◆焦点の9月「市場アクセス」交渉
ジュネーブで「市場アクセス」をテーマにしたWTO農業委員会特別会合が開催されるのは、9月2〜4日。日本、EUと米国、ケアンズ・グループの対立が鮮明になったのは、これに先立つ7月末の非公式中間協議の場だった。
米国は7月26日から奈良市で開かれた五か国農相会議の直前に農業交渉の新提案を発表(下表参照)したが、非公式協議の場で改めてこの新提案を主張、日本・EUなどとの主張とぶつかり合った。
新提案は、2000年に米国が提出した関税の大幅削減などの主張に具体的な数字を入れたものだ。
関税については「高関税ほど大幅な引き下げを行う方式で、5年間ですべての関税が25%以下になるよう削減」とし、MA米枠などの関税割当については「5年間でアクセス数量を20%拡大」と主張している。
そのほか、市場アクセス分野では、国家貿易企業による輸入独占の廃止や特別セーフガードの廃止なども提案している。
米国の新提案 |
市場アクセス |
関税 |
☆ 高関税ほど大幅な引き下げを行う方式により、5年間で、すべての関税が25%以下に削減 |
☆ その後、今後の交渉で決定する期間内に、すべての関税がゼロになるまで削減する |
関税割当 |
☆ 5年間で、すべての関税割当のアクセス数量を20%拡大 |
☆ 枠内税率は5年間で撤廃する |
国家貿易企業 |
☆ 国家貿易企業による輸入独占の禁止 |
特別セーフガード |
☆ 現行の特別セーフガードは廃止 |
国内支持 |
☆ 5年間で、国内助成合計量を各国の農業生産額の5%まで削減 |
☆ その後、今後交渉で決定する期限内に、国内助成合計量がゼロになるまで削減 |
☆ 現行の黄の政策と青の政策を削減対象とし、削減対象外の緑の政策の基本的用件は変更せず |
☆ 最小限の政策は維持 |
輸出規制 |
☆ 5年間で、輸出補助金をゼロになるまで削減 |
☆ 輸出信用の規律強化等 |
☆ 国家貿易企業による輸出独占の禁止 |
◆「ミニマム・アクセス削減」日本、強力に主張へ
米国の新提案は日本にとってとても認められるものではない。
たとえば、米のミニマム・アクセス数量を考えてみよう。現在、わが国が受け入れているMA米は、基準消費量の7・2%、数量にして76万7000トン(玄米ベース)だ。
米国の「5年間でアクセス数量を20%拡大」とは、すなわち、現在の1・2倍に増やせ、との主張だから、MA米は92万トンにもなる。
これだけでも受け入れられない内容だが、さらに麦について考えると日本の農業つぶしとも言える提案であることが分かる。
現在、小麦のアクセス数量は574万トン(玄麦ベース)となっている。平成12年度の食料需給表の速報値では568万8000トンの小麦を輸入している。この1・2倍は約682万トンになる。ところが国内消費仕向量は631万トン程度なのである。
つまり、米国の提案は、わが国の消費量を上回る輸入をしろ、との内容であり、日本国内での小麦生産を認めないばかりか、必要量以上のアクセス数量を認めよ、と言っていることになる。
ちなみに、「食料・農業・農村基本計画」で定めた「平成22年度における望ましい食料消費の姿」でも小麦の年間国内消費仕向量は652万トンである。
また、米国は、アクセス数量の拡大とともに、一次関税を5年間で撤廃することも提案している。
米、麦については一次関税は無税だが、脱脂粉乳(25%)、バター(35%)、こんにゃくイモ(40%)などは国内生産が大きな打撃を受けることになりかねない。
◆多面的機能重視で持続的発展はかるべき
日本の農産物の平均関税率は12%とすでにゼロ関税や低関税の品目も多く、市場開放は進んでいる。ただ、米麦などでは一定の数量を超える輸入部分に高率関税を課しているが、それはまさに「農業の多面的機能」の発揮にとって重要な品目である。
関税率を25%以下に引き下げるべきとの米国の提案は、その意味では「多面的機能を狙い撃ちしたもの」(JA全中WTO対策室)ともいえる。
その一方、米国は自国の大規模経営を保護するための提案を行っている。
国内支持では、助成合計額を「各国の農業生産額の5%まで削減」と主張しているが、こうした考え方についてJA全中WTO対策室は、次のようなシミュレーションをもとにその問題点を指摘している。
たとえば、農業生産額1兆円、農地面積100万ヘクタール、国内支持額は農業生産額の10%、つまり、1000億円という共通の条件を設定し、農業構造の違いによって生まれる問題を明らかにしている。
この条件のもとでは、たとえば、米国なみの1戸あたり200ヘクタール経営が実現しているとすると、100万ヘクタールの農地に対する農家戸数は5000戸。この農家戸数であれば、1戸あたりが受ける国内支持(助成額)は、2000万円ということになる。
これに対して、日本のように2ヘクタール経営なら、同様に計算すると農家戸数は50万戸となり、1戸あたりの助成額は20万円となる。これで農業経営が成り立つのかという水準である。
こうした分析から米国のような「国内支持は農業生産額の一定割合とする」という提案は、大規模農家を優遇するもので、一方で小規模農家への補助は十分に認めないという主張につながっていくのではないかとみられている。
米国は新農業法で大規模農家を保護する政策を導入し補助金も大幅に増やした。その一方で他国には保護削減を求めているのだ。
米国の新提案発表を受けて、JA全中の原田睦民会長(当時)は「自国の大規模な企業的農業者への保護拡大を正当化するものにすぎない。世界農業の持続的発展をはかろうという建設的な提案といえない」と批判し、世界の農業者との連携を強化していくとの談話を発表した。
◆JAグループMAの改善など重点に
「市場アクセス」の議論の後、9月末には「国内支持」をテーマにした農業委員会特別会合が開かれる。 市場アクセスでは、日本は、関税の削減に関しては、EUや韓国とともに、品目ごとの柔軟性を確保できることから「平均引き下げ率と品目ごとの最低引き下げ率を定める方式(ウルグアイ・ラウンド方式)」を主張する。
また、米のミニマム・アクセスについて基準年の見直しによる削減を主張するほか、季節性があり腐敗しやすいという農産物の特性に着目した新型セーフガードの創設も提案する。
会合では何らかの結論を出すわけではない。
ただし、これらの会合で出された主張を12月以降ハービンソン議長が集約しモダリティー確立のための
論点整理を行うとみられている。そのため、日本の主張が重みを持ち「多数派の意見として位置づけられる必要がある」(JA全中WTO対策室)。
JAグループは、本格化するWTO農業交渉に対して、MA米の改善、新型セーフガードの創設、自給率向上を可能にした国内支持の確保など5つの重点課題を整理。
とくに米のミニマム・アクセスについては、(1)輸入国に輸入を義務づけながら輸出国には輸出禁止や制限を認めているという不公平があること、(2)貿易量が少なく自国内で消費されるという米の特性を食料安保から考える必要があること、(3)米消費が減少するなかで基準年を15年前のままにしていること、(4)関税化が数年遅れたことを理由に、アクセス数量が本来の5%ではなく7・2%になっていること、などを問題とし、改善を強力に主張していく。
これらの課題について、8月28日に予定されている農政課題をめぐるJAグループ全国代表者集会の場などでも広く理解を促し、また、農業委員会特別会合には代表団も派遣し運動を展開していく。
●モダリティー
市場アクセス、国内支持、輸出に関する規律などについて各国に共通に適用される取り決めのこと。たとえば、「関税率を○年間に○%引き下げる」といったもので、ウルグアイ・ラウンドでは「すべての国境措置を関税化し、その関税を6年間で平均で36%、品目別に最低15%削減する」と取り決められた。
モダリティーが決まったあと、各国がそれをもとに約束事項案(譲許表)をWTOに提出することになっている。
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