◆拮抗する関税引き下げ方式の主張
日本、多数派工作に努力
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2月15日WTO国際市民集会への参加を呼びかけるためJAグループは東京・有楽町で街頭宣伝を行った。
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WTO(世界貿易機関)農業交渉は、(1)市場アクセス、(2)国内支持、(3)輸出規律を主要分野に交渉が行われてきた。
これまでの交渉では、とくに関税の引き下げ方式について日本、EUなどと米国、ケアンズ諸国と一部の開発途上国で激しい対立となっている。
米国やケアンズ諸国が主張しているのがスイス・フォーミュラだ。
スイス・フォーミュラとは1970年代に行われた貿易交渉、東京ラウンドで鉱工業製品の関税引き下げ方式についてスイスが提案したもの。
今回、米国やケアンズ諸国が主張している内容では、最高税率が25%となる。計算式にしたがうと、たとえば現行10%の税率は7.1%に、100%は20%に、さらに1000%でも24.4%になってしまう。(表1)日本の米の場合も、現行二次関税490%が24.4%となり、こうなれば輸入急増は必至だ。一律で大幅な関税の削減を狙った、まさに輸出国の論理である。
これに対して日本やEUが主張しているのが、ウルグアイ・ラウンド方式。
この方式は、(1)平均引き下げ率の設定、(2)品目ごとの最低引き下げ率の設定、(3)毎年同じ率での引き下げ、というルールである。
ウルグアイ・ラウンド合意で採用された方式で、今回、EUは平均引き下げ率36%、最低引き下げ率15%と前回合意と同様の数値とすることを提案している。
特徴は品目ごとに関税引き下げ水準に柔軟性を持たせることができること。たとえば、その国にとって重要な品目については最低引き下げ率を適用し、その他の品目の削減率で調整して、平均で36%の引き下げ、という約束が守られればよいということになる。(表2)
日本もEUもこの方式が非貿易的関心事項に配慮し、品目ごとの柔軟性を確保できるものと主張している。
現在、このふたつの主張が真っ向から対立している。スイス・フォーミュラを支持する国が、21か国。米国、ケアンズ諸国をはじめ、キューバ、ケニアなど開発途上国や中国も支持している。
開発途上国がこの方式の支持に回ったのは、途上国については削減幅を緩やかにするという提案をケアンズ諸国が示したため。中国も自国が途上国扱いになることを前提に支持に回った。
そのほか、先進国に対しては一律・大幅な削減をと主張している国も10か国あり、これらを合わせると、現在全部で31か国が関税の大幅削減を求めている。
一方、UR方式を主張している国は、日本、EUのほか、農業の多面的機能を重視するフレンズ国など現在28か国が支持を表明している。
◆農業をめぐる「哲学」のぶつかりあいが続く
ふたつの方式をめぐって、支持する国の数が拮抗しているのが現状だが、加盟国は全部で145か国あり、まだ態度を表明していない国も多い。日本は態度を表明していない国はもちろん、米国案などを支持している国に対しても、スイス・フォーミュラの問題点を指摘し、多数派形成する努力をしている。
とくに問題だとして指摘しているのが、スイス・フォーミュラに表れている「平準化(ハーモナイゼーション)」の考え方だ。
現在の関税水準は、品目によって大きく異なる。それをすべて一律にしようとするなら、特定の国にのみ努力と負担を押しつけ、バランスの欠いたルールとなる。
また、「一律・大幅削減」という発想自体、各国の農業が置かれている条件や多面的機能を無視する考え方であるとして、交渉にあたっている竹中美晴農林水産審議官は「形式的な平準化は、本当の意味での公平ではない。ハーモナイゼーションという発想は、農業をめぐるこれまでの経緯を無視した暴論」と批判している。大島大臣も先日の会見で「日本ばかりかアジアの農業が壊滅する」と強調している。
スイス・フォーミュラはそもそも鉱工業製品の関税引き下げの方式として提案されたもの。それを考えればこの方式を農業にあてはめようということはいわゆる「農工一体論」に基づいているといえる。
一方、日本は、今回のWTO交渉に向けた提案で「多様な農業の共存」を哲学とした貿易ルールの確立を訴えてきた。その意味では、まだ農業をめぐる考え方の溝は深く、モダリティの確立に向けて農水省は「どちらにつくか、哲学の戦いだ」と解説する。
ただし、開発途上国のなかでもたとえば、インドはウルグアイ・ラウンド方式を支持している。インドは人口16億人。交渉関係者によると「米国がスイス・フォーミュラを主張する本当の意図は人口の多い開発途上国の市場をこじ開けること。食料支配を狙う米国の穀物戦略が根底にある」と話す。
つまり、逆にインドはそうした米国の意図が分かっているためにウルグアイ・ラウンド方式を支持したのである。それだけ今回の交渉では、自国の農業、食料に対する危機感を持っているといえる。こうした危機感と理解をどれだけ広げられるかが日本の課題だ。
◆アクセス数量 EU「拡大には反対」
わが国の大きな課題なのが、米に代表されるミニマム・アクセス制度の見直しだ。
日本は、(1)最新の消費量に合わせた基準年とする、(2)関税化の遅れによる加重分の解消、を主張し米のミニマム・アクセス数量の削減につなげたいとしている。
しかし、この主張に賛同する国は少なく、消費量の見直し主張には台湾のみ、加重分の解消主張には、台湾、イスラエルのみが支持というきわめて厳しい状況になっている。
その理由は、多くの国が今回の交渉は市場アクセスの拡大交渉であるという認識が強いこと、他国のミニマム・アクセス品目は、国内消費量が増えており、最新の消費量に見直せばアクセス数量が増えてしまうこと、また、前回の交渉で関税化を遅らせたのは日本とイスラエルだけしかない、からだとされている。
こうした状況のなかでさらに問題なのは、昨年末にハービンソン農業委員会議長が議論をまとめた概観ペーパーの内容。そこにはアクセス数量の拡大については幅広い支持があるとの認識が示された。
日本は、1月の農業委員会特別会合で、この部分を批判、アクセス数量の拡大についてのコンセンサスなど得られていないと強く主張した。
また、それまで明確な態度を表明していなかったEUも、1月会合では「アクセス数量の拡大には反対」との発言があったという。
とはいえ、日本の主張をめぐる状況は厳しい。米のミニマム・アクセス数量に大きく影響する議論だけに、日本としては最後まで実現を求めて交渉することになる。
◆ルールの議論が先決
対抗軸の形成が大事
1月末、日本はEU提案のうち、関税引き下げ水準(平均36%、最低15%)、国内支持(総合AMS方式で2000年水準から55%削減)、輸出補助金(金額ベースで45%削減)の主要3分野の数字について「日本提案とパッケージで支持可能」と表明、関係各国に通知した。日本としても実質的に「数字」を提案したことになる。
この点について農水省は「まずはルールの議論が先決。その基本スタンスを維持しつつも、米国やケアンズ諸国への対抗軸をEUとともに形成していくことが大事」(竹中審議官)と判断したと説明している。
米国などは基本的に農産物貿易の自由化を強く主張しており、その力に押し切られてしまうことがないよう大きな対抗軸を打ち出すことが得策と判断したものだ。
また、数字についても日本もEUも「ウルグアイ・ラウンド合意後のこれまでの経験からしてぎりぎりの数字」だとし多数の国が合意できる水準であることをWTO事務局も含めて訴えていくとしている。
かりに主張が実現しても、わが国の農産物は一定の関税の引き下げがもたらされることになる。ただ、「品目ごとに濃淡をつけて」影響を少しでも少なくする考えだ。
非公式ミニ閣僚会議ではハービンソン議長が12日に示したモダリティ1次案の評価が議題となる見込みだ。その後、2月24日からジュネーブで開催される農業委員会特別会合での議論を経て、3月末までにまとめる方向で動いている。
今後の交渉で、日本としてはこうしたEU案支持も含めて、柔軟性のある主張をしているのは日本、との立場から「米国、ケアンズが柔軟性を見せなければ交渉は進まない。譲歩すべきは米国、ケアンズ諸国だ」との姿勢で臨む。(2003.2.14)