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まず自らデータ拾いを
農協のマーケティング導入を考える


(株)農林中金総合研究所 調査第1部長 田中久義

 最近、農協の事業推進においてマーケティングがよく利用されている。これまで小売商業の世界で発展してきたマーケティングという考え方や手法は広く企業の共通語となっており、それは内外の協同組合でも同様である。そこで今回は、協同組合とマーケティングのかかわりについて考えてみた。

マーケティングとは何か

経済活動に広がるマーケティングの利用

 マーケティングという言葉が身近になった。
 これまでマーケティングとは無縁であった分野でも、その考え方や技法が取り入れられ、成果をあげている。典型的な例は金融業界である。金融ビッグバンへの対応策として、各金融機関は個人金融に力を入れており、その一環でマーケティングに取り組んでいる。 さらに協同組合においても同様である。以前この欄でも紹介したように、ヨーロッパ各国の協同組合は、大手小売業に対抗してマーケティングへの取り組みを強めている。
 ひところ「マーケティング」には「販売管理」という日本語があてられていた。それが今では、経営そのものを意味するようになり、カタカナで表わされるのが普通になった。このように、マーケティングはさまざまな意味で利用されるため、どのような意味で使われているのかを常に確認する必要がある。そこでこの概念がこれまでどのような意味で使われてきたかを確認してみよう。

最初は「物流」の効率追求をめざす手法だった

 マーケティングは、そもそもは物の流れを対象とする学問であった。その目的は、物を、どのような経路で、どのように運ぶのが最も効率がいいか、という問題に答えることであった。
 どのように運ぶかという問題は、例えば、バラで運ぶのと梱包して運ぶのとでどちらが全体として効率がいいか、というものである。商品や産物の性格などに応じてさまざまな方法が開発されている。今パレットで知られる方法もこの過程で生み出された方式である。
 いずれにしても共通するテーマは、いかに低コストで、効率よくものを運ぶかであった。

物流から「管理販売」へ進化したマーケティングの概念

 この効率性が追求された結果、マーケティングは物流だけではなく、販売そのものを管理するための実務的な技法という色彩を強めた。それは物流経費だけの管理から、それを含む販売経費全体、そして利益それ自体を管理する手法としての地位を確立していった。その結果、マーケティングは販売管理の重要な概念となり、「セールス」とは区別された。
 セールスは直線的販売といわれる。その意味は、売り手が買い手に対して売り込むという考え方であり、いわば売り手中心の考え方である。この「直線的」という言葉は、生産者や販売業者などの売り手から消費者に商品が一方的に流れることを示している。
 その古典的な例が、大量生産、大量販売を世界ではじめて実現したアメリカの自動車メーカーであるフォード社の販売方法であった。

セールスからマーケティングへ 直線から周回的へ

 セールスが示す売り手本位の発想から抜け出し、買い手本位、消費者本位という考え方を基本とするのが、マーケティングである。
 セールスが直線的販売といわれるのに対して、マーケティングは周回的といわれる。これは、消費者が望んでいる商品やサービスを提供するためには、消費者のニーズを掴むことがまず求められることによる。つまり販売は、商品の生産ではなく、消費者のニーズを把握することから始まると考えるのである。
 このように消費者―生産者―消費者とつながって販売が捉えられている点がセールスとの大きな違いであり、これが周回的といわれる理由である。

フォード対GM 勝敗を分けた企業姿勢

 フォードは、流れ作業という生産方式を実現した会社として知られる。当時のフォードの考え方は、「自動車はフォード」、「フォードはT型」、「T型は黒」というものであった。
 大量生産への移行にいち早く成功したフォードは、自動車工業の王様であった。そのフォードが生産し販売するのは、T型という箱型の自動車であり、しかも車体の色は「黒」だけであった。その底にはメーカーとしての品質へのこだわりがあった。普及期であった発売当初は、爆発的に売れた。
 これに対して現在世界最大の自動車メーカーであるゼネラルモータース(GM)は、当時は後発メーカーであった。GMは、箱型自動車ではフォードにかなわないと考え、形が多様で、さまざまな色の自動車を売り出し、対抗した。やがて結果が明らかとなった。フォードはGMとの販売競争に敗れ、その結果として箱型自動車の生産をやめ、GMと同様多様な自動車を生産するようになった。
 その敗因はどこにあったのだろうか。それは、フォードには「品質が良いのだから売れるはず」という売り手(生産者)本位の発想が強かったことに求められる。
 逆にGMは、消費者の求めるものを生産・販売したから売れた、つまり「売れるもの」を作ったことが勝因であった。

マーケティングの考え方

消費者が望むこと いかにしてつかむかが鍵

 マーケティングの基本は消費者が望む商品やサービスを提供することにある。従って、その第一歩は消費者が何を望んでいるかを的確に把握することである。こうして消費者ニーズを明らかにする市場調査が大いに発展した。
 モノ不足の時代には、モノがありさえすれば売れる。フォードがT型を販売した当初はまさにそのような状況であった。しかし、ある程度まで普及すれば、「ある」だけでは売れなくなってしまう。
 このような変化を背景として、メーカーは消費者ニーズを把握しようと努め、メーカーと消費者との間にある流通は、その情報を消費者とメーカーの双方に提供してきた。その結果、マーケティングはまず流通業で企業経営そのものになった。

協同組合とマーケティング 組合員本位の視点も必要

 消費者本位というマーケティングの考え方は、わが国の協同組合における組合員主義によく似ている。これは出資者であり利用者である組合員が必要とする商品やサービスを提供することが協同組合の役割であり、使命であるとする。
 株式会社など他の組織形態をとっている企業との違いのひとつは、ここにあるとされてきた。しかし、この考え方に関連していくつかの問題が提起されてきた。例えばそのひとつが、組合員が必要とする事業ではあるが、明らかに採算が合わないものはどうするのか、であった。

マーケティング志向企業のファンづくり戦略に注目したい

 マーケティングとの関連で出てくる問題は、企業が消費者本位を強めれば強めるほど、協同組合との境界線はあいまいになるのではないか、ということである。企業がマーケティングを重視すればするほど、自社の商品やサービスについての顧客の満足を追求することになり、それを通じて「固定客」を増やそうとする。
 これは、顧客の囲い込みと言われる戦略であるが、これに成功した企業ほど、固定客は組合員に似てくる。囲い込みの基本はファンづくりであり、そのために同じような商品やサービスを提供する他の企業との違いが強調される。協同組合である農協は、どのようにしてこのような企業との違いを明らかにし、それを組合員や利用者に認識してもらうのか、が問われることになる。
 さらに、この問題は、農協がその事業のなかにマーケティングをどのように位置づけるのか、という問題でもある。マーケティング=経営という考え方からみても、農協の事業運営や経営そのものへの問題提起になる可能性が高く、それに答えることは簡単ではない。しかし少なくとも、どのようにマーケティングと付き合うのか、どのように取り入れるのか、は明確にする必要がある。

マーケティングの手法 その導入は農協経営にも必要

 消費者本位の企業と協同組合との事業の進め方の違いについては、さまざまな観点からの検討が必要であろう。しかしその違いは違いとして、手法としてのマーケティングの導入が農協にとっての検討課題となっている。
 この手法の発展に寄与しているのが、IT革命である。情報処理技術の大幅な発展とコストダウンにより、マーケティングの技法は、精緻化され、そしてシステム化されている。それらは、さまざまな形で商品化されている。
 一例をあげれば、顧客満足を追求するためには、同じようなニーズをもつ顧客をグループ化する必要がある。
 逆にある基準で顧客を分類し、共通のニーズをさぐる試みが行なわれる。市場細分化とよばれるこの考え方は、もともと年齢や性別などによってニーズの違いを明らかにするものであった。これをさらに精緻化し、分析者が気づかないセグメントを見つけ出すソフトも開発されている。
 ただし、その利用には一つの問題がある。というのは、システムである以上、同じデータを同じソフトで分析すれば、結果は同じになるからである。つまり組織が異なっても、外部データなど共通のデータでの分析では、あまり意味がないのである。

資料が語りかけることに素直に耳を傾けよう

 とすれば、農協が他の企業にはできないマーケティングを実践するとすれば、いくつかの前提整理が必要となる。
 第一は、分析の基礎となる自らのデータが欠かせないことである。これは、マーケティング分析の前提である。しかし、このような固有のデータをきちんと持つのは簡単なことではなく、日常的な積み上げや整理が必要となる。
 第二は、そのデータの語るものに謙虚に耳を傾けるという姿勢の必要性である。農協経営者は組合員の代表であるから、経営者は組合員のニーズを十分に把握しているという主張がある。しかし、そうであっても利用者のニーズ把握は常に必要であろう。なぜならそれは変化するものだからである。経営者が把握しているものは過去のニーズである可能性がある。過去の情報のみで、目の前のニーズを読み取ることができるであろうか。
 農協自らが積み上げた資料やデータが語るものを、率直に拾い上げること、これが農協のマーケティングの出発点ではないだろうか。この局面でも経営者の役割は重要である。


農業協同組合新聞(社団法人農協協会)
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