができていない。
農家は家族でやっている場合が多いという事情もありますが、こういったアドバイスは抜けていたのではないかという感じがしますね。
張 現場で何かちょっとおかしいということがあるときは、まず整理整頓してみると問題が見えます。それをさらに辿ってみると、仕組みが悪いのか、あるいは製造現場ではなく、生産管理とかいって部屋にこもり鉛筆をなめているような部署が悪いのかといったことも分かる。
農業ではこういう点を農協がお手伝いする部分が相当あるのではないでしょうか。
◆世界のトヨタと日本農業
加藤 日本農業の生産性向上については農地を集積させていこうという取り組みも大事ですが、中山間地域で耕地面積をどんどん広げられるかといえば、それは無理です。この問題について、勉強会で会長が言われたトヨタの経験にわれわれはハッとしたんです。かつて米国のビッグ3は生産台数ではトヨタの遙かに先を行っていた、そこでトヨタは少量多品種生産でがんばっていこうと考えた―、でしたね。
ところで、会長が80年代半ばに米国ケンタッキー州での工場設立責任者でおられたときに、私も米国に赴任にしてリン鉱石採掘精製会社の運営に従事していました。
それまでは重機にしてもトラックにしても米国製を使っていましたが、われわれが経営権を持ったので、米国製から一部、小松の重機や、トヨタのランドクルーザーなどに切り替えました。現地作業員からは日本製は故障が少ないとの評価を得ました。そのときGMのディーラーの方は、我々も日本のように、米国人だけを従業員に雇えば日本車のように故障しないものができる。しかし、様々な外国人を雇って生産すれば品質の高い車を作るのは無理だ、というわけです。日本の農業も同じで、大量生産による効率性では米国に太刀打ちできないが、少量多品種生産で品質の高いものを作っていくことで勝負するというところに切り口があるのではないか。今回の勉強会でトヨタも同じ視点だったのだとわれわれに教えていただきました。
張 昭和25年ごろ、トヨタは月間トラック800台、1日あたり40台の製造でした。そのときフォードは1日に8000台です。普通に考えれば200倍も差があっては勝負にならない。放っておけば輸入自由化で潰されるが、しかし、戦争で負けて金はない、製造設備も当時はろくなものはない。「使えるものは知恵だけだったんだよな」と最高顧問の豊田英二さんから聞かされたものです。
それを大野さん(大野耐一元副社長:ムダの徹底排除、ジャストインタイム方式などトヨタ生産方式を確立)がムダの排除、少量多品種製造など一つひとつきちんと体系化していった。
私は大野さんの部下になったんですが、あるときムダって何ですかと聞いたら「仕事以外だ」と。
では仕事って何ですかと聞くと「働いている人の一挙手一投足が全部、工程を進める動きになっているか、つまり、お金がもらえる動きになっているかだ」。
そんな見方をすると、部品を置くために移動するなど、そこらじゅうお金をもらえない動作だらけで、自動車を作っている動作はすごく少ない。さらに大野さんは「火花が出ているときだけが仕事だと思え」っていうわけです。
部品をセットしてボタンを押し溶接機から火花がパッと散るんだけれども「本当はこの部品をセットするところも省きたいんだ、火花が散って上と下をくっつけた、それだけが仕事なんだ」と。確かにこれがなければ自動車にはならない。仕事というものを極限にまで突き詰めて考えさせられました。
それから米国では仕事にお金がついているから、ドアをはめる人はそれでいくらと決まっています。だからドアしかはめない。しかし、私たちは多能工化、多工程持ち化しようと、ドアもはめます、タイヤもシートもやりますとどんどん横に広げ、いちばん理想は何でもやれることだという生産システムをつくりあげていった。一番違うのは米国はそれができなかったことです。
加藤 トヨタの少量多品種製造の原点は意外と農耕民族としてのわが国の農業技術かもしれませんね。
(写真)JA全農とトヨタ、茨城県つくば市にある農業生産法人(株)TKFの3者の勉強会は「現場」で行われた。張会長(左)にベビーリーフを手にとり説明する木村代表(右)。中央奥に加藤専務。
◆原価を把握し利益を考える
加藤 経済学者のシュンペーターは「どんな製品であろうが、いずれ需要は天井を打つ、イノベーションこそ資本主義の原動力である」といっています。自動車でも、電化製品でも、イノベーションは命であり、常に新しいものをつくり出して需要を喚起していく。食品にもかつては日本にはなかったポテトチップスもイノベーションだと思います。しかも、製造業の場合、そこには必ず需要予測と厳密なコスト計算への不断の努力がありますね。
張 農業においても、市場が何を求めているかを的確に把握し、お客様が求めるものをいかにタイムリーに供給していくかという視点が求められていると思います。
極めて工業的な発想ではありますが、私たちはいまだに原価とは何だろうと議論しています。
原価がはっきりすると売り値をここにすれば利益が出るということになりますが、原価をはっきりつかまえていないと原価割れのところで値を付けたりします。
一般的には売値は市場で決まってきますから、原価はそれよりも低くなるように自分たちで努力をしないと利益が出ないということになる。
農業の場合も売値に対して原価が現状でどうなっているかをまずつかまえていく。これは個々の農家の方ではできない。というのは、最初に生産したところからお客さんに渡るまで全部みなければならないからで、農協ならそれができるでしょう。ここで作った農産物が利益を生む値段でお客さんに売れているかどうか。ただし、工業と違ってなかなか難しいだろうなとは思います。農家がものを作った時間だけでなく、袋詰めから検査などの時間もかかっているわけですね。いろいろ人手がかかっている場合もありますから、そうなると原価って一体どうなったのかとなるでしょう。
私たちはこれを工数といっていますが、農産物の場合でも販売までにどれぐらいの工数がかかっているのか、そこをまずきちんとつかむことだと思います。そうすると一般論でいえば、作りたてのものを、中間を省いてお客さんに届けるのがいい。産地直売ならいちばん余分な工数がかかっていないということですね。
しかし、それではお客さんが困ることもあります。たとえば、泥だらけのものが並んだり、規格からはずれたものが並んだりなど。ですから今度は、作った後にどれだけ手をかければ売れるのかという点を整理し、そこから逆算して作る人はこれぐらいの時間をかけて生産する、だからいくらぐらいもらえる、という仕組みにしていくのが第一段階だと思います。
◆需要予測はJAグループの機能
張 第二段階は仕事の組み合わせです。
自動車産業では朝の8時から夕方の5時まで、年間2000時間働いていくらと給料が決まっています。農業では季節によって繁忙期とそうでない時期があると思いますが、これを作っている間にこっちでこれを作りましょうとか、この時期に手が空いてしまうからそこをうまく使えないかといった組み合わせが必要だと思います。
これがうまく回るためには、今の世の中でこれはこれぐらい売れるが、こっちはどうも頭打ちになってきたから別のものを探そうなどと需要予測をしてトータルとして仕事量を確保する役割も必要です。作るほうはそれを受けてうまく生産をしていく。これはJAグループの役割かもしれません。
◆今、農業をやっている人こそ変革の主人公
加藤 会長の農業に対する思い、JAグループに対する期待、それをお聞かせいただけますか。
張 日本の国全体を考えたとき、農業も国際競争を無視するというわけにはいかないでしょう。みな国際競争に強い農業にぜひなってほしいと思っていると思います。
私はそのためには日本人は全員協力すべきだと言っているんです。少なくとも工業、あるいは商業の分野でお役に立つところがあればそれはもうどんなことでもお手伝いするという姿勢です。日本農業がんばってください、それが日本の国が強くなることとイコールだという気がしていますから、がんばれとエールを申し上げたいです。
では、誰がやるかというのが二番目ですが、これは絶対に今やっている方たちだと思うんです。工業が新たに入っていってなど、現実にいろいろやっているところはありますが、そうではなくて今は実際に農家の方と農協の方がいらっしゃるから、そういう方々が主体になって直していかないと本物にならない。そう私は強く感じます。
われわれもいろいろな業種の方のところへいって生産方式改善のお手伝いをしてきましたが、主体を変えたなんてことは一度もない。今やっている人たちに、こういう見方もある、やってみよう、うまくいったら横に広げようということです。 やはり農業のことは農家の方と農協、あるいはいろいろな農業技術を持っている方がいちばんよく知っています。その固有技術をいかにフルに利用して全体の効率を上げるか、無駄を減らすか、そして競争力をつけるかということは、今農業でがんばっている人、JAグループ主体でやっていただきたいと強く思います。
加藤 わが国には、世界に冠たる製造業があり、そこには貴重なノウハウがあります。農業分野にも、わが国の気候条件にあった技術の集積なり、農村社会の文化、気質を熟知したJAグループのノウハウがあります。時代は「農・商・工連携」「産・官・学連携」になった。これからの成熟社会の「日本」のあるべき経済・社会とはどうあるべきか。今回は、農業の現場からのトヨタと全農の地域貢献の小さな第一歩ですが、未来に向けて大きな一歩かもしれませんね。
◇ ◇
やや硬い話が続きましたが、張会長は東大時代、剣道部主将で、國松孝次元警察庁長官が副将だったそうですね。実は私も剣道部で赤胴の東大とも試合をしたこともあり、現在も全農の剣道部で稽古をしています。
張 え? 加藤さん、今も現役で?
加藤 はい。剣道から得たものをお聞かせいただけますか。
張 私は小学3年で引き揚げて山口の萩へ、それから東京に出てきました。小学校を転々としたものだから、何かひとつは強くなろうと野球や水泳などいろいろやりましたが、行き着いたのが剣道でした。
始めたのは高校から。入学当時はまだ学校剣道をGHQが認めてなくて友人の誘いで学校近くの警察で稽古したんですが、上達が早かった。それで自分に合うものは必ずあるなと思いました。大学入学時には3段になって。
だから学問でも芸術でも必ず自分に合うものはあるので、子どもたちにはいろいろなチャンスを与えるべきだと思っています。
もうひとつ、先生に言われたのは悪さをするのは人間の欲だということ。正眼の構えは剣先が喉元に向いているから打てない。しかし、格好よく見せたいとか、相手は弱いだろうと侮ると、隙がないはずの正眼の構えを自分から崩して打ち込まれて負けるというわけです。やはり欲はよくない(笑)。欲を捨てて気持ちを平静に保つ。剣道から得たものは心の持ちようということでしょうか。加藤さんの得たものは?
加藤 正しく打たれることですね。仕事が忙しく、怪我をするのが怖く稽古に参加しなくなった時に、師範から「打たれまいとして無理な姿勢と動きをするからケガをするのだ。正しく打たれる稽古をせよ。体の余分な力を抜き相手を見据えよ」と云われて感じいりました。剣道のみならず仕事も、正しく打たれる事からすべて始まるのだと思います。
対談を終えて
トヨタとの勉強会を始める前には、野菜づくりと車づくりは、全く別の概念なり、手法のもとに成り立っているという先入観があった。しかし、張会長、林取締役との意見交換、生産現場でのアドバイスを通じて、車も野菜も、作ったものをいかに無駄なくお客様に届けるかの視点では全く同一だと気がついた。野菜づくりの生産・販売で、トヨタ生産方式「需要予測」「ジャスト・イン・タイム」「リードタイムの短縮」をどう捉えるか。課題の本質を追求するために「なぜを五回繰り返す」「小さな改善を重ねていく」トヨタの思考方法を農業の現場、全農の事業に応用していくことの重要性を痛感した。
「野菜づくりとクルマづくり出逢いの風景」は生産者の「気づき」が予想をはるかに超えるものがあり、現状を打破したい生産者、JAグループの問題解決に取り組む人たちに伝えたいという熱き思いに駆られ書籍化した。是非一読をお願いしたい。
(全農代表理事専務 加藤一郎)