農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

シリーズ・鳥インフルエンザ−1
産業として存続できるのか 危機にたつ養鶏産業
―浅田肇会長夫妻自殺の背景を探る―

 1月11日に山口県内の採卵農場で、大正14年以来79年ぶりという高病原性鳥インフルエンザ(鳥インフルエンザ)の発生が確認されて以降、感染経路などが不明なためにいつどこで再発してもおかしくないこと、食べても何の問題もない安全な鶏卵や鶏肉の消費が減退する風評被害などで、養鶏業界はかつて経験したことのないような嵐に巻き込まれ「産業としての危機」に追い込まれているといっても過言ではない状況にある。鳥インフルエンザによる最大の被害者は鶏卵や鶏肉を生産する農家であり、これを加工・流通する人たちだが、そのことが語られることはきわめて稀だといえる。そこで本紙は、鳥インフルエンザによって養鶏業界にいま何が起こっているのかを数回にわたって探っていきたいと思う。
◆鳥インフルエンザは防ぎようのない「天災」

 
  3月8日未明、浅田農産の浅田肇会長夫妻が自殺しているのを発見されたという報道に接したときに「ああ、ついに…」という思いを抱かれた人は多いのではないだろうか。
 浅田農産が行った行為は、「日本養鶏協会の副会長であった人が報告を遅らせ、その間に卵や鶏を流通させていたことについては弁明の余地がない。業界としても深く反省しなければならない」(梅原宏保日本養鶏協会会長)ことは間違いない。すでに3月31日、農水省と京都府が家畜伝染病予防法の届け出違反で浅田農産と浅田秀明社長らを京都府警に告発し、浅田社長らが逮捕された。さらに、浅田農産は鳥インフルエンザに感染していない兵庫・岡山にある農場の鶏170万羽についてもすべて「淘汰」することにしている。
 「病気の発生報告を故意に遅らせた」ことに対する法的・社会的な制裁は下された。しかし、これで鳥インフルエンザによって引き起こされた問題は解決したのかといえば、何も解決されてはいない。
 鳥インフルエンザの感染経路は、韓国から渡り鳥が運んできたという説が有力だそうだが、いまだにはっきりしていない。そしてどのようにして農場や鶏舎へのウイルスの侵入を防ぐかの有効な方法も確立されていない。4例目の京都のブロイラー農場では、毎日、消毒作業を行っていたという。にもかかわらず感染したというように、養鶏農家の衛生管理が悪かったり怠慢だったから感染したのではない。養鶏農家にとってまさには「天災」としかいいようがないのが現実だ。


◆感染は起こる…、予測していた生産者

 養鶏農家の団体である日本養鶏協会は「こういう事態が起こりうると考えて、3年前から大槻公一鳥取大教授や喜田宏北海道大教授、杉村崇明前鹿児島大教授らを交えて勉強もし、国に対しても口頭だが十数回にわたって状況説明」してきている(島田英幸日本養鶏協会専務)。そして、国は昨年9月17日に、生産者代表など養鶏の現場を知る関係者を加えずに、学者・研究者を中心にしたメンバーで、感染鶏の殺処分、半径30km以内の移動制限区域の設定、発生農場の防疫措置終了後28日間以上の移動禁止(3月10日に、半径10km、21日間に改正)などを含む「高病原性鳥インフルエンザ防疫マニュアル」(マニュアル)を作成した。
 浅田会長は、養鶏協会の役員として、鳥インフルエンザに対する知識や発生後にどのような措置をとらなければいけないかを熟知していたといえる。「それなのになぜ?」という疑問が当然ある。そのことを考えてみたい。

表1.鳥インフルエンザに関する主な動き


◆企業化・大規模化養鶏業界の現状

 まず初めに、養鶏業界の実情をみてみると、採卵の場合、昭和60年に12万3100戸あった飼養農家数は平成15年には4340戸に激減。飼養成鶏めす羽数は1億2700万羽から1億3700万羽と8%増えているというように、大規模化・企業化が平成に入って急速に進んできている。
 ブロイラーも、平成2年の飼養戸数5529戸から14年には2900戸となっているが、年間10万羽以上出荷する農家が6割を占め、この農家で出荷羽数のほぼ9割のシェアがあるというように大規模化が急速に進展してきた(いずれも「畜産統計」)。
 養鶏が企業化しているということは、多数の雇用を抱え、金融機関から多大な融資を受けていることでもある。採卵農場の場合、1羽あたり設備費(鶏舎・GPセンター・鶏糞処理など)に2000〜3000円、ひな鶏購入代が700〜1000円、合計で3000〜4000円必要だという。20万羽なら6億円だ。さらに餌代として、20万羽飼養している採卵農場の場合、1日20トン、月600トンの飼料が必要で、1トン3万円として1800万円の飼料代が、鶏卵が出荷できなくてもかかる。出荷できなくなった浅田農産の兵庫・岡山の170万羽の場合、月に1億5000万円前後の飼料代が確実にかかるわけだ。
 このことは、今回のような病気が発生した場合、発生農場だけではなく、移動制限区域内や区域外の周辺の農場も含めて多大な経済的な損失を蒙り、場合によっては多くが経営破たんにまでいたる可能性が高いということになる。
 さらに、鳥インフルエンザ発生後、鶏卵価格は史上最安値といわれた昨年の価格をさらに下回る135円(全農東京M)で定着。ブロイラーも3月の価格は昨年同月の810円から699円(もも肉+むね肉)に下落し、POS情報による購買量も昨年同期の6割前後となり、生産者の経営を圧迫している。このことを前提に山口での発生以来、養鶏業界で起きていることをみていきたい。


◆鶏は生きている――毎日、餌を食べ、卵を生み、そして排泄

 

 最初に発生した山口県の農場は、福岡に本社のある会社の農場だが、福岡の農場で生産された鶏卵も売れなくなってしまった。山口の農場の飼養鶏全羽が殺処分されており、福岡の農場では、発生していないのにだ。どこかで発生すると、その会社・グループのブランドのものは、感染していなくても売れなくなってしまう。浅田農産は、発生した京都の農場だけではなく兵庫・岡山で170万羽の採卵鶏を飼養しており、1日150万個前後の鶏卵が生産されているが、これが売れなくなることは間違いがないと予測できた。
 半径30km以内の養鶏家には28日間の移動制限がかけられる。取引先に対して1日や2日でも納入が滞れば以後は取引停止となる。取引先は当然、代替供給先を見つけることになるが、困ったときに供給してくれた業者を優先するから、再び前のように取引きができるまでには2〜3年はかかる。それまで安定した経営ができる保障は何もない。
 さらに、発生農場の鶏は殺処分されたが、移動制限区域内の鶏は、採卵鶏であれブロイラー鶏であれ、元気に生きている。工場製品のように電気を止めれば生産がストップするわけではない。毎日、餌を食べ、出荷できない卵を生み、鶏糞を排泄しているなど、多大な経済的な損失を与えることになる。だが、「天災」ともいえるこうした事態が起きても、それに対する経済的な補償措置の制度はほとんどない。
 移動制限区域内で日々生み出される鶏卵は滞貨となるが、3月29日から京都府はそうした鶏卵2000万個の焼却処分を始めた。しかし、京都で「終息宣言」がだされるのは4月13日の予定だが、すべての処分が終わるのは1ヶ月以上かかるのではといわれている。これらの卵は通常通りに出荷されても、人が食べてなんら問題がないことを忘れてはいけないだろう。


◆根拠のない風評被害が地域の信用と産業を壊す

 ブロイラーの場合は、通常生まれてから60日前後で出荷され、体重2.7キロ前後として設計された機械で処理されている。出荷直前で移動禁止されると、改訂マニュアルの21日間でも体重が3.5〜4キロとなり、機械で処理することができなくなり、商品価値がなくなるので焼却処分するしかないという。
 さらに、山口で発生した当初、九州から京阪神や首都圏へ輸送するときに、山口県内を通らずフェリーなどで迂回するよう指示したり、隣接県である広島や島根のものを納入しないように指示する量販店があり、地域の信用を壊す可能性があるという心配もあった。
 こうしたことから、浅田会長は発生報告をすれば、京都の農場だけではなく、浅田農産自体の経営が成り立たなくなり、従業員が職を失うこと。世界に例のない30kmという移動制限区域内の養鶏家に多大な迷惑をかけること。そして、もしかしたら鳥インフルエンザではないかもしれないという淡い期待から、発生報告を遅らせたのではないだろうか。


◆大規模農場密集地域で再発すれば日本の養鶏は壊滅する

 ある養鶏農家は「これは地震と同じ天災で防ぎようがない。十分な補償があれば浅田さんも悩まずにすぐに報告しただろう」。別の養鶏農家は「自分のところで発生していたら、浅田さんと同じことをしたかもしれない。発生したら即倒産だからね」という。
 3月3日の4例目以降、発生はみられない。だが、これで終わったと考えている養鶏家はほとんどいない。強毒をもったウイルスが日本に潜伏して、今年の秋以降に猛威をふるうのではと予測している。もし、50万羽クラスの採卵農場が多数ある茨城や千葉、ブロイラー国内生産の半分を占める岩手・宮崎・鹿児島の3県で再発すれば、日本の養鶏は壊滅的な打撃を受けることになるだろう。
 この問題で消費者に被害はないが、日本の養鶏が壊滅すれば安全な食料供給を受けられなくなる。浅田会長の死は、そのことを警告しているのではないか。国は、まん延防止措置が的確に実施されるよう罰則を強化した家伝法改正案を4月6日に閣議決定した。しかし、それで問題は解決するのだろうか。「危険度を下げるために、国ではなく生産者負担でいいから使わせて欲しい」と生産者が要望するワクチンの使用を含めて、柔軟で幅広い対策が必要ではないだろうか。国民に安全で安心な食料を供給するために、養鶏産業の発展を支援するのが国の役割だと思うからだ。そうでなければ、養鶏農家は「真っ暗闇のなかを手探りで生きていくしかない」のだから。
(浅田会長ご夫妻のご冥福を祈り 合掌) (2004.4.12)


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