米国の自治体でTPP排除宣言 「一部企業の利益」反発強まる2015年7月30日
インタビュー・萩原伸次郎横浜国立大学名誉教授
・議会も貿易に懐疑的
・自由化で雇用増えず
・中小農業には打撃も
TPP交渉は7月24日から米国・ハワイでの首席交渉官会合に続き、28日から閣僚会合が開かれている。日本は甘利TPP担当大臣が最後の閣僚会合にしたいなどと前のめりな姿勢を示しているが、この妥結優先の考えに与党内からも厳しい批判の声が上がり、国会決議を遵守できなければ交渉からの脱退も辞さない姿勢で臨むべきとの強い声も高まってきた。一方、米国でもここにきてTPPに対して、この通商協定は一部の多国籍企業の利益のためだけであって市民の利益にはならないとの理解が広まり、ニューヨーク市など一部自治体ではTPPを排除する宣言を打ち出しているという。現代アメリカ経済政策が専門の萩原伸次郎・横浜国立大学名誉教授に改めてTPPの問題点と米国の動向について解説してもらった。
◆議会も貿易に懐疑的
今回のTPP閣僚会合が大筋合意に向かうのではないかと言われているのは、米国議会がオバマ大統領に通商交渉の大幅な権限を認めるTPA(大統領貿易促進権限)法案を可決したからだ。
米国では通商交渉の権限は議会が持つが、TPA法の成立によって政府が妥結した協定内容を承認するかどうかだけを議会に求めることができる。議会は協定内容の修正を求めることはできない。この権限が与えられていない米国政府といくら妥結しても、米国議会からノーといわれて再交渉させられかねないというのがこれまでの参加国の考え。それがTPAが与えられたため交渉が加速されるとの見方を強めている。
しかし、米国議会でも4月に上下両院にTPA法案が提出されてから6月末に成立するまで、一旦は否決され、その後に法案を分割して議会を通すというようにすんなりと決まったわけではない。日本と違って党議拘束もないことから共和党、民主党それぞれに賛成議員もいれば反対議員もいて最後までそれぞれの動向が注目された。
萩原教授は「共和党の基本はTPP賛成。だから、TPA法案は通したいが、オバマ大統領不信がある。オバマに権限を渡すといろいろな点でオバマ色を出されることに警戒が強い。
一方、民主党はTPPに基本的に反対が多い。オバマ大統領自身も最初に当選するときは、ブッシュ大統領が参加を決めたTPPには反対と主張していた。1994年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)は貿易額は増やしたが雇用は増えなかった。このため自由貿易協定に本来、懐疑的なのです」という。
したがって、与党であるはずの民主党にはそもそもTPPに反対する勢力が多く、大統領に貿易促進権限を与えるTPA法案も認められないという議員も多かった。そこでオバマ大統領がその反対勢力への説得材料としたのが、TPA法案と同時に審議、成立した貿易調整支援法案(TAA法案)だった。
TAA法とは、海外との貿易により損失を被った労働者、企業、農業者に対して政府が行う支援プログラムのこと。具体的には職業訓練を受ける際の手当の支給などだという。現在もTAAがあるが9月末で期限切れとなるため、今回の法案で2021年6月末までの延長を決め、支援対象者や給付を拡大する。例として毎年職業訓練に4.5億ドル(約550億円)の政府支出を認めることがあがっているという。
このTAAなる政策がどの程度有効なのかは不明だが、TPPを妥結すれば、米国でも貿易によって損失を受ける労働者や農業者が出てくることが前提となっているといえる。そのための救済策をあらかじめ導入すること自体、TPPの本質を表していないか。
◆自由化で雇用増えず
アメリカではTPPは雇用を増やすどころか、失業者を増やすと北米自由貿易協定以来、民主党は反対しているという。では、そもそもなぜ貿易を促進することによって雇用は増えないのだろうか?
「かつては国民経済があり、そのなかに企業があって製品を作って売っていた。戦後の貿易、たとえばGATT(関税貿易一般協定)の関税引き下げ交渉は、農産物、繊維は除外されていて、サービス貿易という概念もありませんでした。つまり、貿易自由化とは工業製品が対象で、大量生産大量消費のアメリカ型製品を世界に売りたいから進めたいということでした。
それが実現すればアメリカの製品が売れる。売れれば当時は自国内で作っていたから雇用が増えた。つまり、貿易が盛んになれば生産が増えるから人を雇う必要が出てきたというわけです」。
では、現在の貿易とは?
「今の自由貿易協定は必ず投資の自由化をいう。昔は自由貿易と雇用が結びついていたが、今は自由貿易と投資です。それは企業が自由に海外に出て行くための自由化ということであり、その分野がサービス。逆にいえばアメリカはモノでは勝てなくなってサービス貿易のみで黒字になっているのです」。
サービス貿易の重要な分野には金融や保険があるが、この分野の貿易とはどういうことか?
「たとえば、金融や保険をどうやって輸出するのかといえば、金融・保険会社が海外に出て行ってそこでビジネスを展開するということです。そこの国にアメリカ型の金融システムを押しつけ、そこでビジネスをして、儲けをアメリカに持って帰る。
したがっていくら金融機関というサービス貿易が自由化されてもアメリカの雇用は増えない。逆にTPP加盟国など周辺諸国から安い製品が入ってきて、米国内の企業がつぶれてしまえば雇用が減ることになるわけです」。
◆中小農業には打撃も
改めて考えおく必要があるのは根本的に企業のあり方が変わってきていることだと指摘する。この認識はアメリカ社会でも広がり「TPPはほんの一握りの多国籍企業が利益を受けるだけ、国民の生活を考えてはいない、ということが理解されてきている」という。
アメリカでは大統領選挙が始まりつつある。民主党の大統領選挙候補はヒラリー・クリントン。彼女はTPP反対とまでは言ってはいないが、雇用を削減したり悪影響を及ぼすような通商交渉から米国は即刻脱退すべきと主張している。
ヒラリーに対して、TPPについてはあいまいな態度だとの批判もあるが萩原教授によると、大統領選挙に向けてこのような主張をしなければならないのは地方でTPPへの反発が強まっているからだという。
「連邦政府がかりにTPPを妥結したとしても、わが自治体はTPPから除外される、といったTPP排除宣言をニューヨーク市など13ほどの自治体が行っています。労働組合、消費者団体、環境団体を中心にかなりの盛り上がりを見せています」
このTPP排除宣言はまだ具体策が明らかではないが、自治体のあらゆる法的措置を使ってTPP協定から逃れようとの模索が始まっているのだという。
とくに自治体が問題視しているのが、投資家が政府を訴えることができるISD条項だ。公共事業入札などルールによっては自治体も外資の訴訟対象になりかねない。
逆にいえば前述の解説にあるとおり、金融・保険などサービス貿易を拡大するには投資先国でのさまざま規制に対して、これはわが利益を奪うものだ、として訴えるツールがISD条項ということになる。
まさに雇用は増やさず一部の多国籍企業だけの利益にしかならないTPPの象徴がこのISD条項にほかならない、と反発しているのがアメリカの動きといえそうだ。また、食の安全、ベトナムからの安い農産物流入による中小農業者への打撃などにもアメリカ市民の関心が高まっていく可能性はあるという。
このように自治体でのTPP排除宣言は粘り強い反対運動から生まれたと萩原教授は指摘し、「その点ではアメリカと日本の国民は団結できる。運動こそが流れを変えると思います」と強調している。
TPPの主要な交渉課題と米国の態度(JA全中資料)
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