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農政:守れ! 命と暮らし この国のかたちを

【寄稿】民主主義の根幹 問われるTPP交渉2015年7月22日

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田代洋一大妻女子大学教授

 TPP交渉で政府は「国会決議が守られたという評価が得られるよう政府一体となって全力で交渉に取り組む」と繰り返し強調している。国会決議は平成25年(2013)4月に衆参農林水産委員会で採択されたもの。米、麦などの重要品目については交渉から「除外、または再協議の対象とすること」などを決議している。交渉は大詰めと言われるなか、なぜ国会決議が守られなければならないのか。大妻女子大の田代洋一教授は「たんにTPPを阻止するのみならず、日本の民主主義を守る上で決定的に重要」と強調している。

◆民主主義の重み

田代  洋一 大妻女子大学教授 ここ2カ月ほど、TPA(大統領貿易促進権限)をめぐるアメリカ議会の複雑な攻防に振り回された。日本は固唾をのんで見守るばかりだった。アメリカ一国にふりまわされる不快感はあるが、同時にアメリカでの議会の重みや民主主義の力に驚嘆させられる。
 大統領制のアメリカでは政府と議会が真正面からぶつかる。しかるに小選挙区制・議院内閣制の日本では、自民党は選挙で圧勝しても、その後は官邸の意のままであり、国会はないがしろにされる。しかし今や国会決議を守らせるか否かがTPP阻止の命運を握る。

(写真)田代 洋一・大妻女子大学教授

◆米国と日本の思惑

国会正門前には抗議する人々 TPAを通した後のアメリカのスケジュール感は、7月初旬の日米実務者会議で日本を落とし、それをテコにして月末の閣僚会議で他国も屈服させることだった。そうすれば来年のアメリカの大統領選、日本の参院選に向けた予算措置にかろうじて間に合う。しかし実務者会議で決着はつかず、閣僚会議を迎えることになった。閣僚会議は政治決着の場だ。日米の政治力からすれば政治決着=国会決議無視になりやすく、これが一番怖い。
 アメリカはガット・ウルグアイラウンドの最終局面で、ミニマム・アクセスという日本が思ってもみなかった大胆なカードを切って、日本を一挙に妥協に追い込んだ。アメリカはそういう国である。今回も、TPAを取得したオバマ政権は、自動車で形ばかりの妥協カードを先に切って、日本に農産5品目等での妥協を迫る可能性がある。

(写真)新安保法案が衆院特別委員会で強行採決された7月15日、国会正門前には抗議する人々が2万5000人(主催者発表)集まった。


◆TPPの本質は多国籍企業VS諸国民

 しかし米日の思惑通りに行くか。マレーシア系企業の優遇措置、ISDS(投資家対国家の紛争解決条項)へのオーストラリアの不満、新薬データ保護期間の5~12年の幅、著作権の50~100年の幅、ニュージーランドの酪農製品関税撤廃の要求、酪農品・家禽等をめぐるカナダの交渉遅れ、等々の難問が残っている。閣僚会議で合意が成立すると、その概要が知らされる可能性はあるが、その時、日本には衝撃が走るだろうし、アメリカでも合意内容はTPAが求める水準を満たしていないとして、TPAの手続きをとりやめる可能性がある。そうなれば他の国は登ったはしごを外される。
 残る難関はことごとく、米日多国籍企業の利益を守るか諸国民の健康・安全・環境を守るか、輸出産業の利益を守るか国内の重要産業の利益を守るか、にかかわる。TPPとは「多国籍企業vs諸国民」の戦いなのだ。
 日本では、安全保障問題がTPPとセットにされてきた。カーター国防長官はTPPは「空母と同じくらい重要」とし、安倍首相はアメリカ議会で「TPPには、単なる経済的利益を超えた、長期的な、安全保障上の大きな意義がある」と強調した。TPP交渉は、日米安保条約第2条の「国際経済政策における食い違いを除く」「両国の間の経済的協力を促進」でしかない。つまりTPPは、憲法無視の安保法制という国民的問題に直結している。
 アメリカはTPPを通じて、一方で自らのルールをグローバル・スタンダード化することで覇権国家たり続けようとするが、他方では徹底してアメリカ一国の私益を追求し、TPP諸国に吸血して自分だけ肥え太ろうとする。
 その典型が米国産米の特別輸入枠の要求である。米国産だけ優遇とはいかないから豪州産まで特別枠だ。これらが国内過剰に上乗せされる可能性だけで、米価は国際価格並みに暴落する。米特別枠だけを突出させることで、牛豚肉関税等の大幅引下げを既定事実化させる狙いもある。


◆TPAから国会決議へ

 TPAの成立で、交渉の鍵はアメリカ国内から日本がどこまで踏ん張るかに移った。日本が折れたら交渉はほぼ決まる。そこで、アメリカのTPAに相当するものを日本に求めれば、2013年4月の衆参両院の国会決議である。
 改めて国会決議の要点を抜粋する。1「米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物などの農林水産物の重要品目について、引き続き再生産可能となるよう除外又は再協議の対象とすること」。2「十年を超える期間をかけた段階的な関税撤廃も含め認めないこと」。3「食の安全・安心及び食料の安定生産を損わないこと」。4「濫訴防止策等を含まない、国の主権を損なうようなISD条項には合意しないこと」。5「農林水産分野の重要五品目などの聖域の確保を最優先し、それが確保できないと判断した場合は、脱退も辞さない」。6「交渉により収集した情報については、国会に速やかに報告するとともに、国民への十分な情報提供を行い、幅広い国民的議論を行うよう措置」。7「交渉の帰趨いかんでは、国内農林水産業、関連産業及び地域経済に及ぼす影響が甚大であることを十分に踏まえて、政府を挙げて対応すること」。


◆国会決議を正確に読む

昨年2月のJA全青協によるアピール行動 国会決議は、国民の懸念や情報公開の要求に応えるものだが、あいまいな部分もある。
 2は「関税を引き下げても撤廃さえしなければ可」とも読める。実は日豪EPA交渉が開始された2006年にも「農林水産物の重要品目が除外又は再協議の対象になること」「交渉の継続については中断も含め厳しい判断」という今回と同趣旨の国会決議が行われている。
 にもかかわらず牛肉等の大幅関税引下げを大筋合意し、国会決議をないがしろにした。あまつさえ甘利大臣は「日豪(EPA)の内容が仮にTPPで採用された場合、決議との整合性は取れるのではないか」(4月11日衆院内閣委)としている
 しかし2は1を受けて「期間」に言及したものであり、あくまで「除外又は再協議」が本旨である。今年の農業白書も国会決議の1のみを引用し、2には言及しなかった(42頁)。さらに甘利大臣は、1の「再生産可能」は国内対策も含めてだ、ともしている。それには7が根拠になっているのかもしれない。既に政府は「国内対策本部(仮称)の立ち上げを検討している」(日本農業新聞、6月26日)。
 しかし1はあくまで「再生産可能となるよう除外又は再協議」であり、「再生産可能」は「除外又は再協議」によってのみ確保されるものである。7は1の重要五品目を確保したうえで、その他の分野での影響に対処するものといえる。
 これまで自民党政権は、日米牛肉・オレンジ交渉、ガット・ウルグアイラウンドなどで、自由化をしつつ、そのアフターケア対策を講じることで農業者を買収してきた。今回も官邸はその手法で切り抜けるつもりのようだ。念頭にあるのはUR対策6.1兆円だ。しかしそのようなやり方は国民と農業を分断するものでしかなかった。
 4については「訴訟の乱用を防ぐため『訴訟の結果を原則公開する』『申立期間を一定の年数に制限する』といった規定で合意」と伝えられる(朝日新聞、7月1日)。」しかし、これでは「濫訴防止策」にはならない。決議の核心は「国の主権を損なうような」にある。ISDSは、国が国民の健康・安全・環境を守る公共政策を対象外としているが、それも「投資企業の利益を損なわない限りで」という条件が付いており、国の主権は明らかに損なわれる。
 とくに6の情報公開は全く無視されている。TPPは交渉文書への議員のアクセス、署名60日前の協定の公開を定めている。豪州も議員への条文開示を始めた。

(写真)「後戻りのできない国」に変えられないよう国民的な運動の巻き起こしを。 写真は昨年2月のJA全青協によるアピール行動


◆命運かかる国のかたち

 国会決議は次々と無視され、あるいはディスカウントされている。そこで「国会決議なんて、高がそんなもんさ」という受けとめ方もあろう。しかしこれは日本の民主主義の根幹にかかわる問題である。今、国会決議を守らせることは、たんにTPPを阻止するのみならず、日本の民主主義を守るうえで決定的に重要である。
 安倍政権は、今が支持率のギリギリとみて、今のうちに、政権がどう変わろうと日本を後戻りのできない国に変えてしまうつもりである。そのために制度と条約で日本を安倍政権の鋳型にはめ込んでしまう。集団的自衛権、農協法改正、TPPしかりである。TPPをそういう大きな枠組のなかで捉え直し、それに対する国民的な反対運動を巻き起こしていく。その軸に国会決議をすえる必要がある。

<今後の動き>
○7月24~27日 TPP首席交渉官会合(米国・ハワイ州マウイ島)
○7月28~31日 TPP閣僚会合(米国・ハワイ州マウイ島)
○9月15日~ 第70回国連総会(米国・ニューヨーク)
○10月19日 カナダ総選挙
○11月15~16日 G20首脳会合(トルコ)
○11月16~17日 APEC閣僚会合(フィリピン・マニラ)
○11月18~19日 APEC首脳会議(フィリピン・マニラ)
○12月 WTO第10回閣僚会合(ケニア)

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