昨年7月下旬、福岡県稲作経営者協議会(井田磯弘会長)と九州大学農学部農政学教室は、中国黒龍江省のジャポニカ米産地を訪ねた。ミニマム・アクセス米のなかで主食用に輸入されているSBS(売買同時入札)米が、10万tを超え、米価低落の重大な要因になっており、しかもそれが米国産から中国東北産にシフトする動きが急であるので、ともかく現地でコメ生産の実態をみたかったからである。
視察結果や、ミニマム・アクセス米をどうするか、中国のWTO加盟は何をもたらすかをとりまとめて、去る6月に『中国黒龍江省のコメ輸出戦略』(家の光協会)として出版した。
以下では、黒龍江省の国有農場のコメ輸出戦略を紹介する。
◆巨大なジャポニカ米産地・黒龍江省
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(むらた たけし)
昭和17年福岡県生まれ。昭和41年京都大学経済学部卒業。昭和44年同大学院経済学研究科博士課程中退、同年大阪外国語大学(ドイツ語学科)助手、講師、助教授を経て、昭和56年金沢大学経済学部助教授、昭和61年教授、平成10年九州大学農学部教授(農政学教室)、平成12年九州大学大学院農学研究院教授、現在に至る、経済学博士(京都大学)。主著に『問われるガット農産物自由貿易』(編集、筑波書房、1995年)、『世界貿易と農業政策』(ミネルヴァ書房、1996年)、『農政転換と価格・所得政策』(共著、筑波書房、2000年)、『中国黒龍江省のコメ輸出戦略』(監修、家の光協会、2001年)。 |
1993年のわが国の「平成コメ騒動」による緊急輸入以降、中国の黒龍江省は急速にジャポニカ米の生産拡大を進めている。
黒龍江省は中国東北部の最北端に位置し、北と東はロシアとの国境、西は内モンゴル自治区と接している。人口3770万人で省都はハルビン。水稲栽培に適した肥沃な土壌が広がる広大な三江平原を中心に、水田が開発されてきた。かつての不毛の大地「北大荒」から「北大倉」と呼ばれる一大穀倉地帯に大変身をとげている。
黒龍江省の稲作は世界でも最も北に位置する寒冷地稲作だが、品種はすべてジャポニカ種である。稲作は1983年当時には30万ha水準であったが、90年代に入って急速な増加に転じた。そのきっかけとなったのは、93年のわが国の「平成コメ騒動」ではなかったか。わが国の緊急輸入米259万tのうち、中国産の輸入米は108万tに及び、東北三省つまり黒龍江省・吉林省・遼寧省でその90%が集荷された。これが東北産のコメ価格を引き上げ、それが刺激になって開田ブームが広大な未墾地を三江平原に残していた黒龍江省で起こるのである。この水田開発をリードしたのが、国有農場群であった。
94年以降のこれら東北三省の水稲面積の動向を見ると、黒龍江省がいかに抜きんでているかがわかる。黒龍江省・吉林省・遼寧省における94年の水稲面積は、それぞれ75万ha、42万ha、46万haであったが、98年では黒龍江省が153万haと倍増し、他の省はほぼ横ばいである。黒龍江省だけで、すでにわが国の水稲作付面積に匹敵する。
黒龍江省における国有農場を中心とした水稲面積の急速な拡大の要因のひとつは、わが国の水稲栽培・育種技術の導入による「水稲寒地旱育苗移植栽培技術」の確立であるが、さらに驚いたのはこれら技術の徹底した普及と指導管理体制である。
表1.中国東北三省の稲作の現状 表2.1999年度黒龍江省の食糧作目の収益性
◆国有農場の司令塔・黒龍江省農墾総局
黒龍江省には、かつての人民公社制の村とは異なる国有農場の村が少なくない。この国有農場の経営管理全般を行っている機関が農墾総局である。農墾の由来はその名のとおり農地の開墾を目的として、1949年の新中国成立の際に作られた組織である。96年時点では、全国で開墾農地は470万haにまで拡大し、国有農場数は2128農場に達している。とりわけ、黒龍江省には農墾総局が管理する国有農場が103あって、その農地も202万haと、全国の40%余りを占めている。省内103の農場管理は、総局の方針に沿って9つの分局が行っている。
稲作技術の普及方法は、総局の技術普及ステ−ションから分局の技術普及ステ−ション、そして農場という順であり、普及率は100%という。技術員は100〜250haあたりに1人配置され、監督下にある「八一農業大学」で2000年には3000名の技術普及員を養成している。育種は総局所属の水稲研究所で行い、農家にはさせない仕組みとなっている。育種は、日本、シンガポ−ル、香港などへの輸出を念頭に、食味のよいもの、冷めても味が落ちない品種の開発が目標とされている。
◆コメ販売戦略の最先端を行く「新華農場」
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(こうたけ たかみつ)
昭和25年福岡県生まれ。昭和48年岡山大学農学部農学科卒業。同年福岡県農業試験場(育種)に就職、昭和50年JA福岡中央会入会、経営監査部、電算情報部、人事部、営農生活部などを経て、平成4年地域振興部長、平成13年農政営農部長。本年4月から九州大学大学院生物資源環境科学府(博士課程)に社会人として在籍。近著に「『水田を中心とした土地利用型農業活性化対策大綱』を問う」(日本農業市場学会『農業市場研究』第9巻第1号、平成12年10月)、『中国黒龍江省のコメ輸出戦略』(共著、家の光協会、2001年)。 |
省都ハルビンから380km離れた三江平原の入口にジャムスという市があり、そのジャムスからさらに北に50km離れたところに新華農場がある。この新華農場は黒龍江省のなかでもコメ販売戦略の最先端を行く国有農場である。
新華農場の管轄区域内の人口は2万5000人、従業員総数が1万6000人、うち農業従事者は8000人を数える。農業関連を含め、工・商・運輸業等の関連産業36社。耕地面積は2.8万haで、主な作物は水稲をはじめ小麦、大麦、大豆、トウモロコシなどである。水稲面積は1万5300ha、品種は「新引稲」(コシヒカリ)が4000ha、「空育131」が3300ha、「きらら397」が8000haである。この農場で水稲栽培が急増した理由は、第1に寒冷地稲作技術の確立による収量の安定と上昇が大きな要因であり、第2に小麦、大豆、トウモロコシ価格が低迷する中で、水稲はこれらの作物よりは所得が高いということである。単位面積当たりの水稲所得は、小麦に比べて3.5倍、トウモロコシに比べて2.4倍、大豆に比べて2.9倍との報告もある。
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用水路が整備されている
三江平原の水田 |
農場に所属する農家は4560戸で、うち稲作農家は2420戸と5割を占めるが、稲作経営規模は5〜10haが中心で、最大規模では50ha経営もある。農地は国有であり、農家はかつては生産隊ごとに行なわれた集団経営の農業労働者世帯であったのだが、現在は入札制によって10年間の農地請負契約(小作契約)を締結する。契約料は10aあたり、150〜180元(日本円で2100〜2500円程度)が相場で、中国の保護価格(政府買入価格)が籾60kg換算で60元程度であるから、わが国に置き換えると10aあたり、籾で2.5〜3俵の小作料になる。
農業機械の普及率は、田植機がほぼすべての農家にあり、刈取機が6割、乾燥機が7割と予想以上に普及している。ただし、手植え、手刈りの雇用労働力もかなり利用されている。
さて、良食味の有望品種新コシヒカリは、「緑色食品」として出荷するために、全て契約栽培である。品質の悪い米は農場は引き取らず、農家の自己責任で販売させるという徹底ぶりである。この「緑色食品」とは、95年に法制化された中国版「有機認証制度」である。「安全、優良な品質、健康によい食品(原料及び加工品を含む)」と定義されAA級とA級の2ランクに分類されている。わが国で言えばAA級は無農薬農産物、A級は減農薬農産物といったところだろう。この緑色食品認証制度は、今後の世界市場輸出戦略への対応であろう。とくに、わが国のSBS輸入米のシェア拡大のために、米国産などと比べて価格での優位性だけでなく、有機農産物ブ−ムにあるわが国をタ−ゲットにした布石ともとれる。
◆コメ輸出戦略の拠点「新綿精米加工有限公司」
97年12月、資本金530万元(約7400万円)で農懇総局と新華農場は、わが国の総合商社ニチメン)と合弁精米工場「新綿精米加工有限公司」を設立した(ニチメンの出資は25%)。その理由は、農懇総局は、近年における中国内における米価下落に対して、「売れる米づくり」を推進しており、その際に重視しているのが、わが国を中心に、韓国、香港、ロシア、シンガポ−ル、欧州など輸出市場である。とりわけわが国のミニマム・アクセス米、SBS米には大きな関心を寄せている。
このコメ販売・輸出戦略の拠点とされているのが「新綿精米加工有限公司」である。98年産米から操業を開始し、精米生産能力は導入当初年産2万5000tであったが増設を計画している。その計画は、2000年10万t、2005年30万tとかなり強気である。「サタケ」の籾摺機や精米機がワンセットで導入されており、その精米の品質は、かつての緊急輸入中国産米とは比べものにならないほど高いレベルに達している。というのも、契約農家には厳しい減農薬栽培を求め、精米加工段階では基準にあった選別を行い、「緑色食品」として真空パックで販売するからである。
中国国内で販売する場合には、精米1kg4元(約54円)と普通米の2倍の価格で売れるという。ハルビンの百貨店で見た精米価格は、1キロあたり普通米で2元、良食味米で3元であった。新綿精米加工有限公司の真空パックには、シンガポ−ル向けには「無洗米」の表示がなされ、「お米のおいしい食べ方」の説明がなされている。
また、「中日合作・黒龍江省新綿精米加工有限公司」製と印刷された日本向け真空パックは、「北珠牌」(北のパ−ルライス印)ブランド、「緑色食品」であることが強調され、しかも中国語、英語、日本語で保存方法などの説明書きまで加えている。お土産にもらった日本向けのコメを帰国後計測してもらった結果では、整粒歩合96・白度46・食味(サタケ食味計)79であったから、相当のレベルである。対日輸出は、98年には6700t、また99年は輸出量合計1万3000tのうち6400tであった。2000年以降、日本へのさらなる輸出拡大を計画している。コメの輸出は新綿精米加工有限公司にとって国内販売よりかなり高い収益率という。
◆SBS米の主流になりつつある中国東北産米
わが国のSBS輸入米12万t(うち砕精米を除く主食用は10万t)のシェアがトップの米国産から中国産にとってかわったのは、98年であった。この年わが国は、SBS米輸入量を前年の5万5000tから一気に12万tまで拡大した。この間米国は3万5000tから3万6000tへの1000tの増加に対して、中国は1万4000tから6万2000tへと4万8000tもの増加となった。その最大の理由は、栽培品種、精米技術や貯蔵・輸送設備などでの改善が中国東北で大きく進んだことにある。この間、中国ではわが国総合商社などとの合弁企業による精米工場の建設が相次いだ。ここに紹介した「新綿精米加工」だけでなく、「中国五常准金精米加工」(黒龍江省)、「徳恵佐竹金穂」(吉林省)、「吉林糧食集団」(吉林省)、「鞍山糧食局精米加工場」(遼寧省)、「中糧遼寧銀米業」(遼寧省)などである。こうした動きに呼応して三菱商事、伊藤忠などの商社は、米国での契約数量を減らし中国産へとシフトしていった。
2000年度における中国産のSBS米の商社別落札状況は、落札数量4万8482tのうち第1位がニチメン(中国産1万100t、その他の国54t)、第2位が東食(中国産4838t、その他の国1421t)、第3位が三井物産(中国産3852t、その他の国2337t)となっている。また、2000年度における中国産の申し込み数量は、16万9475tであり、落札数量に対して実に3.5倍の申し込みであり圧倒的な人気の高さがうかがえる。
この傾向は2001年度に入っても変わっていない。5月30日に実施された第1回SBS米の落札結果をみると、落札数量枠2万5000t(主食用2万2500t、砕精米2500t)のうち、第1位が中国産1万1262t(申し込み数量3万2179t、倍率2.9倍)、第2位が米国産8985t(申し込み数量1万7282t、同1.9倍)、第3位が豪州産4640t(申し込み数量5499t、同1.2倍)となっている。SBS米全体の倍率が2.2倍であったことを考えると、中国産の2.9倍は圧倒的な人気であり、品質、食味などで中国産米がわが国に定着したようである。例年この時期は、豪州産の新米が大きなシェアを占めていたが、中国産がとって代わる勢いとなったのである。
WTO新ラウンドの農業交渉で、このミニマム・アクセス、SBS米をどうするのか、わが国にとって正念場といえよう。
◆ もっと詳しく知りたい方は ◆
『中国黒龍江省のコメ輸出戦略−−中国のWTO加盟のもとで』
編 者・福岡県稲作経営者協議会
執筆者・村田武(監修)、 高武孝充 ほか
(B6判、196ページ、(社)家の光協会、2001年、定価\1600+税)
<本書の構成>
第1章 急増する黒龍江省のジャポニカ米生産
第2章 国有農場がコメ生産をリード
第3章 国有農場の稲作経営
第4章 ミニマム・アクセス米、国境措置をどうするか
第5章 中国のWTO加盟は何をもたらすか
第6章 〈座談会〉黒龍江省のコメ戦略をどうみるか
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