21世紀に向けて 食料・農業・農村に新しい風を |
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昨年、アメリカのシアトルで開いた世界貿易機関(WTO)閣僚会議は、議長国アメリカが輸出国の利益を最優先する強引な姿勢をむき出しにして決裂、新ラウンドの立ち上げに失敗した。その直後に世界の民間組織(NGO)は「ビジネスの利益を協議するWTOの枠組み」を変革すべきだとの声明を出した。その後、WTOは農業交渉だけを先のウルグアイ・ラウンド(UR)の合意通り3月からジュネーブで開始した。そこでもアメリカは他国にだけ厳しい新提案をした。服部教授は「食料・農林漁業・環境フォーラム」の幹事長でもあり、NGOとしてシアトルに出向いた。新しい米国提案に対する舌鋒は鋭い。JA全中農政部の小橋部長もシアトルで奔走した。両氏は今後の農業交渉に臨む日本の構えを語った。また全中WTO対策室の今野室長はJAグループの取り組みを説明した。 ● ● ●
◆正式のWTO交渉はもう動き出している 小橋 WTOの包括的な新ラウンドの立ち上げに関して、沖縄サミットの声明は、今年中に立ち上げるよう緊密で実り多い協力を強化すると述べていますが、先行きは依然として不透明です。しかし農業については今年3月からジュネーブで、WTO協定20条をベースにした交渉が始まりました。WTO農業委員会のもとに特別会合を設けての交渉ですが、6月の第2回特別会合ではアメリカが新しい提案を出しました。これについて服部先生、どのように考えますか。
服部 その前に、最近、農業関係の研究会などに参加して感じることは、ジュネーブで農業交渉が行われているが、ラウンドが立ち上がっていないのだから正式な交渉ではないんじゃないかという受け止め方が強いということです。 包括ラウンドとかかわりなく農業交渉が行われているという認識を持たないと危険だという感じを持っています。その中で6月にアメリカ、カナダ、ケアンズ、EUが提案を出しました。 小橋 米国提案は非常に包括的な内容じゃないかと思います。しかも具体的な削減率などは来年3月までにもう一度提案するとしています。全体として2002年末までに最終合意を行うという立場ですね。 服部 各国間の関税水準の不均衡を実質的に是正、ないしは撤廃すべきだという提案ですね。例えば日本の米の関税は現在1キロ約340円、率で約400%ですが、アメリカは10%くらい、EUは80%ですか。当然ながら品目別に各国の関税には差があるのです。その差には、歴史的背景があります。それを不均衡だとして、なくせというのはね…。 小橋 同一関税にしようというわけです。 服部 そう、最終的には一律にすべきだという。高い関税を大幅に引き下げ、いい変えれば一番低いところの水準に合わせろということなんですね。アメリカが10%なら最終的にはそこへ持ってけということです。 輸出国はできるだけ関税を下げて、輸出を増やしたいのですから、一部の輸出国の利害を露骨に単刀直入に表面に出した提案です。 URの時はこうじゃなかった。お互いの国の関税率が違うことを前提にして、下げ方は全品目平均34%、1品目最低10%でした。
小橋 各国それぞれに品目別の重要度が異なり、例えば日本では米が極めて重要な基礎食料です。そういう差があるため現行WTO協定は農産物すべての平均で関税率の引き下げを考えています。ところが米国提案は品目ごとの狙い撃ちしてるとみてよいのですか。 服部 そういう傾向ですね。非常にこれは警戒しなくてはなりません。 ◆特別セーフガードの維持は当然の要求 小橋 特別セーフガードの撤廃はどうみますか。 服部 前回合意までは各国の非常に重要な品目に関しては輸入制限を認めていました。日本の米などですね。それを全部関税に置き換えました。重要品目について輸入制限をしてきた国々にとって大変な決断でした。 輸入急増の場合には、もとの関税水準に戻すことができるという内容です。これは決断に対する一種の代償なのです。それの撤廃は人を2階に上げておいて梯子をはずすということです。これは相当期間残してもらわないといけません。 小橋 特別セーフガードの維持はわれわれの当然の要求になると思います。 服部 今一つ、はっきりしないところがあります。8月にアメリカへ行って、はっきりさせたいと思います。輸出国家貿易に関してはカナダの小麦ボードの価格決定方式が民間とは違っているんじゃないかとアメリカは疑っているのです。カナダのロシア向け輸出価格がほかの国仕向けより安いのではないかとの疑いです。 ● ● ●
◆米国の最大目的は輸出補助金の完全撤廃 小橋 次に輸出競争問題ですが、米国は輸出補助金の完全撤廃を提案し、輸出信用保証についてはOECDの決定に任せるといいます。これだとEUとの全面対立になると思いますが。 服部 恐らくアメリカの今回の交渉での最大眼目の一つが輸出補助金だと思います。ケアンズもこれに完全に同調しています。 小橋 しかし輸出信用システムは隠れた輸出補助金ではないかとアメリカ自身が批判されています。 服部 輸出信用は年間30億ドルから40億ドルをつけているんです。主として途上国とか先ごろ経済危機に陥った場合の韓国とかインドネシアに対して、これを使って輸出しています。
アメリカが輸出市場を獲得していく有力な武器になっています。やはりこれに関しても当然規制がかけられるべきでしょう。 ◆非貿易的関心事項にEUは動物愛護も 小橋 現行WTO農業協定は貿易を歪曲する度合に応じて政策を緑、青、黄に3分類していますが、米国提案はこれを二分類とし、どちらかといえば青色は廃止だといいます。この意味をどう受け止めますか。 服部 単純化するんだということですが、実際には青の政策を非常に重要なものとして使っているEUに対する攻撃だといえます。 日本は青の政策を使っていませんが、先の日本提案は黄から緑へ移行していく過渡的段階として青の政策は必要だとしています。また日本は場合によって青の政策を使わざるを得ない立場にあるわけで、これも攻撃の的にされています。 小橋 そうすると逆にEUと日本は共同戦略が持てるんじゃないかと思います。 服部 全く同感です。EUは米国提案に対抗し、青の政策に関する説明を特別会合に出しているんです。その内容は青の政策の位置づけが日本提案と一緒です。EUが日本提案をよく受けとめた結果でしょう。 私はなぜ、これが出てきたか、背景をよく考えるべきだと思います。EUでは消費者団体の支持を背景に家畜にストレスを与えないように過密肥育や過密輸送などをしないことを大半の国がルールにしています。 小橋 家畜と人間が共生しているような飼い方が農業の原型でしたよね。日本の家族的な農業でも、かつては牛や豚や鶏を愛情を注いで育て、牛を売りにいく時は峠まで見送って別れを惜しむといった話がありました。家畜を単なる商品ではなく、生命体として扱うというのはEUだけでなく日本もそうでした。 服部 これはいい話を聞きました。その通りです。 小橋 しかし、そういう飼い方をすればコストが高くつく。だから、工業的に飼育された輸入肉などに対し、保護を必要とするということでしょう。 服部 私はそれを理解できます。飼い方の違いを表示ではっきりさせればよいし、コスト差が出てきた場合は緑の政策の中に動物愛護に基づいた補償や支援を入れるべきだという主張は理解したほうがよいというのが私の考えです。 ● ● ●
小橋 さて12月末までに日本も提案をつくり、WTOに提出する中で交渉に影響を与えていく段階に入りました。そこで紺野WTO対策室長からJAグループの取り組み状況を聞きたいと思います。
今野 JA全中としては気候的に似通っているアジア・モンスーン地帯のグループとの連携と、それから多面的機能を重視してEU特にCOPAとの連携強化を昨年から、ずっと続けてきています。 シアトル以降はより緊密な連携を目ざし、COPAとの打合せを1月に始め、4月にはアジアグループの第2回会合をインドネシアで開き、UR合意がもたらした影響を中心に討論しました。そこでは、先のアジアの経済危機に際し、基盤となる農業をしっかり保っていたことが危機を乗り切る上で重要な役割を果たしたこと、また農村の活性化や雇用問題、あるいは環境保全といった面からも農業の多面的機能を重視する主張が共通してありました。 一方、全中も加入している国際的農業団体IFAPの総会が5月にドイツで開かれ、その前段にアジアグループとEUの農業団体が初会合を持ち、今後も定期的に開く方向です。EUの提案で実現した初めての会合で画期的といえます。 小橋 きょうはどうもありがとうございました。 |
◆ 用語説明 ◆ ケアンズ・グループ 輸出補助金の撤廃を目ざしてUR交渉期間中に結成された農産物輸出国の集まり。オーストラリアのケアンズという都市で結成されたので、この名前になった。15ヵ国で構成。オーストラリア、カナダなどのほかアジアではインドネシア、マレーシア、フィリピン、タイの4ヵ国が参加。 国家貿易 国や、国の代行機関が輸出入を一手に引き受けて行うこと。日本では米と小麦、大麦を食糧庁、乳製品と生糸を農畜産業振興事業団が輸入している。日本、韓国などは輸入型の国家貿易だ。しかし世界では大半が輸出型で、カナダの「小麦ボード」は小麦を独占的に輸出する国家貿易企業。 SBS方式 売買同時入札制度のこと。食糧庁に輸入米を売る輸入業者と、それを買う卸業者が連名で入札し、輸入差益(マークアップ)が最大になるよう落札する制度。つまり食糧庁が安くで買って高くで売ることができるように業者同士が売買価格をあらかじめて同時に入札する。差益は備蓄予算に充てられる。 OECD 経済協力開発機構。加盟29ヵ国。 青の政策(ブルーボックス) この政策は6年間は削減の対象外。生産調整がが必要な生産者への直接支払いは、この政策である。 黄の政策(アンバーボックス) 緑と青と最小限の助成措置以外は、すべてが黄の政策として削減対象となる。その国の助成措置合計額の20%を2000年末までに削減する。 動物愛護 EUでは消費者の動物福祉に対する要望が強い。このため家畜にストレスを与えないように生産や流通の段階で規制がある。EUが動物愛護を農業の多面的機能の一つとしている背景には重みがある。 アジアグループ(協力のためのアジア農業者グループ) WTO加盟国の4分の3を占める途上国は農業交渉に大きな影響力を持つ。JAグループがアジアとの共生を推進し、各農業団体との連携を強める中で、できた。現在8ヵ国の農業団体がグループを組む。 COPA(EU農業団体連合会) 域内15ヵ国の主要農業団体。EU諸機関とりわけEU委員会に生産者の統一見解を述べることを基本目的とする。 IFAP(国際農業生産者連盟) 1946年設立。60ヵ国から85の農業団体が加盟。日本ではJA全中、全国農業会議所、全国農政協が加盟。 |