9月に入ってからも暑い日が続いている。
昨年は冷夏による不作に悩まされたが、今年は一転して猛暑となった。夏平均気温記録を更新した地点は全国で14地点。一方、新潟・福島豪雨、福井豪雨が発生し大きな被害をもたらしたほか、8月までの台風の上陸個数も統計開始以来の最大の6となり、9月に入っての18号を合わせると過去最大の7個が上陸した。
天候異変は農業を直撃する。最近の気候をどう考えたらよいのか。今、地球に何が起きているのか。東京大学気候システム研究センターの木本昌秀教授に話を聞いた。
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■がらり変わった今年の夏
2003年の夏 |
2004年の夏 |
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記録的な暑さが続いた今年の夏、東京では7月20日に史上最高気温39.5℃を記録したうえに、真夏日(30℃以上)の連続記録も40日と更新した。
気象庁が9月1日に発表した「夏の天候」によると、今年は太平洋高気圧の勢力が強く、オホーツク海高気圧もほとんど出現しなかったため北日本から西日本にかけて高気圧に覆われる日が多く高温となった。
ただ、7月中旬には梅雨前線が活発化して、新潟、福島、福井など北陸や東北にかけて豪雨が襲ったほか、台風の上陸個数も史上最多で各地で大きな被害が出ている。
一方、昨年の夏はどうだったろうか。
6〜8月の平均気温は南西諸島と九州南部を除いて全国で平年を下回り、日照時間では全国10地点で3か月合計時間の最小値を更新した。東京も今年はもちろん、平年にくらべてもぐっと気温は低く、実は35℃以上の日は1日もなかったのである。真夏日も3か月間で24日しかなかった。
昨年は冷たい空気をもたらすオホーツク海高気圧が優勢で太平洋高気圧の北への張り出しが弱く梅雨前線の停滞が続いた。
このようにがらりと変わった夏をどう考えればいいのか。
■同じ「夏」は二度とない
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木本昌秀
東京大学気候システム研究センター教授 |
東京大学気候システム研究センターの木本昌秀教授は「基本は、絶対に同じ夏は来ない、ということです」と指摘する。
気候は大気の運動、陸、海の温度、海氷の状態などさまざまな要素で変動するが、こうした要素が絡み合い「『ゆらぎ』ながら変動していくのが気候の本質。だから、少しづつでもズレていくため同じ夏は二度ないのです」という。
『ゆらぎ』が大きくなれば、つまり、ズレが大きくなれば冷夏や猛暑になる。
「昨年と今年は、ゆらぎの大きな年が2年続いたわけです。それが冷夏と猛暑という極端なかたちになっただけ。何か天変地異でも起きるのではないかと思うかもしれませんが、そうではなく気候の本質である『ゆらぎ』の範囲内のことです」と木本教授は語る。
今年のように異常に暑い夏や集中豪雨が多発すると、異常気象では?と話題になることが多いが気象庁の定義は30年に1回程度で起こる異変となっている。その定義からすると昨年の冷夏は異常気象ではなく10年に1回程度の気候だったのである。
ただ、この定義にしたがえば、逆に30年に1回程度は異常気象に見舞われるともいえる。木本教授は「地球全体を眺めれば、今月は地球上のどこにも異常気象が認められませんでした、ということはまずない。世界のどこかでは必ず異常気象になっているもの」だという。つまり、何年かに一度は極端な気候に襲われることは避けがたいのが地球の気候であって、「極端な気候に備えることは必要なこと」という。
■梅雨時の雨量10%増
ただし、今年のような高温記録の更新続出は「地球温暖化の影響が少しづつ現れた気候変動が起きはじめているとみるべきです」と木本教授は指摘する。
木本教授ら東大気候システム研究センターと国立環境研究所、地球環境フロンティアは、地球温暖化に関する将来の気候予測を共同研究しこのほど結果を公表した。
これは世界最速の計算速度を持つスーパーコンピュータ「地球シミュレーター」を使った予測研究。20世紀の気候データをインプットし気候条件を再現、その結果、20世紀の100年間で全球平均の地表温度が0.7℃上昇したことが確認されたという。
さらにこのデータに基づき、地球温暖化をもたらすCO2やメタンガスなど温室効果ガスの排出量などを加えて今後の気候を予測した。その結果、次の100年間は20世紀にくらべて3倍以上の温度上昇になるという結果が出たという。
「地球温暖化は地球全体でじわじわと進んでいくもので、局地的な猛暑や冷夏を指してこれが温暖化の影響だということではありません。しかし、最高気温の記録更新が多く、一方で最低気温は記録更新が少ないという最近の傾向は温暖化の影響が出てきたといえます」
地球温暖化の影響予測はこれまでにも多くの研究が行われているが、なかにはそれほど温暖化は進行しないとの見方もある。しかし、今回の研究結果は「温暖化による温度上昇は間違いなく起きていて、21世紀はそれが加速する時代であることを示した」という。
■温暖化で冷夏型気圧配置多発
今回の研究では日本付近の夏が将来はどうなるのかもかなり分かってきた。
そのひとつが梅雨時の降水量が現在より10%以上多くなるというものだ。
温暖化と聞くと地球全体の温度が上がって、日本ではじめじめとした梅雨がなくなり、暑いけれどもからっとした気候なるのではないかと漠然と想像していた向きもあるかもしれない。
「しかし、温暖化が進んでも梅雨前線は存在し、それどころか、気温が上がって水の蒸発量が増えていきますから梅雨末期の集中豪雨は今よりも激しくなると予想されます」。
そう予想される理由は、日本付近の気圧配置にある。木本教授は「意外なことに温暖化が進むと冷夏型の気圧配置の出現が多くなると考えられます」という。
昨年の冷夏は、オホーツク海高気圧が居座って梅雨前線の北上を妨げたために前線が停滞した。
木本教授によると、地球はそもそも海より陸地のほうが暖まりやすく温暖化で陸地の温度が今よりも上昇するという条件は、オホーツク海高気圧の出現頻度が高まることになるのだという。
さらに南の太平洋高気圧の中心が日本の梅雨時にはやや東寄りとなり、北への張り出しもそれほど強くない状態となる。つまり、太平洋高気圧の西側、フィリピン沖あたりに湿った空気が日本列島に向けて流れ込む道ができやすくなるということになる。
温暖化によるこうした気圧配置の変動によって梅雨時の豪雨が激しくなると予想されるという。
オホーツク海高気圧は上空付近では冷たい風が吹き、周知のように東北地方にやませをもたらす。さらに現在よりも激しい豪雨が梅雨末期には頻発する。そして太平洋高気圧の勢力が強くなって梅雨明けしたとたん、日本列島は各地で記録的な高温となる……、こんな非常に激しい夏になることが多くなると予想されはじめたのである。
■気候変動の時代
「これまでの気候変動の基本であった『ゆらぎ』に加えて、これからは温暖化も影響して気候が変わっていくということです」と木本教授は話す。
地球温暖化は化石燃料の使用などによってCO2など自然が吸収できないレベルの温室効果ガスを人間の活動によって増やしてきたことが原因だ。それを食い止めることも課題だが、「厳しすぎると言われる京都議定書を各国が守って温室効果ガスの排出抑制を実現したとしても温暖化のスピードが多少遅くなる程度で産業活動をする以上、止めることはできないと予測される」という。
厳しい話だがこうした気候変動の時代にあることを認識するしかなさそうだ。「農業はこれまでにも自然の変化に対応してきた実力があると思います。予測に基づいて今から対策を立てる必要があることをこうしたデータが示していると受け止めてほしい」と木本教授は話している。
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写真提供:日本気象協会 |
(2004.9.17)