◆野菜生産流通の構造変化
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すずき・みつお 昭和25年千葉県生まれ。昭和50年東京農業大学農業経済学科卒業。九州大学大学院農学研究科修士課程を経て昭和55年東京農業大学農学研究科博士課程終了。農学博士。
昭和63年北海道東海大学助教授、平成5年同大学教授。平成14年東京農業大学教授現在に至る。主要著書『野菜の価格形成と産地展開』(単著:東京農業大学出版会)。『コメ自由化の影響予測』(共著:富民協会)他。 |
ここ数年、野菜産地を訪れると必ずと言って良いほど市場価格が上がらないとの声をきく。先日も北海道富良野を訪れたが、ここでも、市場価格が低迷しこのままの状況があと1、2年続けば、産地として存続が難しいとの声が生産者から相次いだ。
なぜこのような状況がおこるのかを業務用タマネギを例にあげ簡単に説明しよう。業務用需要者は仕入価格を固定したい(タマネギでは40円/kgが需要者の採算ベースと考えられている)と考えているので、市場価格が上昇する不作の時は仕入価格が上昇するのを嫌い国産タマネギを購入せず、価格が安い輸入タマネギを仕入れる傾向が強い。その結果、国内市場が冷やされ、不作時にもかかわらず価格が上がりきらないことになる。このシステムだと需用者側は仕入における豊凶変動のリスクを避けることができるが、生産者側は不作時の価格が上がりきらないために「3年に一度儲ければよい」という野菜経営最大のメリットを失うことになるのである。
この構造は量販店対応の野菜にもあてはまる。量販店と取引のある多くの仲卸は、量販店側から仕入価格の引き下げ、数量ロス(当日における数量キャンセルの負担)などを要求され、これらの要求は近年エスカレートしてきているのである。その結果、量販店→仲卸→卸→産地へと低価格の流れが形成されているのである。
ここで、筆者が卸売業者(荷受会社)ではなく仲卸を取り上げた理由を一言説明しておこう。量販店に野菜を販売する時に、現在ではダンボールで納める形はほとんどなくパック詰が中心である。多くの量販店ではコスト面から考えてこの作業をアウトソーシングしており、仲卸がこの作業を請け負っているのである。また、外食産業へ販売する場合も、カット等の1次加工作業をパック詰と同じように行っている。これに対し、ほとんどの卸売業者(荷受会社)はこの作業を行っていない。加えて、量販店側もコスト削減からいわゆる「バイヤー」の数を減らす傾向にあり、取引のある仲卸が量販店のバイヤーの役割の一部を担っているのである。
本稿では、まず、野菜産地の現場が感じている構造的変化を東京都中央卸売市場年報の月別データを利用して統計的に検証する。つぎに、このような状況のなかで野菜産地として生き延びるためにはいかなる戦略が必要なのかについてマーケティングの観点から整理する。
◆入荷量と価格変動が小さくなってきている
まず第1に野菜の入荷量と価格が昔と比べてどのように変化してきたのかを簡単な図を用いて検証する。図は昭和30年から41年の12年間と昭和63年から11年の12年間の東京都中央卸売市場におけるキャベツ(図1)ときゅうり(図2)の月別入荷量と価格の分散を示したものである。これらの図から縦軸の値が大きな年はその年の入荷量(価格)の月ごとのばらつきが大きいことを示している。これら2つの図からキャベツときゅうりの入荷量と価格の分散は近年にかけて明らかに小さくなっていることが確認できる。
つぎにその要因を簡単な需要・供給モデルを用いて検証してみよう。理論的な説明は省略し結果のみを紹介すれば次のようになる。第1の特徴は昭和30年代に比べて近年では生産者の価格に対する反応が鈍くなってきたことである。より分かりやすく説明すると、生産者は1年あるいは2年前の価格が高かろうが安かろうが生産量(供給量)を変化させなくなってきたと言うことである。価格の高低に一喜一憂し価格が高ければ作付けを増やし安ければ減らすという野菜農家特有の反応がなくなってきたということである。
第2の特徴は両品目ともより必需品的性格が強くなってきたことである。必需品的性格が強い商品は供給量のちょっとした変動に対して価格が大きく変動する特徴がある。供給量の変動が同じならば必需品的傾向が強い商品ほど価格変動は大きいのである。
しかし現実には図1、2で示したようにキャベツ、きゅうりとも近年にかけて価格変動は大きくはなってはいないのである。価格変動を大きくする需要側の要因以上に供給側の変動が小さくなってきたと考えざるをえないのである。
◆作れば売れるマス・マーケティングの時代は終わった
それでは、なぜ供給側の変動が小さくなってきたのだろうか。そこには量販店拡大に伴う銘柄化と産地の大型化が密接に関係している。もともと野菜は工業製品とは異なり、自然条件に依存する部分が多いために品質の均一化・ブランド化にはなじまない商品であった。しかし、大手チェーンを中心とした量販店の増加は、品質の良いもの、品質に安定性があるもの、品揃え(玉揃え)の良いもの等を産地側に要求し始めたのである。量販店は「消費者ニーズ」を前面に立て産地側に要求したのであるが、この戦略はマーケティング戦略論におけるマス・マーケティングに他ならない。
前述したように野菜は均一化・ブランド化にはなじまない商品である。これを量販店は「銘柄化」という形で乗り越えたのである。野菜におけるマス・マーケティングは「銘柄化」による均一化・ブランド化が導入されて初めて成立したのである。「銘柄産地」になるためには、品質、品揃えに加え出荷の継続性、定時・定量性が産地側に求められる。これらの条件をクリアするために産地側は規格・選別を厳しくし大規模化せざるを得なくなったのである。その結果、目先の価格に敏感に反応し作付面積を増減することが難しくなったのである。
一方、マス・マーケティングは大量生産・大量流通・大量消費を背景とした市場の成長期にあてはまる取引形態なのであり、市場が成長後期、あるいは、衰退期においては力を失う運命にある。これを野菜流通に適用してみると、銘柄化を前提とした野菜のマス・マーケティングはわが国の経済成長期に対応していることが容易に理解できる。また、市場価格が上がらないと言われ始めたのはバブル経済が弾けた経済後退期と対応している。つまり、マス・マーケティングによる野菜販売は、経済が衰退している現在ではもはやその力を発揮できないのである。冒頭で述べた「価格が上がらない」と言う産地の声は「銘柄化」に支えられたマス・マーケティングの当然の結果と言えるのである。
◆マス・マーケティングの時代からマーケット・セグメンテーションの時代へ
マス・マーケティングはもともと不特定多数を相手とするマーケティングである。しかし、近年の消費者ニーズは「不特定多数」として捉えることはできない。野菜においても例外ではない。量販店が仲卸に対して野菜販売の新企画を求めたり、中食、外食等様々な需要が混在していることを考えれば「消費者ニーズの多様性」は容易に理解できる。野菜市場を一元的に捉える時代ではないのである。このような時代にはマス・マーケティングの代わりにマーケット・セグメンテーション(市場需要を異質需要の集合体としてとらえ、この市場空間を細分化しそれぞれをターゲットとする)の考え方が必要となってくるのである。
マーケット・セグメンテーションの考え方に従い野菜市場を細分化すれば、たとえば、(1)生食(一般消費者)、(2)生食(レストラン等)、(3)加工(中食)、(4)加工(外食)、(5)加工(原料)等に細分化することができる。教科書的に言えば産地はこれらのターゲットごとにマーケティング戦略を立案し、ターゲット顧客ごとに野菜を販売することが理に適っている。
しかし、野菜流通はそう単純にはいかないのである。野菜流通の基本には市場の存在がある。市場自体もかつての「せり取引」から「予約相対取引」へと主流が移ってはいるが、この場合も「せり取引」と同様に、荷は農協から市場(卸、仲卸)へと直接入るが、伝票は経済連を経由した形(いわゆる、ペーパー共販)になっている。そこには、昔からの産地と市場の強い絆があるのだ。その絆とは、「無条件委託販売機能」と「代金決済機能」それに「物流機能」である。この3つの機能があるからこそ、一見不合理と思える市場取引が今でも続いているのであり、今後しばらくの間は、競争に敗れ撤退する卸、仲卸が増加はするが、野菜流通における主役の座は存続するであろう。
◆マーケット・セグメンテーション 戦略とリスク負担を考えて
マーケット・セグメンテーションによる販売戦略を展開する場合にもこの市場流通とうまく組み合わせることが重要である。最近、全農各県本部も直営事業(直販)に力を入れ出しているが、これとて正面きって市場と敵対している訳ではない。
筆者は昨年ITを利用した野菜のリレー出荷事業をホクレン、主要な全農各県本部及び全国主要仲卸と組んで計画したことがある。その過程で分かったことは、同じ野菜を販売している各県本部においても販売に対する取り組み姿勢の違いが想像以上に大きく、また、各県本部、各仲卸ともリスクを負担したがらないことであった。筆者自身は、野菜流通の表も裏も知り尽くしたカリスマ的コーディネーターと各県本部が等分のリスクを負担すれば、ITを活用したリレー出荷による全国直販ネットワークを確立することは可能だと考えていた。しかし、系統組織は新しいことに対する「リスク」にはきわめて拒否反応が強い。だとすれば、前述したターゲットごとにマーケティング戦略を立案するマーケット・セグメンテーションの考え方も現在の系統組織には受け入れにくいのではなかろうか。
ターゲットごとのマーケティング戦略は以下の手順で作成される。まず、自分の産地がどの市場をターゲットにするのか、また、そのターゲットにはどのような特性があり、どのような問題点が存在しているのかをマーケットリサーチの手法を用いて分析し、その結果から具体的な戦略プランを作りあげる。このような流れで作成した戦略は、100の産地、100のターゲットがあればそれだけの数が存在すると考えられる。この異なる戦略こそマス・マーケティングでは対応することができなかったことなのである。
次の課題はこの戦略プランをいかに実行に移すかにある。系統組織の問題はまさにここにある。一般的には、戦略プランを実行する担当者を決め、その担当者にすべての権限を与えることが必要である。このやり方そのものが系統組織にはなじまない性質のものだ。系統組織にとってなじみがない物、新しい物はリスクが高いように見えるが、リスクがないところには利益も進歩も存在しないのである。売れるためのマーケティング戦略とは、戦略そのものよりも(組織内に戦略立案能力がなければアウトソーシングすれば良い)リスクを負担したがらない系統組織そのものの中にあるのではなかろうか。 (2003.4.3)