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検証・時の話題

農業構造改革と新経営政策
担い手の動態に合致した経営支援策を確立すべき


東京農工大学前学長 梶 井 功
 農水省の「農業経営政策に関する研究会」は8月末に報告書「農業構造改革推進のための経営政策」をまとめ同省もこれを新経営政策と位置づけた。その柱は「意欲と能力のある経営体への施策の集中」による“望ましい農業構造”の実現だ。しかし、この政策が果たしてそれを実現できるのか。梶井功前東京農工大学長は「一握りのエリート農家の救済策」と批判する。新経営政策とは何か。報告書の内容をふまえてその本質を検証してもらった。

規模拡大の一方で縮小も 担い手の実態分析が必要

 ちょっと煩雑な表だが、がまんして見てほしい。
 都府県5ヘクタール以上農家の動態をセンサス結果で示した表だが、第1に、90年に5ヘクタール以上だった農家の4分の1以上の25.3%(表の(ア)の(2)+(3)+(4))は95年までに規模を縮小して5ヘクタール以下に、さらには離農してしまった。5ヘクタール以上農家も“安定的”ではないということである。
 第2に、しかし95年までの間に、5ヘクタール以下層から規模拡大したり、一挙に5ヘクタール以上規模で新設される農家が、95年5ヘクタール以上農家の44.6%を占めるほどにあった。5年間に3ヘクタール以下の規模から5ヘクタール以上に拡大した農家が10.8%、新設等が1.6%もあることに注目すべきだろう。
 90〜95年に5ヘクタール以上農家は9258戸増えたが、それは6657戸が5ヘクタール以上層から脱落したかわりに、1万5915戸が新たに5ヘクタール以上層になった差引の結果としての9258戸の増だった。
 脱落数の90年5ヘクタール以上層総数に対する割合を下降率、95年に新たに5ヘクタール以上層になった農家数の95年5ヘクタール以上総数に対する割合を上昇率とするなら、下降率25.2%、上昇率44.6%の差引として、90〜95年の5年間で5ヘクタール以上農家は35.0%増加した、ということになる。
 ところで、1995〜2000年はどうだろうか。同じような計算をこの5年間についてやってみると、95年5ヘクタール以上農家のうち5年間に5ヘクタールでなくなってしまったものは8185戸、下降率22.8%、新たに5ヘクタール以上農家になったもの1万5920戸、上昇率36.7%、差引7762戸の増で増加率21.7%ということになる。90〜95年の動態にくらべ、95〜2000年は、下降率は鈍くなったものの上昇率の低下のほうがより大きく、結果として増加率は鈍化した、ということになる。
 こういう数字の示すところは何か。5ヘクタール以上層の顕著な増加を望むとするなら、激しい上昇・下降の動態の結果として差引が増加を結果しているのだから、下降率を小さくするには何が必要であり、上昇率を高めるのには何が必要なのか、の吟味こそ重要だということである。

5ha以上農家の動態

“市場原理”の「悪影響」 “是正”をしない政策

 ここで5ヘクタール以上層の動態をくわしく見たのは、このところ農政がことさらに強調している“効率的で安定的な経営体”として、基本計画が都府県で作業受託4ヘクタールを含んで経営規模12ヘクタールの水田作6万戸、経営規模5ヘクタールの畑作3万戸、計9万戸を2010年までの目標にあげているからである。
 1995年〜2000年の5ヘクタール以上農家増加率21.7%が2010年まで持続したとしても、2005年で5万2864戸、2010年で6万4336戸が期待できるにすぎない。9万戸にははるかに及ばないが、この95〜2000年の増加率も、下層から、上昇率が著しく低下している傾向が続くとすれば、すなわち中下層の農家の経営上昇活力の弱化をこのまま放置するとすれば、2010年6万戸形成も覚束ないということになる。
 「農業構造改革推進のための経営政策」と題した研究会報告も、“近年、大規模農家の増加率が小さくなってきており、経営面積規模拡大のテンポの鈍化がみられる”という。しかし、この報告につけられている参考資料集のどこを見ても“鈍化”の実相を示す数字はない。どういう事実をさして“鈍化”といい、その要因は何だと研究会は考えたのだろうか。参考資料のなかには“農業構造の展望(平成22年)”は収録されている。しかし、農業構造の変化を示す資料、たとえば経営耕地規模別農家数の変化といった単純な数字すら収録されていない。
 ということは、“展望”実現の可能性、実現するための問題点などはまったく吟味されなかったということを意味しよう。それで研究会といえるのか、私には不思議でならないが、実現するための問題点の検討を抜きにして、少数の“意欲と能力のある経営体に施策を集中”しさえすれば“効率的かつ安定的な農業経営”が形成されるとしているのである。こういう結論のしかたからは、“望ましい農業構造”の実現などは二の次で、一部少数者への施策集中で大多数の農家を農政の対象外にする名目さえたてばいいというのが本音なのでは、と邪推したくなる。
 報告の冒頭、“はじめに”のところでは、“日本経済の停滞の中で農産物価格の下落、農産物輸入の増加等が、望ましい農業構造を担うべき意欲と能力のある経営体(「育成すべき農業経営」)の経営に悪影響を及ぼしつつある”と書かれている。その通りである。その結果規模拡大の活力が失われ、上昇率の低下が生じ、5ヘクタール以上農家の増加率の鈍化が起きているのである。そう認識するからには“農産物価格の下落、農産物輸入の増加等”の“悪影響”を取り除くことこそ、重要施策にしなければならないはずのところである。しかし、“悪影響”を認めながら、それを取り除くことを報告は全く問題にしていない。問題をスリ替え、一握りのエリート農家のための経営安定策にしてしまっている。
 この研究会がスタートした時点で、私は本紙『農協時論』欄で、事の始まりが稲作経営安定対策が功を奏さなくなっていることへの対策を求めてであったことから、稲作経営安定対策がもともともっていた欠点を指摘しながら、“稲作経営安定対策が何故効果を発揮しないのか、効果を発揮していない現実を認めたのなら、発揮させるにはどういう仕組みにすべきかを検討することが今やるべきことだろう。それが、一挙に一握りのエリート農家の救済策に走ってしまっているのである。問題だといわなければならない。”と指摘しておいた(3月26日付本紙)。不幸なことに、最終報告も論証抜きでそうなってしまった。

不可解な記述目立つ報告書 一握りの農家救済策では?

 “一握りのエリート農家の救済策”の本命として報告が打ち出したその経営所得安定対策だが、それは“価格変動リスクを軽減するセーフティネット”だという。ここでも問題はスリ替えられたといわなければならない。いま、意欲ある農家が困っているのは“価格変動”ではなく“悪影響”下で農産物価格が長期低落傾向にあることであり、求めているのは低く張りついている価格水準の是正である。稲作経営安定対策が米価低落傾向をくい止める力をもたないことが明らかになったのに対し、その欠陥をどう是正するかが課題だったし、農家が求めたのもそれだった。
 が、報告が与えた回答は、保険方式にせよ、積み立て方式にせよ、“加入者の拠出を前提として、農産物に特有な価格の著しい変動に伴う収入又は所得の変動を緩和する仕組み”であり、低価格水準の是正は何も考えられてはいない。私は、これでは、対象と考えている「認定農業者」もその“仕組み”には入らないのではないかと思う。
イメージ写真 低位に張りついた価格水準の是正を考えない研究会報告のなかに、不可解な一文がある。稲作での構造改善がすすんでいないことに関連してだが、それは“農地の資産的保有傾向が続く中で、零細経営を含むすべての生産者に効果が一律に及ぶ価格政策が引き続き実施され……施策の分野及び対象者の集中化・重点化は必ずしも十分におこなわれて来なかった”からだとしている一文である。
 95年の食管法廃止、新食糧法施行で米価は市場形成が主軸になり、以降米価低落が始まり、稲作経営安定対策の欠陥が暴露され、新たな経営所得安定施策の必要性を与党が声高にいわざるをえないようになった、という事の経過を、この一文は全く無視しているというべきだろう。“価格政策が引き続き実施され”てきたといわれても稲作農家は何のことかと不思議に思うだろう。経営の大小、やりかたで、同じ米価水準でも個別経営が受ける“効果”は大きくちがうことも、農家は知っている。不可解な一文という所以だが、価格水準の是正施策などはサラサラ念頭にないからこういう一文が書かれるのであろう。
 あるいは価格水準是正は生産調整で、ということなのかもしれない。が、230〜270万戸のうちの40万経営体(「農業構造の展望」)、あるいは174万戸の水稲生産農家のうちの30万戸(水稲主業農家)にのみ“所得安定”施策を講じ、他の農家は施策対象外と差別するようなことをしておいて、協同体制があってこそ効果が発揮される生産調整がうまくいくはずはないだろう。施策対象外農家には“地域の農業資源の維持管理において一定の役割を担”ってもらうために“農村振興施策”の対象には含めるとは書いてある。農業振興施策ではなく、農村振興施策とはどんな施策か、内容ははっきりしないが、それでは末端水利管理もできなくなるのではないか。




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