■不正確な報道にいらだち
「消費者は全頭検査見直しに今日結論が出ると思っていたんです。われわれマスコミも悪いとは思いますが」。
「そうですよ。悪いですよ」。
7月16日の食品安全委員会プリオン専門調査会終了後の記者会見で、記者の問いかけに思わず声を荒げたのは吉川泰弘座長(東大教授)だ。この日の調査会には日本のBSE対策についての報告書のたたき台が示されたがさらに議論する必要があるとして取りまとめは先送りされた。
「たとえば30か月齢以下の牛は検査しないという方針は出せないのですのか」。 「21か月齢と23か月齢のBSE牛が日本では発生しているんですよ。逆に質問しますが、食品安全委員会が30か月齢で線引きしたら国民のみなさんは納得しますか」。
こんな基本的な質問が出るに至って、吉川座長はいらだちを隠さなかった。
■検査の限界の意味
プリオン専門調査会が出そうとしている現在のわが国のBSE対策の評価のひとつは、現在の検査では異常プリオンの蓄積量が少なく検出できない場合があるということ。検出できないものをいくら検査しても意味がないということだ。
そのうえでこれら検出限界以下の牛を検査対象から除外しても、特定危険部位(SRM)の除去を行えば人へのリスクは変わらないとしている。
この一文からメディアの多くは全頭検査見直しを専門調査会は報告すると報道した。
しかし、検出限界以下の牛は、安全なのかどうかもまだ検討課題だ。調査会の「たたき台」では、検出限界程度の牛が何か月齢の牛に相当するのか「現在の知見では明らかではない」としている。
検査の限界を認めることとは別に、どの月齢の牛を検査の対象から除外しても問題はないのかという話に結びつけるような科学的なデータは現段階では得られていないということを指摘しているのである。
日米BSE協議は夏までに輸入再開に向けての結論を出すよう努力するとしているため、食品安全委員会もそれに合わせて検査体制の見直しをするのではないかとの見通しがあったが、吉川座長は「初めにに結論ありきで議論するつもりはなかった。政治的なスケジュールとは別に結論を出す」と改めて明言。次回の議論をするまでには「1、2週間の準備が必要」と話し、報告書のとりまとめが秋にずれ込むことも示唆した。
■何のための議論なのか
調査会のたたき台ではSRMの除去の実効性も検証している。それによるとと畜場での除去率は平均で75%。25%は完全に除去できていない。それによる食肉への汚染度は1%程度とも報告している。
これまでの実験で、感染した牛の脳0.01gから1gという微量でも牛の感染源になるというデータがあることから「交差汚染防止」はリスク低減のうえで重要であり、SRM除去が適正に行われるべきだとの報告もある。
また、海外での研究で検査法の開発が進み、現在の検出感度が急速に改良されることも報告している。検出感度が改良された検査法を導入すれば議論すべきだろうデータが新たに得られる。さらに専門調査会はかりに検査体制を見直した場合、リスクがどの程度変わるのかという点については今後の議論だとしている。
牛肉輸入再開を念頭に置いて早急に結論を出すのではなく、安全性確保のため「科学的に考えるとはどういうことか」について国民に分かりやすく議論を進めることが求められている。
(2004.7.23) |