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シリーズ
21世紀を拓く経済と農業のゆくえ
注目すべきは「留保」条件
−−OECD農業委の「多面的機能」研究

 先進29カ国が加盟する経済協力開発機構(OECD)には各種委員会があり、うち農業委員会は農業保護の削減に向けた研究を重ねてきた。その報告や提案はUR(ウルグアイラウンド)に、またその後世界貿易機関(WTO)に大きな影響を与えている。現在は日本提案などを受け「農業の多面的機能」を分析中だ。しかし昨年まとめた第1段階の報告は日本提案の実現にとっては逆風といった内容となった。そこで本紙企画の研究会で、村田教授はOECD農業委にスポットをあて、OECDの農業問題に対するスタンスを検証。そして多面的機能の研究「リポート」を分析した。本紙は村田教授の報告「OECDと農産物貿易・農業の多面的機能」の概要と、これを補足する三輪名誉教授のOECD第一段階報告についてのコメントを併せて紹介する。


「OECDと農産物貿易・農業の多面的機能」
村田武 九州大学大学院農学研究院教授

村田武氏
(むらた たけし)昭和17年福岡県生まれ。昭和44年京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。金沢大学経済学部教授を経て現在、九州大学農学部教授。主な著書・訳書は「現代農業保護貿易の研究」(金沢大学経済学部研究叢書6)、「アグリビジネス・アメリカの食糧戦略と多国籍企業」(共訳・大月書店)など

 OECDの農業委員会は1999年に農業の多面的機能に関するスタディを開始。01年12月に概念整理をし、多面的機能を定義(注1)づけたが、そのリポートには、多面的機能の主張を一人歩きさせないような「留保」条件をつけている。
 それは「多面的機能のみならず、農業が市場シグナルに反応し、多角的貿易体制により統合されることにも配慮する」とか「農業・食料政策は…貿易への歪曲を回避し得る方法で対処すべき」などといった部分だ。
 日本にはスタディを持ち上げる向きも多いが、この留保条件に注目しなければならない。OECDは日本提案を無視するのもどうかとの政治的判断で農業委の研究を開始した。なにしろ日本はOECD基本予算の23.6%を負担している。例えばドイツの場合は10.8%に過ぎない。
 しかしリポートはやはりOECDの基本的な流れが貿易自由化の促進であることを改めて示した。というのは、スタデイは昨年から「多面的機能の実証分析」という第2段階の作業を進めているが、第3段階の作業は「農政改革と貿易自由化の関係を含めた政策議論」とされているのであって、あくまでも貿易自由化と農政改革あっての多面的機能とされているのである。

 では、OECDの事務局長の下に設けられた農業委員会とはいったい何なのか。その活動を振り返って、検証してみたい。
 OECDが農業問題に関わって影響力のある発言をするようになったのは、ウルグアイラウンド(UR)の時だ。87年に「デカップリング(所得支持)農政理念」という農業委のリポートをURに提供した(注2)
 中身の1つに、農業補助のレベルを測定する「生産者補助金相当額」などの指標がある。これはUR農業合意の助成合計量(AMS)に受け継がれた。助成政策の削減に際し、助成量を測り、比較する積算手段だ。
 またリポートは助成政策を4分類し、貿易への影響と生産に結びつく度合いの最も大きいのが市場価格支持であり、小さいのが所得支持であるとした。これによってURはデカップリング農政への転換で合意した。
 OECDの研究の背景には米国など農産物輸出国による布石があったと考える。デカップリングという言葉を農政分野に登場させたのはクリントン前米大統領の諮問機関だが、価格支持政策を敵視して、具体的に所得支持農政への道筋をつけたのはWTOではなく、OECDだ。その基礎理論は新古典派経済学そのものといえる。
 次にOECDは90年代前半に構造調整と環境、農村地域開発の重要性を指摘し、農業保護削減一本槍ではないぞというポーズを見せた。
 その後98年のOECD農相会合では10項目の政策原則を採択。第1番に農産物貿易自由化の堅持をうたい、他の項目もWTO路線の取り込みが多い。
 しかし3番目の項目には「世界の食料安全保障を強化する」と国連食料農業機関(FAO)の路線を取り込まざるを得なかった。6番目には農村生活の快適化、7番目には環境保護と自然資源の管理、8番目には食品の安全性も盛り込んだ(注3)
 最後にやっと「農業の多面的な役割を維持・強化する」との項目が両論併記的に入った。これは日本政府が「何とか入れてくれ」と求めたからだろう。

 ここで最初のOECD農業委スタディに話は戻るが、昨年は多面的機能の研究報告とともに「UR農業合意の評価」もまとめた。そこではOECD諸国の農産物関税は高いとか、関税割当制の輸入数量もほとんどの国で達成されていないとした。
 この評価でいけば日本は、コメ関税など関税率を大幅に引き下げるとともに、ミニマムアクセス(MA)米輸入や現行輸入義務(CA)をもっと増やせということになる。
 さらにEU、日本、米国は国内農業支持の財政支出がきわめて多いとし、助成削減対象外の緑の政策と、削減猶予の暫定期間が9年間である青の政策に対する支出が大きく伸びているなどと問題点を並べ立てた。
 WTO新ラウンド農業交渉に向け、日本は緑の政策の枠の拡大を提案しているが、OECDは反対に縮小を示唆した。
 農水省は農産物の価格変動に対するリスク管理制度として収入保険制度の導入を考えているが、これは収入が7割以下に下落した場合に、その7割を補てんするというのが国際的な前提だ。そこで8割補てんの稲作経営安定対策からみても厳しすぎるとして枠の緩和を提案した。
 関連して国内支持の助成合計総量(AMS)の推移をみてみると、基準期間(86〜88年度)は市場価格支持と、削減対象となる直接支払いの総量が4兆9661億円だったが、99年度は7478億円となり、削減率85%という驚くべき数字が出た。
 コメに至っては98年度から内外価格差込みで一挙にゼロとなり、削減率100%だ。昨年2月には、生産調整を実施しているので稲作経営安定対策を暫定的な削減対象外の青の政策としてWTOに通報した。
 また「新たな米対策」の備蓄運営ルールでは、政府米は価格支持ではなく、食糧備蓄のための支払い(緑の政策)であるので、内外価格差はAMSの対象外になるという理解だ。
 このような理解について農水省は、各国から異論が出てこないから認知されたのだろうとみている。

 さて新ラウンドに向け日本は2000年度の約束値を基準にしてAMSを削減させるという提案を行ったが、6年間で2割削減というUR合意の約束を大幅に超えた85%削減の数値が出発点になってはたいへんだ。逆転は至難だが、なんとか是正する必要がある。とくにコメ政策が大きな課題だ。
 また多面的機能の発揮を主張するのなら、それに向けた国内農政の具体化が求められる。緑の政策を改善する提案も実績なしには説得力がない。
 ちなみに、農水省は農業の多面的機能を、(1)国土の保全(2)水源のかん養(3)自然環境の保全(4)良好な景観の形成(5)文化の伝承(6)保健休養(7)地域社会の活性化(8)食料安全保障の8つに整理している。
 新基本法のもとで、農水省は平坦地や都市化地域でも水田の保全に必死の農家に対して、環境支払いとしての助成策を具体化すべきである。
 お隣りの韓国では、全国の水田を対象に稲作直接支払い制度を、昨年からすでに実施しているではないか。

〈注1〉 「OECDリポート・農業の多面的機能」は多面的機能の定義を「生産過程の特徴と、その生産物に基づいて▽一体的に生産された多面的な農産物および非農産物▽非農産物の中には外部経済および/または公共財であるものがある」とした。非農産物としては、景観、生物多様性、土と水と大気の質、食料安保、動物愛護など12を挙げた。邦訳書には「農政研究センター国際部会リポートNO46」(農文協)がある。
〈注2〉 「デカップリング農政理念」は「世界の農業政策‐補助削減へのOECD勧告」としてURに提供された。
〈注3〉 政策原則10項目は島村宜伸農相(橋本内閣)が副議長を務めたOECD農相会合でWTOへの提案を決めた。

 

「OECDリポート・農業の多面的機能」邦訳書から
三輪昌男 國學院大学名誉教授

 『OECDリポート・農業の多面的機能』(邦訳書)に注目し、私の必要最小限のコメントを加え、村田教授の議論を補足する。正確な引用をするべきだが、紙幅の制約が厳しいので、論旨を極めて簡単に紹介する形とした。
 以下「  」内は紹介引用部分。(  )内は邦訳書のページ。(三輪昌男)

1.追い風でなく逆風
◆両様の多面的機能論とリポートの立場

三輪昌男氏
(みわ まさお)昭和元年山口県生まれ。東京大学経済学部卒。(財)協同組合経営研究所研究員、國學院大学経済学部教授、同部長を経て定年退職。國學院大学名誉教授、日本協同組合学会元会長。主な著書に「自由貿易神話への挑戦」(訳書、家の光協会)、「農協改革の新視点」(農文協)など。

 「加盟国の中には、▽貿易自由化によって農業の多面的機能が損なわれることを懸念する国と、▽それが、保護による食料増産に通じる手段となることを危惧する国とがある」(P12)
 その中でのリポートの立場について、日本とは逆の、危惧の側であることが次のように明示されている。
 「その懸念には、最も費用効率的で、生産・貿易の歪曲を回避しうる方法で対処すべきである」(P3)
 次の2つもその明示である。「多面的機能の概念には▽多面的機能の存在自体が価値を持ち、その機能の維持・増進が政策目的となりうる『規範的』概念と▽ある特定の活動が多面的であるにしても、それが多面的でなければならないという意図を含まない『実証的』概念とがある。リポートの分析は『実証的』概念に基づいている」(P11)
 「分析作業の究極的目標は、複数の食料・非食料の最適な生産を最も費用効果的な方法で達成するための適切な政策原理を確立することである」(P13)

◆その立場での重要な検討課題/一体的生産は必要か
 
 農産物と非農産物の一体的生産の中で多面的機能が発揮されるのだが、「非農産物の生産は農産物の生産(=農業)と切り離して(非農業によって)行えないのか。▽切り離せる場合、一体的生産とどちらがより低い費用で生産できるのか」(P14)
 「次の質問に回答すべき。▽農法の変更で変えられないような、あるいはより安価な非農業的供給が存在しないような、強い一体性があるのか。▽もしあるとして、その非農産物にかかわる市場の失敗が存在するか。▽非政府的対処が最適である可能性が十分検討されたか」(P27〜28)
 「回答が全てイエスの場合のみ、多面的機能論に基づく政策は、自由貿易というWTOの目的と衝突しないものとして肯定される」(P27〜28)
 多面的機能を規範的概念として持ち出す国が実証回答すべき質問(疑問)が、他にも様々に設けられている。それらを全てクリアしなければ日本提案は成立しないという仕掛けである。この提起が追い風といえるか?

◆食料安全保障について
 
 日本が重視する食料安保についてリポートは次のようにいう。
 「食料安保は、国内生産による供給と、輸入、備蓄、危機時の生産拡大による供給との比較の問題である。つまり▽国内生産との一体的生産物ではない」
 「食料安保を根拠として非効率な国内生産を維持することは納税者、消費者、他国の生産者に損害を与え、世界全体の食料安保にマイナスとなる」(P19)
 これは日本にとって明らかに逆風である。


2.基調命題/その批判を

 リポートはWTOの基調である自由貿易主義の命題を随所に持ち出しながら議論を進めている。その命題は肯定できるものか。日本は、否の議論をすべきだ。政府と違って自由に議論できる立場にある研究者は特に。

◆子供じみた命題
 
 以下、もちだされている主な命題をとりだし、簡明な批判の一例を示す。
 「一般に、貿易は比較優位の存在によって、すべての国の厚生を改善する」(P25)
 これは▼自由貿易を徹底すれば、つまり国境がなければ、最大の経済的厚生が、つまり最高の効率的経済が得られるということであり▼国境のない状態、世界は一つ、が人類の理想、というのと同様の抽象的な子供じみた命題にすぎない。
 ▼〈わかった、それでどうした〉〈国境をなくそう〉と具体化されることになる。
 これは各国語、各国通貨は非効率、それらをやめて、英語を、ドルを使おう、というのと同様の非現実的な暴論である。

◆貿易による利益の違いを問わない
 
 「自由貿易によって全ての国が利益を得る限り…」(P145)
 「一定の条件下では全ての国が貿易により利益を得る(P130)
 〈限り〉〈一定の条件下〉という限定が外れた命題として提示されるのが普通である。大問題だ。
 例えば環境問題の視点、短期でない長期視点を条件に入れると、〈利益を得る〉といえなくなりうる。
 〈一定の条件下で利益を得る〉ことを、だから貿易を行っている、と肯定しよう。しかし得る利益の大きさはどうなのか。
 分担する産業に利潤獲得上の有利・不利があり、▼先進国が有利な産業を先取りし、▼得る利益の大きさの構造的な違いが生じる。▼南北問題はその現実化である。▼得る利益の大きさを問わないのは幼稚すぎる。

◆エゴイズムの押付け
 
 「『非貿易的関心事項』や『多面的機能』の議論は、貿易相手国の生産者に重要な影響を及ぼしうる」(P12)
 「非効率な国内生産を維持することは…他国の(効率的な)生産者に損害を与え、世界全体の食料安保にマイナスとなる」(前出P19)
 多面的機能を効率だけでなく、ゆとり、やすらぎ、安心、安全などの価値観を加えて、ある国が議論することは大いにありうる。▼そうするかどうかは各国の主権に属することである。▼効率の観点から、それを否定することが許されてよいのか。▼否定するのは、自国の生産者の利益を図るエゴイズムだ。効率的と説教しながらエゴイズムを押しつける〈説教押し売り〉だ。
 そのエゴイズムによって他方の国の生産者が損害を受ける。▼各国が国内で問題を処理すること(国の主権の尊重)を原則とすれば、他国に損害を与えるという問題は生じない。▼効率視点だけに基づくエゴイズムは否定されるべきである。
 エゴイズムではない、世界全体の食料安保を考えてのことだとリポートはいう。しかし、▼各国が自国にとって最善と考える食料安保の道を進むことこそが、世界全体の最善の(各国がそう納得する)食料安保をもたらすはずだ。▼効率視点から、そうでないというのだが、効率の高いある国の生産者が効率的であり続ける保証はない。▼それに依拠する食料安保は不安定、不安全である。

◆「効率」ははかないもの
 
 何をもって効率的というのか。指標は、より安い費用(P14)あるいは価格(P28)である。各国でのその生産物の物的生産性つまり絶対生産費の比較であるかのようにいわれることが多いが、それは違う。
 比較優位理論が教えているように、比較生産費(具体的には各国通貨の交換比率つまり為替レートを媒介した生産費)の比較だ。▼各国の産業の成長・構造の変動によって、為替レート、そして比較生産費のあり方は変化する。
 例えば日本の輸出企業のほとんどが生産拠点を海外に移した場合、著しい円安となり、米が輸出できるかもしれない。▼これが効率的、より低い費用(価格)といってみても、はかないものでしかない。▼加えていおう。人間は効率だけを気にして生きているわけではないのである。


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