◆解決の見通しあるのか
日中間の話し合い
「暫定措置で産地はようやく立ち上がりかけたのに、これでは本当につぶれてしまう」。
政府がセーフガード本発動を当面見送ることを決めた11月8日、農水省に駆けつけ農民団体の要請活動に参加した群馬県の生産者はこう話した。
4月に発動したネギなど3品目の一般セーフガード(緊急輸入制限措置)暫定措置最終期限の11月7、8日にわたって開かれた日中官民合同会議での話し合いは平行線のまま終了、暫定措置の期限切れを迎えた。
この協議で日本側は、政府の「話し合い解決優先」の方針にもとづき“秩序ある貿易関係を築く”ことを目標に、一定の輸入枠を設けるなどの輸入抑制策での合意をめざした。
しかし、中国側は輸入増が需給のアンバランスをもたらし自分たちにとっても価格低下というデメリットがある実態には理解を示したものの、「本発動はやめるべきだ」と主張するだけ。具体的なルールづくりの話し合いにはならなかった。
今後も協議を継続することでは合意し日本側は12日からの週にも話し合いの場を設定したい考えを伝えたが、中国側がどう対応するのかは不明。官民協議に出席した農水省の山野昭二審議官は「率直にいって(合意できる)見通しはない」と話し、JA全中の中村祐三常務も「向こうの腹のうちは読めなかった」という。
◆政府の異常な対応
農政の危機も招く
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消費者にネギなどを配り
セーフガード本発動を訴える。
11月8日、東京・銀座での
全国食健連の街頭宣伝。
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最大の問題は、このように話し合い解決の見通しがないまま暫定措置期限を迎えたにもかかわらず、本発動が見送られたことである。
今回の暫定措置について、政府はWTO(世界貿易機関)協定に基づいた正当な権利であることを内外に説明しており、また、「これは本発動を前提にした措置」と発動当時の農水副大臣で自民党農業基本政策小委員会委員長の松岡利勝氏も最近の党内の会議で強調していた。
一方、中国は6月に対抗措置として自動車などに100%の特別関税をかけるという報復措置に出たが、これはWTO協定と日中貿易協定に反すると政府は撤回を申し入れてきた。8日の会見でも熊澤事務次官は「違反であることは否めない」と語っている。
しかし、中国は9日以降も報復措置を継続。つまり、日本は正当な権利の行使を引っ込め、国際ルールを無視した中国側の措置だけが一時的であれ通用する状況になったのである。
本発動しなかった理由について山野審議官は「両首脳の合意があるため話し合い解決を優先した」。
この合意とは、10月21日の小泉首相と中国の江沢民国家主席との会談をさすが、その会談の前の8日に小泉首相は朱鎔基首相との会談で話合い解決をこちらから持ちかけている。その後の江国家主席との会談で念を押された格好だ。
自民党内にはこうした態度に「セーフガード発動は正当な権利。自分からわざわざ話し合いを持ち出さなくてもよい」との反発が上がり、さらに経済界の声を受け本発動を回避したい経済産業省が首相に働きかけたのではないかとの疑念も出た。これに対し経産省側は10月下旬の党の会議で「役所から提案したことはありません」と明確に否定。首相個人の判断だったことを示唆した。
政府はその合意のもと話し合い解決を優先したが、協議が不調なら暫定期間後に空白期間を置かず本発動を、との方針は自民党の農林水産物貿易調査会でも確認され、さらに国会でも衆参の農水委員会で同様の決議がなされた。しかし、それらの声は無視されたことになる。
「今までのどの首相よりも農業を軽視しているんじゃないかと思う。3品目どころか農政そのものが危機ではないか」とあるねぎ生産者は不信感を募らせる。
◆空白期間中の
輸入急増が懸念
暫定措置の発動により、8月のネギ輸入量は前年比36%に抑制され、価格も前年比145%まで上昇。生しいたけ、畳表の価格もおおむね平年並みに回復していた(表)。
しかし、9日からは低関税での可能になった。ネギは3%、生しいたけは4.3%、畳表は6%の関税を支払うだけでよく、国産品の半分から3分の1の価格で輸入できる。
官民協議では9日以降輸入が急増しないよう中国側も「努力する」と回答したが、日本は、輸入量を1週間単位でモニタリングする。熊澤事務次官は「急増すれば日中の政府間の信頼関係に大きな影響が出てくることは否めないので、本発動の準備に入らざるを得ない」と話す。
また、話し合いの期限を昨年開始された政府調査の期限である12月21日までとし、それまでに合意できなければ本発動する方針だ。
農水省の担当官によると、空白期間中に価格が暴落するような輸入をしないよう経産省はジェトロ(日本貿易振興会)を通じて商社に指導、農水省はジェトロに加盟していない輸入業者に同様の指導をしているという。
「空白期間中の輸入急増がもっとも心配」とJA全中の中村常務も話す。ねぎのリレー出荷や、減農薬栽培、多様な野菜の販売方式などこれまで以上に実需者、消費者の支持を得る取り組みが実現しつつある産地もあり、また今後とも生産者側の努力は求められるだろう。しかし、そうした取り組みの足を引っ張るような政策は問題だ。「生産者のみなさんに暫定措置だけでお茶をにごそうとしていると思われたくない」とある農水省の担当者は話し、政府首脳へのいらだちを示す。筋を通した判断が今こそ求められている。
◆JAグループも抗議
「極めて遺憾」
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東京・江戸川区篠崎駅前の
スーパー「ワイドマート」で。
今後中国産ネギの
輸入急増が懸念される。 |
これまでセーフガードを暫定発動した約30カ国のうち8割は本格発動につなげている。だが日本はそうしなかった。世界でも例外的だ。9日からガードなしの空白期間となり、再び輸入ものが増えることが懸念される。農水省の担当者は「まことに残念」と重苦しい表情だ。
一方、JAグループは8日「極めて遺憾である」との原田睦民JA全中会長の声明を出し、政府に対して「速やかに本格発動するよう」と求めた。
産地の声を拾うと「今年3月までは野菜を出荷する箱代が100円なのに、中身は40〜50円。出荷すれば損をするため畑で作物をつぶしていた。それが暫定発動のおかげでようやく今立ち直りかけた。その矢先に輸入制限が解かれては壊滅的打撃となる」(群馬)などと悲痛だ。
こうした声を結集して全中は「本格発動は必要不可欠」と訴え続け「危機突破の運動」(千代正直JA全中副会長)を展開したが、それが裏切られた。
本格発動の期間は4年間だ。それを猶予期間としてネギなどの産地は、その間に安い輸入品に対抗できる生産体制を構築する構造改革に取り組んでいる。
国内の産地間競争ではなく、輸出国に対するメイドインジャパンの競争力強化を図る試みもある。JA遠州中央(静岡)やJA静岡中央会などは、全国の産地連携を目ざし、近く『全国白ネギサミット』を開く。こうした産地の努力に応えるためにも本格発動が必要だが、「その猶予期間があてにできなくなってしまいそうだ」とJA遠州中央の園芸課はがっかり。
野菜農家の中には「戦争中は召集で農村から若者がいなくなって生産が減り、食料難で日本はいったん滅びた。今も若い農業者がいない。深刻な危機だ」という埼玉県児玉郡上里村、野本家六さん(81)のような声もある。
農産物輸入の急増による国内産業の損害を立証する政府調査がまとまって「粛々と本格発動に移行できる条件は整っている」(自民党農林幹部)のは確かだ。
では、なぜ移行できないのか。それは小泉純一郎首相と中国の江沢民首席が話し合い解決で合意したからだとされる。日本の暫定措置に対して中国はWTOルール違反の報復措置をとったのだから、本格発動は当然であるのに、なぜ話し合い解決で合意したのか。
産地の声をまとめると、小泉批判が急速に高まっている状況だ。農業の衰退は地方経済に打撃を与えるため3品目の本格発動と、他品目にも発動対象を広げるようにとの意見書や請願書を政府に出した自治体は18道県、約60市町村議会にのぼっている。首相はその意見を無視した形だ。
◆「農業守るのは当然」
消費者も理解深める
全国食健連と農民連は8日、東京・銀座で、セーフガードの暫定発動を、すぐに本格発動に切り換えて、日本農業を守ろうと訴える街頭宣伝を展開した。
関東地方の農家が持ち寄ったネギ1トンと生シイタケを道行く人に配り、「許すな!小泉首相のセーフガードつぶし」というビラを手渡し、署名を集めたが、反響は上々だった。
署名をした消費者は中年の主婦が多く、意見を聞くと「日本は自給率が低いから、農家が働きやすい政治にして、もっと自給率を上げてもらわないと、なんだか心配だから」「私の故郷は群馬だから、群馬のはっぴを着た人に頼まれて署名をしました」「農家の人が悲鳴をあげているように感じたから」「国産の野菜が消えてしまうと困る。やはり国産には安心感があります」などの声があった。
また会社員だという30代の会社員の男性は「日ごろから自給率の低さが気がかりでしたから。農家に望みたいこととしては、輸入品に対する競争力を強めることですね。有機野菜など付加価値を高いものを作れば、少々値段が高くても消費者は買うと思います」。
さらに年配の男性はこう語った。
「署名をした理由なんて簡単です。日本の農業は守るべきだから」。
JAグループは、16日に東京で大規模な集会を開き早急な本発動を求め運動を展開する。