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この人と語る21世紀のアグリビジネス

食肉のプロを育成「教育は教え、育てること」を実践して
公的食肉学校として全国唯一

創立30周年 消費者教育にも取り組む


多田重喜 (社)全国食肉学校 専務理事・学校長

インタビュアー 坂田 正通 本紙論説委員

 群馬県佐波郡玉村町にある全国食肉学校は、食肉のすべてを学べる日本で唯一の学校だ。昨年、校長に就任した多田重喜校長は、学校教育、研修・セミナー、通信教育、資格認証制度の4つを柱に、インターネットも活用しながら積極的に事業を展開し、「パイは確実に広がっている」という。そして「無限な可能性のある若者」との生活は楽しいとも情熱的に語ってくれた。

◆豊かな食生活と食文化の創造者を育成して30年

 ――公的な食肉学校としては全国唯一だそうですが、はじめに学校の概要をお話いただけますか。

多田重喜氏
ただ・しげき 昭和21年3月石川県金沢市生まれ。昭和44年宇都宮大学農学部卒。同年4月全販連入会。昭和59年11月全中中央協同組合学園出向。平成2年2月九州畜産センター販売部長、平成6年1月中央畜産センター場長、平成9年大消費地販売推進部次長、平成13年全国食肉学校教務部長、平成14年全国食肉学校専務・学校長。

 多田 昭和48年に設立されましたが、学生がはじめて入学したのは49年4月で、今年30周年を迎えます。学校の性格としては都道府県知事が認定する「認定職業訓練校」で、群馬県知事の認定を受けています。したがって、1年間の総合養成科や3ヶ月半の食肉販売科、あるいは各種の研修・セミナーの受講生には職業訓練法にもとづいた修了証書を発行しています。

 ――なぜ、群馬県に開校したのですか。

 多田 首都圏に近いことと、関東では畜産生産が盛んな県だということですね。そして、私たちは、ここを畜産コンビナートと呼んでいますが、隣に群馬食肉卸市場があり、その中に加工をする食肉公社があり、さらに近隣に高崎ハムがあります。私たちもその一員であるということですね。

 ――出資者はJAグループですか?

 多田 出資金の3分の1はJAグループですが、残りは国です。だから法人格は社団法人となっているわけです。

 ――学校の目的は…。

 多田 食肉の処理・加工・調理・販売と食肉・食肉加工・食肉調理品の品質検査などに関わる技能者の養成が、開校の目的です。そして、教育理念は、産学協同による実践教育と心豊かな人間形成です。また、経営理念として、わが国の豊かな食生活と食文化の創造者の養成を掲げています。
 要は、枝肉から部分肉を作れる、牛のスライスやトンカツがつくれるというように商品が作れるようにすることと、原価管理ができるようになる。この2つが基本です。そして共同生活ですから、ここで人の痛みがわかるような人間形成も大事なことです。

◆若者の相談にのったり、緊張をほぐすことも仕事

 ――総合養成科や食肉販売科の学生は基本的に寮生活をしているわけですね。

 多田 そのとおりです。

 ――若い人が集団で生活しているわけですから、ご苦労もあるのでは…。

 多田 昼間は私たちがいますが、夜は寮監がいていろいろな相談などにのっています。4月に入学して5月の連休ころになると、ナイフが切れないと実習がスムーズに進まないということを体で実感するようになります。そうすると、夜の自由時間や朝早くに実習室でナイフを研ぎたいとか寮監に言ってきたりします。そういう相談とかありますから、寮監の役割は大きいですね。
 それから、総合養成科では年間に10回、プレゼン能力を養い高めるために、肉のカッティングとか調理、自分の家の経営内容とかのテーマで発表会を行っています。日にちが決まっていますから、発表するために勉強し追い込まれ、緊張しストレスがたまりますから、終わった後はバーベキューパーティーとかスポーツでそれをほぐしてやる必要がありますね。

◆企業や地域への“出前”研修・セミナーも

 ――事業内容としては、まず、いままでお話のあった学校教育があるわけですが、どういう人たちが受講しているのですか。

多田重喜氏

 多田 総合養成科は、かつては産地の食肉センターのカットマン養成が大きな役割でしたが、いまはセンターの整備もできましたし人も養成され、産地の食肉センターからの派遣は少なくなりました。いまは、専門小売店や卸売業の後継者が多くなっています。それと、焼肉店などに仕事を広げていきたい生産農家の子弟が3割くらいいます。
 食肉販売科は、企業の担当者のキャリアアップが目的ですから、例えば全農畜産センターとかAコープに2〜3年いる人とかですね。

 ――そのほかにはどんな事業をしているのですか。

 多田 かつては学校教育だけでしたが、企業がここに人を学生として派遣すると経費がかかるので、短期でいいからテーマ別の研修ができないのかという要望があり、日帰りから4泊5日のオープンコース型の研修・セミナーコースを開いています。13年度には10コースでしたが、14年度は20コース設け、好評をいただいています。
 そうすると今度は、1人ずつ受講させるのもいいけれど、うちの社員だけを対象にしたものを、こちらに来てやって欲しいという要望がでてきます。

 ――出前ですね。

 多田 そうです。そういう要望がかなり増えてきていますので、企業社員研修受託事業をやろうと考えています。さらに、創立30周年記念事業として、ここに来てもらうのではなく、全国3カ所くらいに講師を派遣して講座を設けたいという地域サテライト型セミナーも考えています。全国から来ていただくよりも派遣する方が、社会的なコストは安くすみますしね。
 これが2つ目の柱です。

◆e-ラーニングも視野に入れた通信教育や資格認証も

 ――通信教育もありますね。

 多田 短期でも難しいという人のために、通信教育を始めて9年目になりますが、約2000名が受講しています。いまは1メニューですが、今年はもう1つコースを増やします。毎年コースを増やし、そこから選択できるようにしていきたいと考えています。
 さらに、ホームページなどの最新の情報通信技術を活用してe-ラーニングを実現したいと検討しています。これが実現すれば、研修の進化だと私はいっているんですけどね。

 ――そのほかには…。

 多田 もう1つの柱が、食肉販売技術管理士の資格認証コースです。食肉関係では資格認証制度がほとんどありません。今年で3年目ですが、農水省や学識経験者、業界の人による認定委員会をつくり、この委員会が方針決定し、合否を決めています。

 ――学校教育、研修・セミナー、通信教育、資格認証の4つが事業の柱ということですね。

 多田 この4つを戦略的部門と位置づけ、外に向かって積極的に事業展開していきたと考えています。いまは、低金利時代ですから、基金の運用だけでは経営は成り立ちませんので、こうした事業によって、単年度の収支均衡を実現し、経営の自立を目指したいと考えています。
 そのためには、この4つを柱にしながら、生産農家を対象にした焼肉店コースやハム工房コース、飲食店の商品作りから接客・店舗運営などのコース、食肉加工品製造・流通研究会の立ち上げ、親子スクールややさしい手づくりハム工房コースなど消費者教育といった新しい分野に取り組み、そのなかから柱になる事業をつくりだしたいとも思っています。

◆無限の可能性ある若者相手だから学校は楽しい

 ――全国を飛び回ったり大変でしょうね。

多田重喜氏

 多田 昨年は、全国の170〜180社を訪問しましたが、パイは確実に広がっています。

 ――お話を伺うと流通・小売業など川下が対象で、いま求められている仕事ですね。

 多田 それに応えるには、教育内容で何か光るものをもたなければダメなんです。そのためには、業界よりも半歩先を行くことです。そして作戦にもとづいた営業活動によって、学校の存在を知らしめることです。

 ――この学校を一言でいうとどういう学校ですか。

 多田 私は「さよならのない学校」だといっています。ここを卒業した日から業界のメンバーですから、仕事をして分からないときにいつでも門戸を開いているので、いつでもおいでよということです。

 ――校長になって1年ですが、楽しいですか。

 多田 楽しいですね。無限の可能性がある若者を対象にしていますからね。

 ――ありがとうございました。 (2003.4.10)

インタビューを終えて

 多田校長先生は全農の出身。1年間の教務部長職を経て昨年校長に昇格。本人に意欲があり、また周囲からその手腕を期待される適材適所人事。インタビュー中にも雄弁かつ熱気が伝わってくる。なにせ18歳から25歳の若者と寝食を共に出来るのは幸せです。多田さんは学校の近くに部屋を借りて週末は埼玉の家に帰る生活。5時起床、朝と夕方の2回、400メートルある学校の周囲を散歩も兼ねて巡回する。1周するのに5分、6回で30分を要する。校長先生が毎日2回巡回するからサッカーのできる校庭も芝の手入れが行き届き、校舎の周辺は清潔そのもの。夜は読書。
 多田さんは、昭和の大横綱大鵬親方と神田の焼鳥屋で一杯お相手するぐらい親しい。横綱大鵬は天才力士と言われたが、「天才なんかこの世にいない。けいこして、稽古して努力していた。人並みの努力では横綱はめざせない」「多田さん!ビジネスでも同じだよ。リーダーめざして努力してる? 何が夢?」と大鵬さんに諭されるという。「現役時代、大鵬さんは四股500回、てっぽう2000回を1日のノルマに課していた。ずば抜けた稽古量だった」と当時の相撲に詳しい人はいう。全国食肉学校の壁にも横綱大鵬の色紙が掲げてあった。 (坂田)


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