◆激減した牛肉消費生産者の経営を直撃
BSE(牛海綿状脳症: Bovine Spongiform Encephalopathy)の疑いがある乳牛がみつかったと9月10日に農水省が発表して以来、毎日「狂牛病」(mad
cow diseaseの和訳でヨーロッパのマスコミが付けた)という恐ろしげな言葉がメディアから流れ、センセーショナルな報道がされた。そして感染源である肉骨粉が、いつ、どのようにして問題の乳牛に与えられたのかが不明で、BSE感染がどこまで広がるのか分からないこと。農水省や厚生労働省をはじめとする国の対応のまずさなどから、国中に不安が広がりパニック状態に陥った。
この間、消費地でなにが起きていたのか。先日、自宅周辺の量販店数店をみてきた。安全性を訴えるポスターなどが掲示されてはいるがほとんどの買物客は牛肉売場を素通りし、混み合う日曜日の夕方にもかかわらずそこだけが人気のないエアーポケットになっていた。通常100c400円前後の黒毛和牛を198円と大幅値下げしても「悲しくなるほど、涙が出るほど売れません」と女性店員は嘆く。
朝日新聞の世論調査によれば「狂牛病に少しでも不安を感じている人」は9割におよび、「4人に1人が牛肉を食べることをやめ、食べる回数や量を減らすようにしている人を含めると、6割が牛肉を控えている」(10月17日付同紙朝刊)。
表1は、千葉県商工労働部経営支援課が県内20商工会議所と67商工会の協力を得て実施した聞き取り調査の結果だが、80%弱の店舗で売上が減少している。そして飲食店、飲食料卸売の30%以上、食品小売業、食料品製造業の20%以上の店舗で売上が30%以上減少している。農水省によると、主要量販店では牛肉の売上が30〜70%減少し、一部店舗では牛肉売場面積を縮小している。また、焼肉店の76%で10月1〜10日の売上が前年同期比50%以下に落ち込んでいる。こうした影響を受けて牛肉卸売価格(去勢牛B2、B3規格加重平均)は、BSE発生以前の1200円/kg程度から500〜700円/kg程度に下落した。
BSEへの不安は、食肉や飼料から加工食品、健康食品、さらに肥料としての肉骨粉にもおよび野菜・果樹などにまで増幅され広がってきている。
消費の衰退と価格の下落は、生産者の経営を直撃しており、このまま推移すれば経営破綻に追い込まれる生産者が多数でることが予測され、農水省や全農は既報のようにさまざまな支援策を打ち出している。
◆BSE汚染国から大量の肉骨粉を輸入
BSEは1986年に英国で発生が確認されて以降、英国では92年の3万7280頭をピークに今日までに18万頭強が確認されている。英国での発生は年々減少してきているが、昨年から今年にかけてEU諸国で発生が増大し、この9月にアジアで初めて日本がBSE汚染国の仲間入りをした(表2)。
BSE病原体は、プリオンとよばれる特殊なタンパク質が異常化したものだとされている。BSEの発生については正確にはわかっていないが、従来は、200年ほど前に発見されている羊の海綿脳症(スクレーピー)に罹った羊の死体を原料にした餌(肉骨粉)を牛に与えたために感染したのではというのが通説だったが、最近は、これとは別に突然変異で牛にBSE型プリオンが発生し、その肉骨粉を飼料として使用したため広まったと考えられている。
いずれにしてもBSEに感染した肉骨粉を牛に飼料や代用乳として与えたことによって広まったことは確かだ。英国では1988年に肉骨粉の反芻動物への使用を禁止したが、それ以後に生まれた5万2000頭でもBSEが発生している。これは豚や鶏用の飼料が混入してか故意にか牛に与えられていたためだ。そこで、英国では1996年に豚・鶏・馬・魚を含めた家畜への肉骨粉の使用を禁止し、飼料の安全性が確保された。しかし、BSEの潜伏期間は2〜8年と長いため、英国でのBSE発生は減少しつつもまだ数年は続く可能性がある。
一方で1988年以降、英国からEUやEU以外の国への肉骨粉輸出が増大する。1996年にBSEが人間の変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(v−CJD)の感染源とされたため中止されたが、1996年までに輸入された肉骨粉が欧州や日本のBSE発生の原因だと山内一也東大名誉教授は推測している(*1)。
1996年以前に日本が英国から輸入した肉骨粉は333トンあると英国側資料で判明している。さらに農水省が英国からの輸入を禁止した1996年から今年1月EUからの輸入を禁止するまでの間に、BSE汚染のEU諸国からの輸入肉骨粉が8万トンもある。
◆「危機管理」意識が低かった日本
FAO(世界食糧機構)は昨年12月に、西ヨーロッパ以外の国に対してもBSEに対して充分な対策を立てるように勧告をした。今年6月にEUがEUから肉骨粉などを輸入した48カ国についてBSEリスクを評価した報告書を作成し、日本はすでにBSE発生が確認されているフランスと同じレベルにあるとしたが、農水省は評価基準が異なると抗議し受け取りを拒否した。
こうした危機管理意識の低さが、今回のパニックを生んだといえるだろう。このときに、BSE先進国であるEUの教訓に学んで的確な対策を講じていれば、BSE発生は防ぐことはできなかっただろうが、これほど悲惨な事態は避けられたのではないだろうか。
農水省は、1996年に肉骨粉を牛に使用しないよう指導を行ったが、生産者まで徹底せず、今回の全国全戸全頭の牛を対象にした調査によれば「肉骨粉等を含む飼料の牛への給与が確認された」のは219戸9590頭にものぼっている。酪農家が乳牛に肉骨粉を与えるのは、手軽にカルシウムやタンパク質が補給でき、牛乳の品質を高めることができるからだという。牛乳は安全だとはいえ、いずれ乳牛は食肉にするのだから、BSEに対する危機意識をもっていれば肉骨粉を与えることはできなかったはずだ。市場原理がすべてに優先される風潮にまけ、食料の安全性を軽視した一部の生産者や飼料生産・販売業者の姿勢が消費者の不信感を増幅させたことも否定できない。
◆全頭検査で安全な肉だけ食卓に
この他にもさまざまな問題・課題が指摘されている。しかし、一番肝心なことは、安心で安全な食料を国民に提供することだ。その点では今回国がとった、(1)と畜場で全頭検査を実施、(2)すべての牛の特定危険部位を除去・焼却、(3)農場でBSEの疑いがある牛は検査結果にかかわらずすべて焼却、という措置は、従来の国の対応の悪さとは区別して評価すべき措置だといえる。
と畜場でのエライザ法はHIV感染や遺伝子組み換え大豆の判別、家畜、農産物の感染症の検査などに用いられているポピュラーな検査法で、感受性が高いのでBSE感染牛はもとより「疑いのある牛」も検出される。だから、この検査で陰性と判定された牛は、BSEの危険性がまったくない安全な牛だ。公表の仕方で議論があるが、それよりもこの検査によって、安全な牛だけが市場に出るということを多くの人にしっかり理解してもらうことが大事だ。
「食肉の安全は確保できても、感染牛が今後も見つかる可能性があり、消費者の不安心理払しょくは容易でない」という意見もある。EUの報告、肉骨粉の輸入量、BSEの潜伏期間を考えるなら、今後、数十頭のBSE感染牛が出ると考えられる。今後出てくるであろう感染牛を市場に流通させないための対策が今回の措置であり、これはBSE予防対策ではない。さらに付け加えれば、肉骨粉を食べた牛がすべて発病するわけではないし、BSE牛の危険部位を食べた人間がすべてv−CJDに感染するわけでもない。v−CJDに感染する確率は、英国の例で見ても、喫煙によるガン発生率や自動車事故に遭うよりも極めて低いということも正しく理解する必要があるだろう。
◆トレーサビリティ・システムの早期導入を
消費者の不安心理を払しょくするためには、10月18日以前にと畜・流通した牛肉をすべて国の責任で焼却処分する方が効果的ではないだろうか。
今後再びこうした事態を起こさないため、日本生活協同組合連合会(日本生協連)は「欧米で『農場から食卓』までといわれるような総合的かつ一体的な食品安全確保のためのシステム構築が必要です。そのため、迅速で確実な原因の究明と対策が可能となるように、トレーサビリティのシステムを早期に導入すること等が求められ」ていると主張している(*2)。
飼料の原料・製造から農場での飼育、と畜、加工、流通など食卓までのすべての履歴を記録し、必要に応じてその情報を開示するトレーサビリティは、すでに「全農安心システム」で実施され、このシステムの基本的な思想となっている(*3)。農水省でも検討に入っているようだが、法的にこのシステムが確立しなくても、こうした思想をもって生産者や関係者が今後、取組んでいく必要があると思う。
BSE問題は畜産で起きたが、この問題を通して問われているのは「安心・安全を求める消費者に、日本の農業はどう応えるのか」ということではないだろうか。それに応えるには、畜産だけではなくコメや野菜など耕種部門はもとより農業団体が明確な姿勢を示さなければならない。その答えの1つがトレーサビリティだといえる。