農業協同組合新聞 JACOM
   
この人と語る21世紀のアグリビジネス

肥料メーカーの負担軽減へ生き残りかけ、なおも合理化

山田 拓
 日本燐酸(株)常務

インタビュアー 坂田 正通 本紙論説委員

 農業生産が落ち込み、減化学肥料栽培が増えるなどの逆風の中で、肥料の原料をつくる同社の業績は善戦といえる。同社に出資している全農と肥料メーカー各社が製品を買い取るため山田常務は、我が社の善戦というよりは「株主各社の善戦です」と説く。固定費を株主各社が分担するという財務の会社だが、硫酸の製造過程で発生する熱エネルギーで自家発電し、さらに一部を関連会社に送電するという仕組みなどもちょっと珍しい。「生き残りをかけて、さらに合理化を追求し、株主の負担を軽減したい」という常務の話は堅実そのもの、計画倒れにならないよう「実行していく」と強調した。

◆資源保護の影響も

やまだ ひらく 昭和17年2月福岡県生まれ。41年同志社大学法学部卒、全農入会。肥料農薬有機肥料課長、大阪支所肥料農薬部長。平成7年2月日本燐酸(株)出向、常務。現在は出向を解き同社に転籍。
 やまだ ひらく 昭和17年2月福岡県生まれ。41年同志社大学法学部卒、全農入会。肥料農薬有機肥料課長、大阪支所肥料農薬部長。平成7年2月日本燐酸(株)出向、常務。現在は出向を解き同社に転籍。
 ─社名からするとリン酸をつくる会社ですね

 「それだけではなく、リン酸とリン安と硫酸の3つをつくっています。副産物には石膏もあります。日産化学工業、全農、昭和電工、三菱アグリ、住友化学工業、多木化学、三井東圧肥料の7社共同出資の会社です」
 「昭和42年に肥料センター的な位置づけの下にできました。だから、今はなくなったけど当初は工場と近接して日本アンモニアという社の工場もありました」
 ─リン鉱石は米国のフロリダ産ですか。

 「いえ、今は資源保護等のためフロリダの山元からは出荷されておりません。それで我が社はモロッコ、ヨルダン、中国から仕入れてブレンドして使用しています」
 「技術者は昔のフロリダ産が懐かしいようです。プラントがそれ向きになっているので」

 ─成分に違いがありますね。

 「ええ。問題は副産物の石膏がどういう形態で出るか、それが悪いと石膏ボードの製造原料に適さないので、クリアできるように工夫しています」

 ─販売先は?

 「近隣のボードメーカーさんなどに安定的に引き取っていただいています。また天然も国内品も価格差が小さくなっています」

◆専用の岸壁を持つ

山田 拓氏

 ─硫酸の原料の硫黄はやはり地下資源を買うのですか。

 「いえ、原油を精製したあとに出てくる硫黄を国内の石油メーカーから買います。これを水で処理して硫酸をつくります。その約半分を外販用として株主各社へ出荷します。あと半分は我が社でリン酸、リン安にします」
 「つくり方はリン鉱石を硫酸で処理してリン酸液とし、これにアンモニアを加えてリン安にします。原理的には単純です」

 ─アンモニアはどこから?

 「近くにあるアンモニア基地からパイプラインで液状で直接受け入れ使用しています」

 ─まるでコンビナートみたいですね。物流はどうですか。

 「工場内の港にリン酸液専用のバースを持っており、船が中心ですが、併せてタンクローリー輸送も各社にお願いしています」
 「リン酸液は濃縮ベースで今期(7〜6月の肥料年度)の生産見込みが6万3300トンと10年近く、ほぼ横ばいです」

 ─シェアはどれくらい?

 「自社で使う、つまり自家消費分だけをつくっている会社を除くと、化成肥料原料用としてはほとんどの社に、うちの製品を使っていただいております」

 ─リン安はどうですか。

 「これはピーク時に9万2000トン出ていましたが、今期見込みは6万1000トンです。しかし、これを原料とする高度化成肥料の落ち込みに比べると、減少率は若干低くなっています」

◆輸入品との価格差

山田 拓氏
 ―リン安の輸入量や価格はどんな状況ですか。

 「リン安の需要量は約60万トン強です。輸入品の価格は安いですね。しかし国産としての利便性があるから我が社も持ちこたえています。国産と輸入品の価格差がトン当たり1万円を割り込めば、我が社の製品も価格的には使用しやすいと思います。1万円割れというのは私共の経験則としての目安です」

 ─硫酸は半分が外販ですね。


 「はい。我が社の特徴として硫酸製造が減ると困るんです。というのは硫酸を製造する過程で蒸気が発生し、これを工場内の熱源として使用し、余剰分で自家発電しているのです。それでもってリン酸やリン安をつくるエネルギーをまかなうシステムです。外販が減ってくると発電量が減ってエネルギーコストが高くなり、製造経費が割高になってきます」
 「硫酸の製造能力は47万トンですが、今の生産量は40万トンでエネルギー収支がマイナスにならないぎりぎりの水準です。生産量が増加した場合には買ってもらっています」

 ─正にコンビナートですね。
農業生産が減少し、減化学肥料栽培なんかが盛んにいわれる中で、日本燐酸はなかなか善戦しているのですね。

 「株主各社の善戦に我が社が乗っかっている形ですよ」

 ─前期(6月期決算)の売上高はどれくらいですか。

 「61億2000万円で前々期に比べ5000万円ほど減少です。価格変動もありますが」

◆安い原料へシフト

山田 拓氏

 ─社の将来性はどうですか。

 「生き残りをかけた計画をつくり、お題目にならないように実施に入ります。うちは施設維持費や光熱費などの固定費を株主各社に出資比率に応じて負担していただく仕組みになっていますので、その負担の軽減に努力しています。合理化はし尽くしたという側面もありますが、引き続き追求します」
 「また安い原料へのシフトも進めます。リン鉱石でも3カ国に価格差がありますから、品質と製造上の問題と合わせて考えます。さらに製品をもう1度見直す課題もあり、これはマーケティングも含めて検討します」

 ─具体的には?

 「例えば、BB肥料には余りぴったりでない我が社のリン安をBB原料にした時に、どこまで供給できる可能性があるのか、といったことです」

 ─公害問題はないのですか。

 「外部にご迷惑をかけるようなことは一切ありませんが、工場内では粉じんが発生する部分もありますから環境問題には今後とも細心の注意を払っていきます」

 ─全農と経済連の統合の影響は何かありますか。

 「実務上の影響はありませんが、何かいえということなら、我が社の製品の利便性を系統側は、どう評価してくれているのか、位置づけをいただくと、こちらもやりやすいですね」

◆大手術から復帰へ

 ─最後に立ち至った質問で恐縮ですが、常務は全農から出向し、ここの常務になられて間もなく糖尿病で両足を切断するという大手術をされました。そのどん底から立ち直り、今も義足をつけながら、現役です。同病者の励ましともなるかと思いますから、ぜひ不屈の闘病記をお聞かせ下さい。

 「不屈の…などといわれるとしゃべりにくいな。株主各社の好意で勤めさせていただいて感謝しています。動作が不自由なので周りにご迷惑をかけています。経過だけなら話します」
 「最初は平成7年に右足が壊死し、手術後、約半年で復帰しました。次は10年に深爪で左足が黒くなってきて今度は膝下から手術したんです。両足とも糖尿病による血行不良が真の原因です。今もスイ臓にインシュリンをつくる能力が少なく、注射しています」

 ─2回目の手術では絶望的になったのでは?

 「両足ともなくすのは勘弁してくれと医者に頼みましたが、仕方なく手術しました。その後は同じ病室に義足も付けられないとか手足とも使えないとか私よりひどい状況の人がいましたから、私としては社会復帰に前向きで、立つ、歩く、より長くとリハビリに努めました」
 「なにしろ足以外はぴんぴんしていますから。退院したら昔遊んだようにマージャンも酒も少々はやりたいと思っていました。通勤はタクシーです」

(概要)
 日本燐酸(株)(千葉県袖ヶ浦市北袖14) 昭和42年創立、資本金24億円、安達雅巳社長、従業員約93人。京葉工業地帯南部に位置し、業界最大級の製造設備能力を持ち、工場は港湾施設を併設している。

インタビューを終えて

 山田拓さんは昭和41年旧全購連に入会し、人事部や肥料農薬部で将来を嘱望されながら活躍した。出向前は全農大阪肥薬部長で、前任者は田林(現全農理事長)氏だった。仕事上、県連やメーカーとのつき合いに必要な酒、マージャン、ゴルフなんでも誘われたら断らず、人脈広く、周囲の信頼が厚かった。さりげない言葉使いや振る舞いから育ちの良さがにじみ出ていた。ある日突然、糖尿病に冒される。最初は右足、次は左足の爪を深切りして壊疽になった。平成7年と10年、両足切断の大手術。糖尿病が原因の網膜はく離の手術も経験した。今、目は正常な視力に復帰、義足に杖一本をついて会社勤務。一人でタクシーにも乗れる。インシュリンの注射、血糖値検査は毎日行い、徐々に昔と同じ生活に戻すようにしている。明るい。将来は福岡に帰り老母と同居を予定。息子2人は独立、奥様、娘さんと3人暮らし。「皆さんに良くして頂いた」と感謝していた。(坂田)
(2003.7.25)

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