農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

対談 自給率向上に向けた論議を
冨士重夫 JA全中農政部長
梶井 功 東京農工大学名誉教授

検討すべきポイントはどこか
 食料・農業・農村基本計画の見直しに向けた議論が審議会企画部会で行われている。7月には中間とりまとめに向けた議論を集中的に行い、8月上旬にも報告がまとまる見込みだ。JAグループも新たな基本計画策定について政策提言に向けた組織討議を行っている。議論すべきポイントはどこか、今回はJA全中・冨士重夫農政部長と梶井功東京農工大学名誉教授に話し合ってもらった。


基本計画の見直しとJAグループの役割


◆なぜ自給率問題を議論しないのか

冨士 重夫氏
ふじ・しげお
昭和28年東京都生まれ。中央大学法学部卒業。畜産園芸課長、米麦課長、農業基本対策部次長、食料農業対策部次長、食料農業対策部長を経て、平成16年現職。

 梶井 最初に問題にしたいのが、基本計画見直しの議論の進め方です。現行の基本計画は、自給率を40%から45%に引き上げるために、さまざまな課題に取り組もうということを柱に計画をつくっているわけですね。しかし、現在、この自給率の問題はまだ議論されていませんね。

 冨士 そうです。われわれもその点は不満で国は主要3課題といっていますが、われわれは4課題だと言っています。といいますか、主要3課題の大前提として自給率向上の問題があるということです。

 梶井 何のためにこの主要3課題を議論するのか、それは自給率の引き上げのためという点に収斂させるのだ、ということですね。3課題はそのための手段だとの位置付けのはずです。

 冨士 世界的な穀物需給の動向や日本の国土の実態をふまえたうえで何をどう作っていくのか、戦略的な作物は何なのかを考える必要があると思います。そして、それを誰がどういうかたちでつくっていくのか、それに対する財政支援はどうするのか、という議論をすべきです。
 そういう議論がないままで、部品である経営安定対策や所得対策をどうするのかを議論しても不十分だと思います。

 梶井 私も主要3課題はそれ自体は重要な課題だと思いますが、いったい何のためにこの課題に取り組むのか、この、何のために、という点がさっぱり議論されていない。問題ではないか。

 冨士 議論しないわけではないが、先送りしたいということだと思います。
 結局、生産面を議論しても消費がついてこなければ自給率は上がらないということがあるものですから、よけいに腰が引けているんだと思いますね。
 しかし、引いていればいいというものではなくて、自給率の引き上げには難しい問題はあるにしても、何をどう作っていくのかという議論がないのはおかしい。それをきちんと議論したうえで、ではそれを達成するための担い手の育成をどうするのか、農地の利用集積をどうするのか、経営安定対策をどうするのか、というかたちで議論を展開していかなければならないわけです。


◆戦略作物をどう考えるか


 梶井 JAグループの組織討議資料には、自給率向上を図るためにも水田への新たな作物の導入、定着対策を政策的に仕組むことが必要だとありますね。
 戦略的な作物としてこれとこれに基軸を置く、そしてそれにみんなが取り組むためにはこのような施策が必要だという議論にならなければいけないということですね。この点はJAグループもおおいに主張していってもらいたいと思います。

 冨士 私は戦略作物は飼料用稲、あるいは飼料米と大豆のふたつだと思っています。

梶井 功氏
かじい・いそし
大正15年新潟県生まれ。東京大学農学部卒業。昭和39年鹿児島大学農学部助教授、42年同大学教授、46年東京農工大学教授、平成2年定年退官、7年東京農工大学学長。14年東京農工大名誉教授。著書に『梶井功著作集』(筑波書房)など。

 梶井 私も真剣に飼料米を考えるべきだと思います。ホールクロップサイレージの生産振興も大事ですが、残念ながら流通がうまくできませんね。畜産農家が近くにあればいいわけですが、そういう地域が少ないなかではホールクロップサイレージの生産を一般化はできない。流通を考えるとやはり飼料米ということになる。この点は価格の問題もあるし、飼料専用稲として収量の高い品種の開発なども念頭に置く必要があると思います。

 冨士 飼料米については、以前は財源問題もあってなかなか積極的に提言しない面もありましたが、今回は飼料米の生産もわれわれとしてきちんと打ち出しています。
 水田に米以外に何をつくるかということと、やはり水田は水田として利用することがもっともいいという両面を考えなくてはならないと思いますね。
 そこで、まず大豆について考えてみると、国際的な需給を考えると中国の買い付け力というのは並じゃないですね。これからどんどん増えますから、国際相場は上がっていくと思います。そうすると大豆の価格が上がってくれば、たとえば豆腐など大豆食品の需要は100万トンありますから、現在の国産大豆のシェア25万トン程度を100万トンにいかに近づけるかということがみえてくる。このように国際需給からみても大豆の生産振興には戦略性があると思います。
 もうひとつは、水田を水田として最高に活用する飼料米、ないしは飼料用稲、これに品種、栽培技術を含めて戦略的に検討する必要があるということです。
 自給率の問題ですが、大豆でいえば、国産大豆100%の豆腐を1か月に3丁、輸入品に代替するか、今より多く食べれば自給率は1%上がると言われています。飼料米も30万ヘクタール作付けすれば自給率は1%上がると言われています。今、転作面積が100万ヘクタール以上ありますから、90万ヘクタール作付けしたとしても3%は上昇する。大豆と飼料米の生産振興をすれば45%の実現もみえてくるわけですね。机上の空論だといわれるかもしれませんが、こういう戦略性が必要だということです。


◆多様で幅広い担い手を


 梶井 さて、今度の政策の見直し議論のなかではJAグループとしてもっとも中心的な課題だと考えている点は何でしょうか。

 冨士 ひとつは土地利用型農業に対する経営所得対策をどう考えるかです。これはWTOの規律をふまえたうえで政策を変えなくてはいけないという問題でもあります。
 そして、その延長線上で集落営農を含めた担い手の育成と農地の利用集積をどう進めるかという問題があります。これが課題のひとつの括りですね。
 もうひとつは、中山間地域直接支払いのような制度を平場における農業資源保持活動に対してどうつくりあげるかという問題も大きな柱だと思います。

 梶井 農水省はプロ農業経営という言葉で中核的な担い手に限定して支援すると言っているようですが、JAグループの方針は対象を限定するのは問題だということを強く押し出していますね。

 冨士 そうです。より幅広く多様な担い手、ということですね。

 梶井 その点は大賛成です。農業構造動態調査で95年と2000年をくらべてみると、たとえば5ヘクタール以上の農家がその5年間にどのくらい規模を維持しているかをみると75%なんですね。25%は規模縮小している。しかし、そのかわりに新たに3〜5ヘクタール層や3ヘクタール未満層から規模拡大している人があって5ヘクタール以上層は増えてきている。規模縮小する人よりも規模拡大した人のほうが多いから、結果として5ヘクタール以上の経営が増えたわけです。ということは、今、ある経営規模で施策の対象を切ってしまえば、これから規模拡大していこうという意欲を押さえ込んでしまうことになりますよね。それは構造変動を加速させるのではなく減速させることになるだろうと思います。
 そういう点を考えると今の段階で特定のプロ農業経営に支援の対象を絞るという考え方ではかえっておかしくなると思いますね。自分はがんばってやるぞ、という意欲と能力があってその意思を示す人は対象にしていくという方向はぜひつくりあげてもらいたいです。


◆国ではなく地域が決める


 冨士 そこは農水省との大きな争点になるかもしれません。農水省は、意図的に選択と集中というような言い方していますが、われわれは土地利用型作物について今の実態をふまえた、そして将来をふまえた対象者の選定を考えるべきだという主張です。
 みんなに抵抗があるのは、国が基準を決めるということです。やはり地域で納得できる人を選んでいくなり、手を上げるなりして、今の経営規模などを輪切りにするのではなく、これから育っていく人たちの芽を摘まないように対象を考えなけらばならないと思います。

 梶井 特定の経営を対象にして補てん策を講ずるのではなく、たとえば米プラス麦、大豆などの複合的な生産体系について、その地域の平均的な面積あたりの粗生産額をもとに、国際水準との差額を補てんするというような仕組みにすれば、現在、何ヘクタール以上の経営でなければ対象にはしないということにはならないはずです。面積あたりいくらという形での地域での補てん策を考えていけば、今は規模は小さいけれども、という人も担い手として育っていけるわけです。

 冨士 行政や国が選別して、政策の対象になるのはこの人たちだけだ、というのではなく、国はメニューとして示し、選択するのは農業者や地域だということだと思います。一定の要件はあるにしても、やはり主体性が担保される仕組みが大事です。


◆利用集積が課題の農地制度


 梶井 ところで、土地利用型農業の改革を進めていくには農地制度についても見直しが必要だということをJAグループも言っていますが、そこは私にはよく理解できないんです。具体的にはどういう点を問題にしているのですか。

 冨士 ここも農水省と見解が異なる点ですが、国は今の仕組みで何が不都合なのか、農地利用集積もやれることはやれるように仕組みができていて現場がやらないだけではないかというスタンスです。そのうえでさらに構造改革を促進するには株式会社の農業参入など外部からの参入に対して規制緩和するという考え方をするしかないではないか、ということでしょう。
 われわれも、農地の利用集積など、やればできるようになっていることについてはそうだとは思っていますが、では、なぜ仕組みがあるのに進まないのか、ここに思いを致して考えなくてはいけないのではないかということです。
 今の時代は、耕作を強制するとか義務づけるというのはなかなか難しいのでしょうが、そういうかたちに近いような制度的な枠組みが必要ではないかということが基本です。

 梶井 農地を農地として利用していくために、農振法のなかには市町村長や農協が共同利用のために特定利用権を設定する制度がありますし、農業経営基盤強化法にも遊休農地の利用について所有者に勧告する制度もあります。これ以上に何があるのかと思うと私はないだろうと思うんです。むしろ、今の段階でもっと詰めなければいけないのは、耕作放棄地が発生しても、特定利用権の設定がなぜできなかったのかということだと思います。
 この問題についていえば、地域の共同利用のためとはいえ、特定利用権の設定は最後は知事裁定で強制的に設定できる利用権だから憲法問題になるおそれがあるということから、逆に意欲のあった市町村長などの動きを国が抑えてきた面があるのではないかということです。市町村長などの判断でやれるようにするといったことが大事なのではないか。どうでしょうか。


◆経営施策とも関連する農地利用計画

 

対談する両氏
対談する両氏

 冨士 われわれの思いはその点にもあります。たしかに現行の制度や仕組みのなかで、われわれが求めることが実現しないのはどこに問題があるのかということをもっと詰めて考える必要があると思いますね。その結果、運用の仕方を変えればできるではないかということも出てくるかもしれません。ですから、自分たちが求めている方向と今の制度、仕組みとのズレをもっと明らかにしなければならないというのはわれわれの課題ですね。
 ただ、われわれが「農地利用・農村整備計画」の策定が必要だといっているのは、経営所得対策の対象の問題との関連もあるからです。
 先ほども言いましたが、われわれは担い手は将来に向けて育成していく人も含めて、より幅広く考えるべきだと思っていて地域の合意で選ぶべきだと考えています。そうするとその合意を支える制度的なバックボーンが必要ではないかということです。
 国が勝手に要件を定めて対象を絞ることは問題ですが、一方で地域が勝手に選んで合意した担い手を施策の対象にするというのもなかなか国民の理解も得られないだろう。そこで、法的、制度的に位置づけられる仕組みがいるのではないかということです。
 農業資源の保全活動に対する直接支払いでも同じで、この地域は農地を合理的にこう利用する、担い手はこういう人だという計画が担保されたなかで農業資源の保全活動をやるということがなければ、単に水田を持っていれば支払われるのか、と受け取られかねないのではないかということです。


◆不可欠な需給調整の視点


 梶井 その点も“利用改善団体”を積極的に組織していくなかでやれますね。その活性化を問題にすべきではないでしょうか。そのほかの課題での争点はどこになりますか。

 冨士 品目横断対策についても争点があります。
 土地利用型作物は、圧倒的に内外価格差があります。例えば麦とか大豆では品代は2〜3000円程度で助成金が7000円、8000円ということになっていますが、これを一俵当たりの支払いから形を変えて支払うという方向ですね。
 しかし、人に着目して面積あたりの支払いだけでいいのかということです。ヨーロッパは過剰のため生産抑制したり、環境保全型農業を推進するという状況のなかの直接支払い制度になっていますが、日本の場合は生産量を上げなくてはいけないし、品質を向上させなければならないという課題がある。
 ですから、品目横断的な直接支払いに転換するといっても、生産性の向上努力、品質向上の努力に資するような制度にしなければ、面積当たりの支払いになるのだから捨てづくりということになりかねない。
 そこをどうするかということから、われわれは数量に対する支払いも残すべきだと主張しています。数量支払いは「黄」の政策かもしれませんが、だからといってそれを全部やめるというのではなく、直接支払いと組み合わせることが必要ではないかということです。

 梶井 経営所得安定対策の仕組み方が争点になるということですね。

 冨士 現在の議論では曖昧になっていますが、これはやはりWTO農業交渉の枠組みがどう決まってくるかがまだ見えないからだと思います。


◆集落営農の可能性を引き出せ


 冨士 ただ、米の生産は計画生産をしているわけですが、麦、大豆に対する施策が不十分であればみな米を作ってしまうことにもなりかねない。その点でいえば、米の需給を担保する観点から考慮も必要だと思います。
 その意味でも施策の対象者をよく考えておかなければいけないと思っているんです。
 もともと集落営農は、麦、大豆の生産を効率的に行うというところから発展していったわけですね。そういう組織を対象者として認めないとなると、麦、大豆を生産せずにまた米に戻ってしまうことも考えられます。ですから、水田の転作を含め土地利用型作物をふまえて対象者を考えなければならないということです。

 梶井 集落営農では、構成員にさまざまな特技を持っている人がいますよね。兼業ですからたとえば銀行に勤めている人は経理は得意だとか、そういう能力を生かすこともできます。それから生産性という点は農地を団地的に使えるということがメリットだと思います。農業の場合、コストは作付け地がいくつに分かれているかで大きく違ってきます。それが集落営農では一括して団地として使えるわけでそこが最大のメリットだと思います。

 冨士 集落営農というのは非常に日本らしい柔構造の組織だと思いますね。
 たとえば、30戸の総兼業で始まった農事組合法人でも5年、10年と実績を上げていくと、担い手として手を上げる人が出てくることもあります。水管理や草刈りにしても自分たちの農地だからと自ら管理するというように柔軟に対処している。非常に日本らしい組織だと思うわけで、これを担い手と考えないということは絶対にあり得ないと思います。

 梶井 ありがとうございました。

対談を終えて
 自給率をどうするのか、を棚上げしたかたちですすめられている感のある「基本計画」変更審議のすすめかたに、“順序が逆だ、これでは日本農業縮小「基本計画」になってしまう”という危惧を前からもっていた。全中もこの点を問題とし、中間とりまとめに当たっては強く意思表示していく、と聞いてちょっと安心した。
 “われわれは4課題だといっています。主要3課題の大前提として自給率問題がある”
 との冨士部長の発言。その通りである。この自給率問題に直接的につながる戦略作物の考え方、また新たな経営支援策は、行政のいう“プロ農業経営”に限定してではなく、“国ではなく地域が決める”“幅広く多様な担い手”を対象にすべきという主張、これも私は大賛成である。この考え方で「基本計画」がつくられるよう、JA組織あげて頑張ってほしい。

(2004.6.23)

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