維新の原点は「農と農民」の重視 島津斉彬2018年4月8日
和魂洋芸の実践
"ヨーロッパに追いつけ追いこせ"というのは、近代化を急ぐ明治日本の合い言葉だ。しかし急激なヨーロッパ化は"「日本のよさを失う"と憂える層も多かった。この層は幕末の開国時から"和魂洋芸(芸は科学)"を唱えた。
「日本人精神を忘れずに外国のすぐれた科学をとりいれよう」という主張だ。特に道徳や倫理を重んじた。佐久間象山や横井小楠はその主唱者だ。ふたりとも積極的な開国論者でそのために共に暗殺されてしまうが、元々は熱心な儒学者だ。暗殺者側が「西洋かぶれ、日本を外国に売る売国奴だ」という、この説に雷同する連中が多かった。誤解による世論は恐ろしい。しかしふたりの"和魂洋芸"の主張は残った。この考えを積極的に実現した大名もいる。"幕末の名君"といわれた薩摩藩主島津斉彬はそのひとりだ。
太平洋に面した地域に領地があるため、斉彬の眼は早くから海外に向けられていた。政策全般にわたってその底にグローバリズムが据えられていた。薩摩という一地方の藩主ではあったが、どんなにこまかい施策にも日本というナショナルな考えを捨てなかった。大船を建造し、これを海洋に押し出す時にも、かれは「日本の船である」ことを示す船章を考え、船尾にひるがえした。日の丸の旗だ。日の丸は明治5年「国旗」に選定される。
斉彬は鹿児島市の別邸(磯庭園)に多目的工場を作り、大砲などの国防用武器をはじめ諸種の生活用具を生産した。その中でもガラス製品である切子は名高い。慶応三年(一八六七)のパリ万国博に出品して、ヨーロッパ人の目をみはらせた。当時「ガラス工芸はドイツが一番すぐれている」と、いわれていたからだ。さらに出品者が「丸に十の字」(島津家の紋)を押し立てていたから余計ビックリした。「日本は主権国家がふたつあるのか?」と話題になった。斉彬の自治精神を示すものだ。もちろんかれはそのころ死んでいたが、スピリットは多くの人間によって引きつがれていた。磯庭園につくられた多目的工場群は、斉彬によって「集成園館」と名づけられ、1日に千人以上の働き手の職場になったという。今日でいう"雇用の創出"だ。
◆勧農の実践
その斉彬に有名な言葉がある。
「経済の根本は勧農である。農が人間生活の基だ。世はすべて農にかかわりを持っている。それゆえに農が政治の根本になる(原文を現代風に改めた)」
この言葉を実現するために、かれは勧農のためにいろいろな実験をした。
・作物、農具、肥料などの改良。これにはどんどん洋芸を活用
・一年三熟のそばや二熟の粟と米の試作
・オランダいもといわれる甘藷の種芋を南米から輸入し、藩内に普及
・肥料は牛馬魚の骨粉の使用奨励(長州藩から輸入もしている。肥料で薩長連合?)
とくに興味深いのは植林における実験だ。まず「御手山」という管轄役所を設ける。その中に「仕立山」と名づけた新種の樹木育成実験場を設け、育つか育たないかを研究させる。主に黒炭、白炭、灰の生産に力を入れた。市場として江戸・大坂・佐賀などに輸出した。鋳物・藝陶用として喜ばれた。得た利益は御手山の特別会計とし、この事業のさらなる拡充発展の基金にした。
実験の対象にした樹木の種類は多種だ。エゾ(北海道)のカラ松、備前岡山から薬用として松数千本・ロシアから大黄・アフリカの丁子・インドのゴム、オリーブ、センナ・セイロンの桂木・江戸の野紫(のむらさき)など。国外の樹木はオランダ・中国・琉球などに仲介を頼んでいる。もちろん南方諸国での砂糖生産もゆるがせにせず、その品質改良・製品管理に力を入れている。
◆ヒューマンなナショナリズム
斉彬がこのように多分野にわたって藩内資源の開発と、外国との交流によって新資源の確保などに努力するモチベーションは一体どこにあったのだろうか。かれが側近にしばしば語った言葉に、
「国民が衣食のために苦しむのは政治の一大欠点であり、国民が苦しむのは国主の恥だ」
というのがある。かれが範囲や規模に限界を設けずそれをこえて殖産に努力したのは"国民を苦しめない状況・条件をととのえるため"である。当時「国」といえは大名が管理する"藩"のことであり、「国民」というのも「藩の住民即ち藩民」の意味だった。しかし斉彬の言行をみていると、文字通り「日本国民」を意味していることがわかる。
このころかれは、
「徳川幕府は徳川家保全のための私政府ではないのか」という考えを持ちはじめていた。
だから、ペリーの来日以来急激に高まった国防意識は、各藩がバラバラに持つのではなく、日本中が心を一にし、協同することが大事だと考えていた。中央政府にはそういう新しい指導力が必要だと主張していた。そして「とりあえずは、大洋に面した領地を持つ藩が連合して幕府を支えるべきだ」という政権構想を抱いていた。
「それにはまず薩摩藩自身の自治力を強め確立しなければならない」と、自藩の割拠力(独立力)と増強するために、この稿に書きつらねた諸事業を展開したのだ。
もちろんこれだけの大事業がひとりで行えるはずがない。多くの人々の理解と協力が要る。その点かれの人材登用は思い切っていた。かれは人材登用について次のように告げている。
・ひと癖ある者でなければ人は役に立たず
・およそ人は一能一芸なき者なし。その長短を採択するのはトップの責任である。
・下情上達は政事の要である
そしてかれが「何を基準にして人を選ぶか」ということについては、次の目標を掲げている。
・民富めば国富む・国政の成就は衣食に苦しむ人をなくすことだ
そした選んだ人間の心がまえとしては、
・古い事を鑑みて将来のことを考える・つねに勇断をもって事に当たる。古いおとをきいても唱えても、行わなければ何の意味もない。
(挿絵)大和坂 和可
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