農業協同組合新聞 JACOM
   
この人と語る21世紀のアグリビジネス
農産物の安定供給へ
優れた品種開発続く
高橋 英夫 (株)サカタのタネ社長
サカタのタネ・高橋英夫社長
 高橋社長は海外勤務が長かった。グローバルに見て今、重要な市場になりつつあるのは「拡大したEUと、中国を中心としたアジアだ」とする。フランスやスペイン南部の栽培技術までが北アフリカに移動してEUへの農産物輸出をねらっているという。新品種を開発し、商品化するまでには時間がかかるため、市場動向を「5年、10年単位で先読みしなければならない」とのことだ。農家やJAと一緒になって品種の普及を進めてきたが、今は「とりわけ金融を重視する農協では、技術指導にちょっと変化が見られる」との感じも、もらした。消費者との直接のコミュニケーションパイプを重視する同社の方針なども語った。

事業の中心に研究開発を位置づけて


◆「八重咲き」を好機に

農協の技術指導に変化ありと語る高橋社長
農協の技術指導に変化ありと語る高橋社長

 ――サカタは、日本で初めて種子を海外へ輸出した企業ですが、創業者の坂田武雄さんは明治時代に欧米へ留学されていますね。最初に創業時のお話をお聞かせ下さい。

 「大学卒業後、農商務省の実習生として欧米で園芸や種苗業を学びました。その時の交友関係をベースに、帰国後は苗木類や種子の輸出入を始めました。最初から、世界で認められるタネ屋になりたいという大きな夢を持っていたと聞いています」

 ――商売人ではなく、技術者タイプだったそうですね

 「現在の本社屋建設の時も最初は、研究開発が優先だ、建物なんかいらない、と主張したという話です。石橋をたたいても渡らない、ともいわれました」

 ――社屋の周りは花と緑で実にきれいです。

 「お客様や地域の方々に見ていただこうと、社屋の前にはグリーンプラザという温室もあります」

 ――では、研究開発の歩みについて概要をお話下さい。

 「最初に好機をつかんだのはオール・ダブル・ペチュニアという100%八重咲きになる品種の作出です。約70年前のことです。こういった品種は今までなかったので、世界中から注文が殺到しました。これを転機に業績が急伸しました。ほかに、パンジーやトルコギキョウなどでさまざまな品種を生み出し、国内外で高いシェアを持っています」

◆より高い価値求めて

 「またマーケットの大きい野菜にも力を入れ、プリンスメロンの発表が次のステップになりました。これは戦後、創業者がパリで食べたメロン(シャランテ)が非常に甘く、香りが良くておいしかったので、その種を持ち帰り、日本の高温多湿に合うマクワウリとかけ合わせたのです」
 「世界初のF1(一代交配種)キャベツも作りました。次いでアンデスメロンですが、これは露地栽培ができて、消費者も手軽に買えるネットメロンとして喜ばれました。また、ハニーバンタムという特別に甘いトウモロコシもヒット商品になりました」

 ――通称はスイートコーンですね。

 「そうです。もう1つ、消費者が喜ぶものを作る方向に加えて、農家のことを考え、品質と収量と値段の安定をねらって、アトラスというホウレンソウの新品種を発表しました。病気に強くて作りやすく、収量の上がる品種です。こうして野菜のほうも急激に伸びました」

 ――F1は交配させる雌雄、つまり父親と母親を確保しておかないといけないのですね。

 「両親を持っていれば、売る種は次の世代だから、それを分解したり、その他のことに利用しようとしても時間がかかり、難しい技術も要りますから知的財産権を守ることができます。だから、種苗業界にとっては画期的な技術で、私は20世紀の誇らしい技術だと思います」

◆地域に合わせて改良

 「「自家不和合性」(自分の花粉で受粉しない性質)という技術は日本で開発されましたが、それが、いち早く世界へ出ていって、キャベツ、ブロッコリー、花野菜とかそういう類の日本の商品が世界を席巻しています」

 ――サカタは海外にたくさんの関連会社を持って、研究開発を行っていますね。

 「花は世界がほぼ同じようなマーケットです。多少は色調の好みなどが民族によって違いますが、基本的には米国、ヨーロッパ、日本の三大消費地がベースで、施設栽培が多い。だから研究開発も、それに対応しています。ただ日照時間の長さ(日長)に左右される花が多いので、日本の研究農場をサポートする農場を必要として、海外にも展開しています」
 「ところが、野菜は花と違って、京野菜とか加賀野菜などのブランドがあるように地域性が非常に高い。だから現場での品種改良が当社の基本です。育種素材と技術はグループの中でオープンにして、ものは現場で仕立て上げる方式です。海外に農場が多いのは、そのせいです」

 ――米国カリフォルニアのブロッコリーなんかは7、8割がサカタの品種だと聞いています。

 「そうです。しかし今は産地がメキシコに移っていますよ。移動が始まった時から、当社もメキシコ向けの品種改良をしています。当社が現地の土壌や気象条件に合った品種を出すから産地も大きくなるのです。カリフォルニアのブロッコリーは冷凍加工用が中心だったので、その労働コストを下げるためにメキシコへ産地を移動させました。当時は米国の生産者はメキシコからの輸入品に関税をかけろ、とデモをやったりしていました」

◆産地育成とセットで

対談する高橋社長と坂田正通本紙論説委員
対談する高橋社長と坂田正通本紙論説委員

 ――日本国内でも産地育成をされていますね。

 「消費者に届く品質と数量が不安定にならないように産地と一緒に周年で供給できる生産体系をつくっています。技術的な支援もしています。栽培が難しいプリンスメロンの時もそうでした。均一な品質の商品を作るために、どこにでも種を売ることはしませんでした」

 ――JAとの連携は?

 「以前は、農家と農協、普及所、それに地方の種屋さん、時には青果卸業者も一緒になって品種の普及を進めましたが、今は普及員が減り、農協の技術指導もちょっと変わってきて、とくに金融を重視する農協では営農指導が変化を見せているように感じます」
 「今日の構造改革には関係者が足並みをそろえて商売が成り立つように取り組む必要がありますが、どうも一体感に欠けていると思います」
 「ブランドにしても各産地のてんでばらばらなアピールでは消費者は戸惑います。消費者は“このブランド”と指定して購入するので、同一ブランドをリレー出荷などの連携で量をまとめ、周年供給してブランド力を高めるべきです。一方では地産地消型のニッチな市場も大きくなっていますから、両面への対応が必要です」

 ――小売部門の方はいかがですか。

◆市場の変化を先読み

 「通販のお客様は現在約50万人ほどいらっしゃいます。創始者は消費者の声を直接聞くコミュニケーションを重視して本社(当時)横に直売店をつくったり、小売部門をつくったりしました。小売りの売上高は全体の1割程度ですが、消費者の声やクレームを研究開発と営業に活かしています」

 ――タネの発芽率を%で表示したのはサカタが初めてです。

 「種子は、見ただけでは良否がわかりませんので品質が1番大事です。当社では、1921年に民間で初めて発芽試験室を設けて以来、常に高品質種子の供給に努めています」

 ――ガーデニングブームについてはいかがですか。

 「趣味で花を作るだけでなく花を飾って、花のある空間と時間を楽しむ人が増えました。子育てを終わった女性を中心に底辺が広がっていますね」

 ――社長は入社後18年間は海外勤務でした。改めて海外市場の話をお聞かせ下さい。

 「拡大したEUにはビジネスチャンスがいっぱいあります。それをねらって北アフリカの地中海沿岸にはEUへ輸出する野菜作りのハウスがずらりと並んでいたり、また農業国のトルコも産地育成をしています。うちも、そうした乾燥地帯に向く品種を開発していますが、商品化には時間がかかりますから、先読みが必要です。EU内では東欧での生産が増えています。関税がなくなったのだから、西欧向け出荷を増やす好機ですよ」
 「中国でも北京や上海では高級品が店先に並んでおり、値段が高く、品質が良くて収量の上がるものを作るためにF1種子の市場が広がっています」

 株式会社「サカタのタネ」(横浜市都筑区仲町台2−7−1)
  ▽創業1913年(坂田農園)▽株式会社設立1942年▽資本金135億円▽年商358億3400万円、連結ベース468億4200万円(2003年5月期決算)▽従業員数615人(2003年5月現在)▽営業品目は野菜と花などの種子と苗、農・園芸資材、園芸図書、造園・緑化工事設計施工、造園材料▽国内関連会社12社、海外関連会社・駐在事務所など33拠点。

 たかはし ひでお
  1946年8月静岡県生まれ▽1969年北海道大学農学部卒▽同年坂田種苗(株)(現(株)サカタのタネ)入社▽米国にある関連会社の副社長などを経て1997年「サカタのタネ」取締役国際事業本部副本部長兼外国部長▽1998年常務取締役国際事業本部長兼外国部長▽1999年代表取締役社長。

インタビューを終えて  
 サカタのタネ本社は、横浜にある。横浜市営地下鉄の仲町台駅から徒歩約5分。玄関への通路はペチュニアが色とりどりの花を咲かせ、その中にオフィスビルがそびえ立つ。地域に開放された敷地スペースと花の温室グリーンプラザもある。外国の賓客が来ても、サカタのタネの総本山としてふさわしい風貌である。
 創始者の坂田武雄さんの父は九州から福島へ移住、教師をされていた。武雄さんの弟さんも坂田姓、新潟県巻町で種苗店を開業したという。高橋社長から同姓なので生まれは何処かと逆インタビューされた。佐渡市と答えるとサカタのタネと佐渡とは40年来のつながりがあるという。日本から外国に仕事が持ち出されがちな現在でも、歴史と担当者の熱意で未だに取引があると聞いて嬉しくなった。
 高橋社長は海外勤務18年、2人の息子さんは成人してアメリカで生活。孫の住むアメリカと日本を奥様は行ったり来たり。海外勤務中はゴルフを趣味にしていたが、今は時間があると健康の為「歩く」ことを心がけているという。(坂田)
(2004.7.1)

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