WTO農業交渉の課題と論点 JA全中農政部 WTO対策室長 今野 正弘 氏 |
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農業交渉は、現在、WTO農業委員会特別会合の場ですすめられている。これまで2回の特別会合(本年3月および6月)が開催されており、年内にあと2回(9月および11月)開催される予定となっている。 とくに3月の特別会合においては、12月末までに各国が交渉提案を提出することが決められたことから、わが国においても、年末に向けて提案の策定が本格化する。 JAグループでは、現在、WTO農業交渉における課題や論点の内容について理解を深める学習活動を実施している。ここでは、その学習用資料にある主な課題や論点について紹介したい。 |
●農業の多面的機能について−− 共通の認識を作り上げることが課題に 農業の多面的機能について、米国やケアンズグループは「概念や内容が不明確」であり、農産物貿易の自由化を妨げるものであると批判している。こうした主張の背景には、多面的機能に関する権威ある国際機関における検討がないこと、さらには主張する国によって内容が異なっていることなどがあると考えられる。現在、OECD(経済開発協力機構)において多面的機能の概念整理が行なわれているが、こうした国際機関における検討によって多面的機能の概念を国際的に明確化していくこと、さらに、国によって主張が異なる多面的機能の内容を整理し、共通の認識を作り上げていくことが課題となっている。 わが国にとっては、米国やケアンズグループを中心とする自由化一辺倒の考え方、さらには貿易自由化を至上命題とするこれまでの貿易交渉のあり方に対するアンチ・テーゼとして、多面的機能の概念は大きな意義を持つものといえる。 ●国内助成(補助金)について−− 国内補助金の水準はどうあるべきか 現在、農業政策は「緑」「青」「黄」の3分類に分けられている。「緑」の政策は削減の対象外となっているが、その基本的な要件は、「貿易を歪めるような影響又は生産に対する影響が全くないか、あるとしても最小限であること」そして「生産者に対して価格支持の効果を有しない」ものとなっており、政策と生産を切り離した“デカップリング”という考え方が強く出ているものである。具体的には、研究開発や基盤整備関係、食料安全保障のための公的備蓄や国内における食料援助などの政策がこれに該当する。また、「青」の政策はわが国では該当するものがないが、生産制限のもとでの直接支払いで一定の要件を満たすものであり、これも削減の対象外である。そして、これら「緑」と「青」以外の政策が「黄」であり、価格支持政策や生産者への直接支払いが該当しており、削減の対象となっている。 国内助成については、こうした分類や要件、そして国内補助金の水準といったことが課題になると考えられる。米国は、「青」を廃止し、「削減対象外」と「削減対象」の2分類とすることを本年6月に提案しており、これに対してEUは「青」の分類の維持を主張している。また、「削減対象」の政策については、各国の国内生産額の一定割合までに制限することを米国は提案しているが、これは多面的機能を重視する国における国内政策の一層の削減を意図したものと考えられる。 ●国境措置のあり方について−− 関税や市場アクセス水準などが課題に 国境措置の関連では、関税や市場アクセス水準のあり方、そして緊急輸入制限措置(セーフガード)などが主要な課題とみられる。 米国は、各国の関税水準に格差があるため、これを均一化させるために大幅な関税削減の提案をしている。しかし、関税水準のあり方については、これまでの経過や自然条件の違い、さらには食料輸入国における農業の持続的発展と多面的機能の発揮の観点が考慮される必要がある。また、多面的機能の発揮という点では、市場アクセスの水準についても同様のことが言えるが、特に、ミニマム・アクセスについては、国内の需給事情を踏まえたものとし、水田農業の持つ多面的機能が十分に発揮できるようなものにしていくことが課題である。 なお、セーフガードについては、輸入急増による国内産業への悪影響を防ぐために認められた緊急輸入制限措置であり、ウルグアイ・ラウンドで関税化した農産物を対象とした特別セーフガードと、それ以外の関税化品目が対象となる一般セーフガードがある。 ●権利義務のバランス回復について−− 輸出する側の権利に偏っているのが実態 現在のWTOルールでは、輸入する側には最低輸入数量(ミニマム・アクセス)の提供や現行輸入数量(カレント・アクセス)の維持など多くの義務が課されており、国内の需給状況に係わらず輸入数量を制限することは原則認められていない。一方、輸出する側には最低輸出義務のようなものがなく、国内の事情によって輸出禁止や輸出規制が一定の条件で認められており、さらに輸出税や輸出補助に関する規律は穏やかなものとなっているなど、輸出する側の権利に偏っているのが実態である。 これまでの貿易交渉は、米国をはじめとした輸出国がどうしたら輸入国への輸出を円滑に行なえるかという観点からのみ議論されてきたといえる。しかし、そうした輸出国の主張のみが進められれば、輸入国の農業は縮小を続けることになりかねない。そうした意味からも、輸出側の規律をより強化させバランスを回復する必要があるとともに、輸入する側、特に食料純輸入国における食料安全保障の問題や国内農業の持続的な展開による多面的機能の発揮の問題などが適切に考慮され、公平で公正な貿易ルールとする必要がある。 ●わが国提案の策定に向けて−− 組織内の意見を十分に反映させる提案を JAグループでは、今後の交渉における課題・論点に関する学習活動を踏まえ、10月から組織討議を行なうこととしている。12月に出されるわが国提案の内容は、昨年6月の日本提案を基本として、ウルグアイ・ラウンド以降の実施の経験や「新たな基本法」に基づく国内政策の円滑な実施の確保を念頭に、多面的機能を根拠とした関税水準のあり方や市場アクセス水準のあり方、さらには国内助成のあり方といった今後の交渉分野となる項目について具体的な考え方を示すものになると考えられる。そうした意味からも、組織内の意見を十分反映させながら、政府・与党・団体が一体となった提案を作っていかねばならない。 ★ WTO農業交渉における課題と論点の概要
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