○ 静かにすすむIT化の動き
以前、ITと農協事業のかかわりについて取り上げたことがある。それから1年。当時猫も杓子もITという感じであったものが、バブルがはじけたとかで、全く耳にしなくなった。ITが事業に革命的な変化を引き起こすという主張は間違いだったのだろうか。
ブームになったものほど、騒がれなくなったときには注意を要する。というのは、表面的な、浮かれた状態とは異なって、深く静かにすすんでいることが多いからである。気が付いたらすごい差がついていた、ということになりかねない。
IT化の動きは、ひところほどの派手さはないにしても、着実にすすんでいる。その事情は農協でも同じであり、事業運営の効率化や、新たなサービスにITが利用され、成果をあげている。そのような事情を、いくつかの事例により紹介しよう。
○ 事業推進へのIT導入
・情報の共有
最初の例は、本紙でも紹介された山口県の農協での取り組みである。ここでは、信用事業の情報と共済事業の情報を結びつけ、両事業の担当者が事業推進に活用できるようにした。
農協の諸事業のシステム化、機械化は、信用、共済、経済という事業ごとにすすめられてきた。広い意味での金融業務を行なっている信用・共済の両事業もそれぞれがオンライン化をすすめてきた。その結果、農協の各店舗にはこの2つの事業の専用端末機が複数台置かれている。
それはそれとして、農協の第一線では困った問題が生じていた。それは、信用事業と共済事業との間で、情報が共有化されていないことによるものであった。例えば、組合員Aさんの事業の利用状況をみるためには、それぞれの端末機から取引状況を取り出し、それを足し合わせるという手間がかかったのである。
このような問題を解決する方法として、システムの一体化や、第一線での足し合わせる部分で工夫するか、の2つがある。システムの一体化は、信用・共済とも巨大なシステムであるだけに簡単ではなく、それに要する費用も巨額である。そのような理由から、連合会はなかなか対応しきれなかった。
・簡単な情報共有
そこで、農協は自分でデータ・ベースを作ることにした。組合員のコードを共通にして、信用・共済はもとより、経済事業など他の事業の利用状況を職員が共有化できるようにしたのである。
これは2つの意味で画期的であった。1つは事業間の壁が農協のなかで取り払われたことであり、もう1つは、職員が中心となったシステム開発が行なわれたことである。こうして、開発されたシステムは、他の農協にも広まっている。
農協の人は言う、「道具はそろったから、これから本当に事業に活用し、組合員から便利になったといわれたい」と。
ITというものはあくまで道具であって、IT化それ自体が目的ではない、ということを知り抜いていなければ言えない言葉である。ITは着実に農協に根付いている。
○ ファーマーズ・マーケットとIT
|
ファーマーズ・マーケットでのIT化は組合員の意識を「経営者」へと変えている。
|
次の例は販売事業でのITの活用例である。
既に紹介したとおり、このところ、地場の農産物を地元の人々が購入できるよう、農協がファーマーズ・マーケットをつくる動きが広まっている。おおむね好評であり、計画比3倍以上の売上を実現しているケースもある。
また、これらのファーマーズ・マーケットがお互いに連携をはかる動きも出てきている。一例をあげれば、岩手県の農協のファーマーズ・マーケットと和歌山県のそれが提携し、りんごとみかんなど、お互いが生産できない産物を相互に供給し、品揃えを強化している。このような形で、農協の働きかけで、いくつかのネットワークが作られつつあるようである。
・欠品をどう解消するか
ところで、ファーマーズ・マーケットの問題点のひとつにあげられるものに、欠品問題がある。要は、買い手がいるのに商品がなく、みすみす売上の機会を逃してしまう、という問題である。これは何もファーマーズ・マーケットだけの問題ではなく、小売店に共通する問題である。経営学の世界では、在庫をどのようなかたちで、どの程度もつか、という形として研究された。
ポイントは、どんなサイクルで商品を補充するか、である。朝、搬入したらおしまいとするか。在庫の具合を何らかの方法で把握し、それによって随時補充するか。ファーマーズ・マーケットではどうしているのであろうか。
在庫状況を知らせる方法には、ファーマーズ・マーケット側が動く場合と、売り手である組合員が動く場合とがある。
マーケット側が動く場合は、担当者が売り場を見回って補充の必要性を確認し、それを組合員に電話やファックスで連絡する。それを受けた組合員は商品を補充することになる。このような連絡は、出荷者である組合員からの確認電話があれば伝えるという例もある。どちらもマーケット側が人手を使って、在庫状況を確認することが共通である。
ところが、ITを活用することによって、このような在庫確認すらしない例もある。その考え方は次のようである。
・在庫と売上げ
マーケットは売り場であるから、必ず代金が支払われる。その際、必ず使われているのがレジである。このレジを活用すれば、在庫の把握が簡単にできる。つまり、朝に搬入した量とレジを通った量がわかれば、その差が在庫となる。この計算は出荷者である組合員ができればよく、マーケット側は把握する必要がない。
このような考えで、レジを利用したポス(POS)という売上管理のシステムと電話自動応答システムを組み合わせれば、マーケット側はなんらの手間をかけることなく、欠品問題を解消できる。問題は、売上を失いたくない、と組合員が考えるかどうかにかかっているのである。
電話をかけ、自分のコード番号を入力すると、「○○さんの売上は、小松菜○杷、りんご○袋」との答が自動的にある。組合員は、頭の中で、朝の搬入量からそれを差し引く。そして、追加するか、するとしてどの程度するか、を自分で決める。このようなシステムが、現に動いている。その日の売上やおおよその粗利益は簡単に見当がつく。まさに、ITによる革命である。
これは経営という意味で非常に重要である。売上や在庫の管理という店舗経営の感覚が必要とされる結果、組合員自身の意識が生産者から販売者へ、そして経営者へと変化する。
○農業簿記とIT
3つ目の例は、農業簿記ソフトを農協が開発し、それを組合員向けだけとはせず、積極的に外販している例である。農業簿記とは古いものを持ち出すものだ、という向きもあろう。しかし、これはかなり大きな変化をもたらす可能性がある。
・記帳定着のネック
これまでの記帳運動はどちらかというと、行政ベースですすめられた。それは、納税に絡んでのことでもあったであろう。しかし、記帳の意味はそれだけではない。自らの農業経営を数字に置き換え、それを過去の実績や他と比べることにより、経営が改善できることも大きい。
ところが、記帳運動が何度も繰り返されてきたことが示しているように、記帳はなかなか定着していない。その理由としてあげられる点は、帳簿に記録する手間が惜しい、納税のためであれば年1回まとめてやればよい、記帳は苦にならないが分析などは面倒、などである。
先の農業簿記用ソフトは、最初の例の農協の情報システムと一緒になると、このような問題点はある程度解消できる。いや、農協の取り組み次第では、完全に解消する可能性をもっている。
・ 農業経営とパソコン
コンピュータ・ソフトを買うということは、パソコンをもっており、それを利用しているということである。ゲームソフトを買うのとは違って、農業簿記という特定の目的のためのソフトを「買う」ということは、それを役立てたい、という気持ちがあることを示している。
「運動で働きかけられたからやってみるか」と、「必要だから買ってでもやろう」とでは、決意の度合いがまったく異なる。これに加えて、営農指導の一環として、農協が有償で入力サービスを請け負ったら、記帳の普及は勿論、営農指導の内容も、それに対する見方もかなり変化するだろう。
・ ネットワーク化
もうひとつの側面はネットワーク化がもたらす変化の可能性である。
いま、コンピュータ・ゲームの世界では、オンライン・ゲーム全盛である。これまでのように単独のパソコンで、1人でゲームをするのではなく、高速の通信回線を利用して、多くの人が1度にゲームを楽しんでいる。このようなネットワークのシステムは既にできあがっている。
もし農協が組合員宅のパソコンをネットワーク化すれば、それによる組合員と農協のメリットははかりしれない。たとえば、農地利用状況は簡単に把握できるようになる。それができれば、地域としての合理的な利用計画の策定も可能である。
また、今話題のトレーサビリティ(追跡可能性)への対応も簡単である。出荷された農産物の生産履歴は、毎日のわずかな作業の蓄積で、簡単に検索できるようになる。
IT化は良いことばかりではない。経営内容が他に漏れる可能性、情報を蓄積する機能を果たす農協の守秘義務のあり方など、解決すべき問題は多い。しかし、最初の例で紹介した農協職員の方の言葉が、解決の鍵であろう。道具は揃った。あとは、ITという道具を組合員に役に立つようにどう使うか。
(この執筆中に、三輪昌男先生が逝去された。系統の事情に精通した論客を失った痛手は大きく、折に触れてご指導いただいた者の1人として、心からご冥福をお祈りしたい。) (2003.2.27)