◆セーフガードは一時的な措置
政府は、ネギ、生シイタケ、畳表の3品に「とにかく緊急事態」(農水省)だからということでセーフガード(緊急輸入制限措置)暫定措置を、4月23日に発動した。期間は鍋物需要が増え始める直前の11月8日までの200日間。
セーフガード発動は、洪水のように入ってくる輸入を一定期間堰き止めて、その間に生産対策や流通・販売対策を徹底して行い、輸入品に対抗できる国内基盤をつくることが目的だ。しかし、200日間の暫定措置だけで終われば、この目的を達成することは事実上不可能だが、暫定措置が解除後、本格発動されるのかどうかは不明であり、本格発動はされないのではないかと観測する人は多い。
トマト、タマネギ、ピーマンなどがはずされたこと、需要が少ない時期が対象になったことから、暫定措置は「参議院選挙向けのパフォーマンス」であり、本格発動はされないのではないかとみる産地は多い。
暫定措置の発動前後に、「中国ルポ・嘆きのネギの山」(東京新聞4月20日)、「このネギ腐らせるしか…出荷停止要請に中国の農民落胆」(朝日新聞5月1日夕刊)、中国に進出している日本企業などの話を中心にまとめられた「怒る中国の生産者ら」(毎日新聞5月1日夕刊)などの報道に対して、「国内産地や生産者を取材せず、したがって国内生産者の窮状を知らずに、なぜ中国の農民がかわいそうだというような報道をするのか」と怒りをあらわにする生産者は多い。
◆「野菜戦争」は終わらない
セーフガード暫定措置の発動とそれにいたる経過は、WTO協定にこういう措置があり、米国やEUではすでに何件も発動されており、日本もそれを使うことができることを広く社会的に知らしめたこと。
今回の決定は「国内農業の維持・発展をはかることの重要性をふまえた政策転換の第一歩であり、その意義は大きい」こと(原田JA全中会長談話)。
いままでのように無秩序に・無制限に日本向け野菜をつくっていくことはできなくなるかもしれないという危惧を、多少なりとも輸出国にもたせることができたこと。
そしてなによりも、コメ中心に語られる傾向が強い農業問題で、野菜など園芸作物にスポットがあてられたこと、などが評価できるのではないだろうか。
しかし、セーフガードが本格発動されても、それは「野菜戦争」の終戦を意味しているわけではなく、対等以上に戦える体制を準備する期間ができたにすぎない。そして、トマトやタマネギ、ピーマンなど多くの品目では、輸入国がいままで通りのやり方を続けているとセーフガードの対象になる可能性があるということで、多少手控えるかもしれないが、基本的には「戦争」が続いていることを忘れてはならないだろう。
そこで、このシリーズの初心にかえり「この戦争に国内生産者が勝ち残るために何をしなければいけないのか」を考えてみたい。
◆人件費削減は必要不可欠な条件
消費者サイドからみた輸入野菜の魅力は「価格が安い」ことにある。輸入野菜の低価格に対抗するためのコストの削減は避けて通れない課題だ。コスト面で国産と輸入品を比較してもっとも大きく差がでるのは人件費だ。このシリーズ第2回目で、藤島廣二東京農大教授は、もっとも人手を必要とする「収穫・調整・選別作業をいかに簡素化」し作業時間削減することが重要だと指摘した。キュウリの規格数を9段から7段階に減らすだけで、選別・箱詰め時間が従来の3分の1に短縮されたという事例もある。
規格の簡素化は、第1回で紹介したJA高知春野の北岡組合長をはじめ多くの関係者が指摘することであり、量販店や市場関係者と産地が連携して、早急に取組むべき課題だといえる。
また、バラ出荷やコンテナ輸送、パレット輸送など、物流面でコスト削減が期待できる方法はいくつもある。
しかし、コストを削減しても「圧倒的に安い中国の人件費に対抗することはできない」という声もよく聞く。日本の15分の1〜20分の1といわれる中国の人件費に対抗するのは確かに難しい。しかし輸入品よりも価格が高くても、消費者が許容できる価格帯まで下げる努力をしなければ消費者から支持されることは期待できない。
◆「安全性」は有効な対抗策なのか?
その上で輸入品に対抗できるものは何か。よく産地で聞かれるのが「安全性」だ。農水省植物防疫所で不合格となったり、厚生労働省検疫所で食品衛生法(食衛法)に基づいて適法かどうかの検査で不適格となる事例がかなりある。
多くの場合植物検査で不合格となるのは害虫が付着しているからだが、その後、殺虫処理などをすれば合格となり輸入が可能になる。ところが、検査後の殺虫処理は燻浄処理のために生鮮野菜の品質劣化は避けられない。そのため出荷時に殺虫剤(ポストハーベスト)を使うのだが、コンテナなど密閉された状態で輸送されてくるために農薬が残留し、食衛法で不適格となるケースが多いといえる。昨年11月、下関港で韓国産ミニトマトが不適格となったのもこのケースだった。
港(空港)での検査はいずれも「抜き取り」検査だから、実際には検査を受けずに入ってきているものがあるのではないかという疑念がある。もしそうだとしても、消費地では各都道府県の衛生研究所などが食衛法に基づく検査を行っている。東京都立衛生研究所では、国産品も含めて年間延べ3万数千件を検査しているが、残留農薬が検出されることは稀だという。検出された食品であっても「食べて人体に影響はない」程度のものだと、都立衛生研究所の永山敏廣食品研究科課長補佐。
日本では登録されていない農薬が使われているという指摘もある。しかし、日本と気候・風土が違えば、虫も草も日本とは違うものが発生する。虫が違えば使う農薬が違うのは当然だ。心配なのは、日本で使われていない農薬がチェックされているかどうかだが、永山さんは「食衛法では、日本で登録されていない農薬の残留基準がある」から大丈夫だという。
「国産だって安全とはいえないものもあるでしょ」という消費者もいる。残念ながらこれを全面的に否定することができないのも事実ではないだろうか。
こうみてくると、どこどこの産地ならとか、誰それさんの作ったものなら、とはいえても、一般論として「国産は安全、輸入品は不安」とはいえない。
◆鮮度・高品質化で差別化を
それよりも、藤島教授も指摘するように、「鮮度」や「高品質化(高付加価値化)」で差別化する方が国産にとっては有利ではないだろうか。つまり、朝採り・完熟(適熟)、減農薬減化学肥料、有機栽培とか栄養価の高い品種の栽培などだ。
こうした野菜の場合には、生産者と消費者の信頼関係がなければ成り立ちにくく、「顔が見える関係」であることが望ましいから、流通距離(時間)が短い方が有利だといえる。もっとも典型的なのが「地産地消」だ。地産地消を実現することで、衰退している中小の地場産地や小規模生産者にも活力を与えることができ、縮小する国内生産基盤を維持・強化することができるだろう。大産地と大消費地でこれを実現するには、流通・物流時間を短縮するための努力が必要だが、不可能なことではないだろう。
ここで大事なことは、産地情報を発信して、消費者や生協・量販店に支持されるような働きかけをしていくことではないだろうか。「作れば売れる」時代は終わったいま「それができない産地は国内産地であっても落ちていきます」と首都圏のあるJA幹部はいう。
◆生産者と消費者の心を結びつける「安心システム」
いままでみてきたことを含めて、消費者に支持されるための有力な考え方が、「全農安心システム」だといえる。このシステムについてはすでに紹介してきているので詳細は省くが、有機栽培や減農薬減化学肥料栽培に限定することなく、地域資源循環型農業など環境負荷の少ない農業をめざしながら、産地と消費サイド(生協や量販店など)が、個別品目ごとに生産方法や再生産コストを尊重した販売条件、検査方法など個別基準を協議・合意し、それに基づいて生産するものだ。
今年2月、日本生協連が策定した「生協産直基準」は「生産地、生産者、生産・流通方法を明確にする」「記録・点検・検査による検証システムを確立する」「生産者との自立・対等を基礎としたパートナーシップを確立する」「持続可能な生産と、環境に配慮した事業を推進する」ことをうたっている。生産者組織の「安心システム」と消費者組織の「産直基準」の考え方はみごとに一致している。
◆産地の情報を消費者に正確に伝えること
「安心システム」を推進する全農農畜産物検査認証事務局は、過去における食品に対する消費者の購買動機を分析すると値段だけが選択のものさしではない。社会生活の変化と消費者の潜在意識を分析すると、これからは情報の提供方法がポイントになる。セルフサービスがこれからも流通の主体を占めるかどうかは分からない。そして、ポストセルフサービス時代のキーワードは「食品の生産履歴の遡及と情報開示と環境」であり、これからは「心の時代」だという(図参照)。
このシステムは直販だが、市場流通についても同じ生産方法をとり「このトマトは○○生協との安心システムと同じ方法で生産されています」と表示することで、消費者の信頼を得ることができるだろう。要は、産地の情報をすべて正確に消費者に伝え、消費者の要求にどう応えているかを明らかにし、消費者との信頼関係を築く努力をすることが、この「野菜戦争」に勝ち残るための道だといえる。
【「安心システム」については以下を参照して下さい】
「特集:新全農がめざすもの、期待されるもの」に掲載された
「生産者と消費者の『もっと近くに。』」および
「座談会:国産農産物の販売強化のため消費者・取引先ニーズにどう応えるか」
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