日本経済と農業に光明はあるのか。世界では弱肉強食の新自由主義によるグローバル化が進み、経済的不平等や富の偏在が顕著になっている。しかし一方では、こうした大問題を生み出す元凶を批判し、社会正義を求めるNGO(非政府組織)の運動も力強い。その発展は「農業の援軍になる」と三輪昌男国学院大学名誉教授は指摘する。本紙は、そうした国際的な運動をどう見るかなどを連載で同氏に提起してもらった。これを受けて今後「21世紀を拓く/経済と農業のゆくえ」について農業界や学界などによる幅広い討論の企画を予定している。
◆99年末シアトル
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三輪昌男氏
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WTO(世界貿易機関)の新ラウンド開始宣言を目指して、99年末に米国のシアトルで開催された閣僚会議は、失敗した。加盟国間の異なる意見を調整できなかったのだが、無視できない背景として、影警を与えようと多数のNGO(非政府組織)が参集して声をあげる動きがあった。
その声は「自由貿易主義反対」と要約できる。参集者7万人。一口にNGOといっても、組織の性格、取り粗んでいる中心課題は多様である。しかし手を組んで、WTOの基本的政策思想である自由貿易主義に異議を唱えた。ガット・WTO史上初めてのことであった。一過性のもの、という見方は聞かれない。02年3月半ば現在の私見だが、シアトルで起こったNGOの動きは、確実に続いており、強まっているとみる。
そうであるとき、日本の農業のゆくえを考えるうえで、NGOのこの動きに注目することは、次のように、重要な意味を持つ。
ウルグアイ・ラウンドの合意を受けて、新ラウンド開始宣言(01年11月)に先立ち2000年初から開始された農業交渉に、日本政府(農水省)は農業の多面的機能の主張を中心に据えて臨んでいる。どの国にとっても重要なその機能を営む農業を維持するうえで必要な場合、輸入制限を認める、というルールの提唱である。同時に、輸出国に有利な現行ルールを、輸入国を対等に位置づける公平なものに改めるべき、と主張している。
端的にいって、WTOの自由貿易主義を原則として認めたうえでの提唱・主張である。政府として、そうせざるをえない状況であることは分かる。しかし例外は原則に弱い。ウルグアイ・ラウンドで原則に押し切られた事態の再現が心配される。心配が現実化するとき、日本の農業のゆくえは暗い。40%という食料目蛤率はさらに低下するであろう。
NGOはまさに非政府であって、日本政府のようにWTOの原則に拘束されることはまったくないから、信ずるところに従ってその原則=自由貿易主義に真っ向から反対している。これは、日本の具業のゆくえに明るさを見出すうえでの援軍になりうる。
◆NGOのいろいろ
NGOは一色でない。どのようにかを、本紙の読者に分かりやすい形でみてみよう。
【地球環境保護】
92年6月にブラジルのリオデジャネイロで「国連環境開発会議」(別名「地球サミット」)が開催されたとき、4万人を超えるNGO活動家が集まり多彩な会合を開いた。性格・中心課題の異なる多様なNGOが集まった点、シアトルと同じであった。地球環境保護を中心課題とするNGOがある。またほとんどのNGOが、中心課題は別だが、それを主要課題としている。
【協同組合】
国際協同組合同盟=ICAは世界最大のNGOである。地球サミットに参加し、また同年開催の東京大会の第2主要議題は「環境と持続可能な開発」であった。
【家族農業擁護】
ウルグアイ・ラウンド中間見直しの会議が88年にカナダのモントリオールで開催されたとき、24か国のこのNGOが、自由貿易主義基調の農業交渉に反対して集会を開いた。その後も折に触れて会合。日本の農協は当初から参加している。
【途上国援助】
例えば▽英国の「オックスファム」は途上国の生産者から仕入れた品を国内6百数十の直売店で販売し、収益で約70か国のNGO自助努力プロジェクト援助をしている(活動家B・クーテ著『貿易の罠』家の光協会、96年刊参照)。▽02年2月に国会で、国際会議への参加問題が取り上げられたような、戦禍からの復興援助(対人地雷除去を含む)NGO。▽日本の農協は「バケツ一杯の水運動」(婦人部、79年)や最近の「アジアとの共生」など、多様にこのNGO活動を行ってきたし、行っている。
【消費者運動】
生協がその一つ。シアトルに、米国の著名な指導者ラルフ・ネーダーが率いる組織が参加して注目された。
【労働組合】
シアトルに、米国のナショナルセンターAFL・CIOが参加した。
さらに人権、女性、個別経済問題などを中心課題とする多様なNGOがある。
(付言)▽非政府でも営利企業は含まない。▽途上国援助、地球環境保護、人権などは、政府系組織との提携が必要で、行われる。政府系国際会議ではNGOの同伴が普通になってきている。▽他方で、アナーキスト派など暴力に走る過激NGOもある。 |
そのようなNGOの間に新しい流れが現れた。現代用語辞典『イミダス』02年版に新登場の「ボルトアレグレ世界社会フォーラム」がそれである。同辞典の前年=01年版に新登場の「ダポス会議」に対応するものなので、両方合わせて説明の要点をみよう。
▽国際決済銀行が主催する「世界経済フォーラム」の大会が毎年1月末にスイスのダポスで開かれている(ダポス会議)。01年が第31回。世界の有力企業の経営者を主に、主要国首脳、経済・社会・官界のエリートが参加。世界経済をけん引する意見を表明。
▽これに対抗する会議「世界社会フォーラム」が、01年1月末にブラジルのポルトアレグレで開かれた。約1万6千人の世界のNGO関係者が参加。新自由主義的グローバリゼーションに対抗しグローバルな社会正義を求める多様な社会運動組織の結束が進んだ。
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02年1月末(〜2月初)のダポス会議は、前年9月11日に米国で激発したテロ事件の犠牲者の追悼、テロリストに屈しない決意の表明として、ニューヨークで開かれた。ダポス会議に対抗する世界社会フォーラムは、同じ時に前年同様ポルトアレグレで開かれた。
『日本経済新聞』02年2月1日付が、ダポス会議と並べて「ダポス会議に対抗/NGOフォーラム」の開幕を報道した。『朝日新聞』は「反ダポス会議」に関する小さい記事を何回か掲載。2月2日付で、世界各国からNGO活動家約4万人が集まったと報道した。
こうしてみて世界社会フォーラムは注目に値する。詳しい情報を得たい思いに駆られる
◆別のダポス
『別のダボス/世界経済システムへの抵抗のグローバル化』という本が、その思いをかなり満たしてくれる。英国のNGO系の出版社「ゼッドブックス(
へロンドンに本社、ニューヨークに支社)が01年半ば過ぎに刊行した英語の本である。要点をみていこう。
99年1月末、ダポス会議の日程に合わせて、同じスイスのチューリッヒで「別のダポス」という名の集会が開かれた。後述の各種NGOの代表約60人(国籍は20以上)が報告・討論を行い、ダポス会議の会場近くで記者会見も行った(参加記者約30人)。
この本は、主要論客が持ち寄った論文(12章に構成)に、報告・討論・記者会見の主要部分の議事録を加え、さらに、この集会の宣言、前史にあたる97年3月の集会の宣言、この集会の展開である99年1月末のポルトアレグレ集会の宣言を収録したものである。
(なお、ポルトアレグレのその宣言は、参加者数について、122か国、700以上の社会運動組織の代表4700人と、1万5千人以上の一般参加者、と述べている。)