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ETで国内畜産の新たな出発を
 牛肉の自由化以降、厳しい国際価格競争の渦中に巻き込まれた国内肉牛生産は、生産者の高齢化もあって、その生産基盤を低下させてきている。一方、酪農生産者も、価格が低迷し、国の価格支持施策が見直されるなど厳しい状況にある。こうした国内畜産生産基盤を維持・拡大するために、いま注目されているのが、乳用牛に和牛を分娩させるという受精卵移植だ。
 全農ETセンターに取材し、受精卵移植の現状とこれからの方向を検証した。

・・・ 酪農家の所得確保と肉牛生産基盤を強化するET ・・・

縮小する国内生産基盤

JA全農ETセンター 帯広から北へ40km、十勝平野の北端、東大雪山麓に東京ドーム362個・1700haという日本一広い牧場、上士幌町営ナイタイ牧場がある。標高300mから1000mの斜面に広がる牧場からは、十勝平野を一望でき、天気の良い日にはその向こうに阿寒の山並みを望むこともできる。放牧されている約3000頭の牛が、豆粒のようにみえる北海道らしい雄大な自然に恵まれたこの牧場に隣接して、JA全農ETセンターがある。

 国内における肉用牛の生産(飼養)農家は、牛肉の自由化が決定(昭和63年)される前の昭和60年には約30万戸あったが、毎年7〜8%づつ減少し、平成11年には12万4600戸と昭和60年の42%にまで減少。そして72%あった自給率は35%にまで低下してしまった(表1参照)。また、乳用牛も昭和60年の8万2400戸から平成11年には3万5400戸へ57%も減少している。
 そして、肉用牛生産農家の経営主の51.8%が60歳以上というように高齢化が進んでいる。さらに後継者がいない農家が、78.7%にもおよんでいる。経営規模が小さくなればなるほど、この傾向は強くなっているといえる(農水省「畜産統計・平成11年版)。
 また「農業構造動態調査(10年1月1日現在)」(農水省)によれば、肉用牛の販売額が収入の80%以上を占める生産農家数は、3万2380戸と肉用牛飼養農家の4分の1以下となっている。

表1 肉用牛の生産基盤推移
  自給率
(%)
飼養戸数
(戸)
飼養戸数
(昭和60年100)
飼養戸数
対前年比
飼養頭数
(頭)
1戸当り
飼養頭数
昭和60年 72 298,000 100.0 ▲ 5.3 2,587,000 8.7
平成2年 51 232,200 77.9 ▲ 5.6 2,702,000 11.6
6年 42 184,400 61.9 ▲ 7.3 2,971,000 16.1
7年 39 169,700 56.9 ▲ 8.0 2,965,000 17.5
8年 39 154,900 52.0 ▲ 8.7 2,901,000 18.7
9年 36 142,800 47.9 ▲ 7.8 2,851,000 20.0
10年 35 133,400 44.8 ▲ 6.6 2,848,000 21.3
11年   124,600 41.8 ▲ 6.6 2,842,000 22.8
「畜産統計」平成11年版(農水省)

ETセンター開設で蓄積された研究成果を実用化

 本格的に農畜産物の国際化が進展するなかで、低下する国内畜産基盤を維持していくためには、肉用牛では「増体と肉質の向上」、酪農では「改良の推進と能力の斉一化」が求められている。そして、それに応える優良牛増産のための技術として期待されているのがET(Embryo Transfer=受精卵移植)技術だ。
 現在、業界や民間企業が研究機関をつくり、事業化への努力を行っており、平成10年度の受精卵移植頭数は5万8534頭、産子数1万7660頭となっている。

 JA全農は、いち早く飼料畜産中央研究所でこうしたET技術の研究・開発に着手し、牛の体外受精凍結卵による産子誕生(昭和63年)、性判別した牛の受精卵移植による産子誕生(平成5年)、全農ダイレクト凍結法の確立(同6年)をはじめ、21世紀の増産技術として期待されている牛の胚由来培養細胞を用いた核移植による産子誕生(同8年)などの技術を確立してきた。
 そして昨年、蓄積されてきた研究成果の実用化と、さらなる研究開発を行うためにETセンターをここに開設した。

ETを活用した酪農・肉牛生産基盤づくりのモデルフロー

庭先で簡単に移植できる全農ダイレクト凍結法

 ET技術とは、優良血統の和牛雌牛にホルモン注射をして多数の卵子を排卵させる(過剰排卵処置)。そして優良な雄牛の凍結精液を人工授精する。授精後7日目に子宮を洗浄して受精卵を採卵し、品質の良い受精卵を選抜する。選抜された良質な受精卵は、凍結され保存し、生産者などに供給される。現在、ETセンターには全農所有牛230頭と県連などからの預かり牛40頭が供卵牛として飼育されている。
 凍結保存法には、凍結受精卵を融解後の耐凍剤(凍結保護剤)の除去の仕方によって、ステップワイズ法、ワンステップ法と全農が開発したダイレクト法がある。

 全農のダイレクト法は、マイナス196℃の液体窒素で凍結するのだが、他の方法のように受精卵を移植するときに凍結保護剤を取り除く手間がないので、AI(人工授精)とまったく同じように庭先で簡単にできるのが特長だ。ステップワイズ法の場合には、顕微鏡下で30分くらいかけて3回凍結保護剤を除去しなければならないので、長引くと受精卵の生存性に悪影響を与える可能性がある。庭先で、3〜5分で簡単に移植ができる全農ダイレクト法は、今後もっとも期待されている技術だといえる。

生産性が高い受精卵移植

 凍結された受精卵は、酪農家の乳牛かF1雌牛の子宮内に移植される。つまり、酪農家の乳牛から優良血統の和牛が誕生するわけだ。
 採卵された受精卵の内、凍結保存できる良質なものは40%くらいで、使えないものが30%あるという。残りの30%は凍結はできないが2時間以内に移植すれば使えるので「新鮮卵」として、移植されている。ETセンターでは、常時800頭前後の乳用雌牛やF1雌牛を受卵牛として飼育しており、新鮮卵はこうした牛に移植され、妊娠牛としてJAや生産者に供給されている。

 また、隣接するナイタイ牧場が預かっている牛に、移植されることもある。  受精卵移植による受胎率は、AIによる場合とほぼ同じ50%前後だが、凍結精液の有効活用を考えると受精卵移植の方がはるかに効率的に多くの産子を得ることができる。
 それは、AIの場合に確実に1頭の産子を得ようとすれば、受胎率が50%だから2本の精液が必要になる。受精卵移植の場合にも、2本の精液が必要だが、過剰排卵処置を行うので、7個程度の受精卵を得ることができ、受胎率50%なら計算上は3.5頭の産子を得られるからだ。

ET産子の分娩。乳用牛から優良血統の和牛が誕生乳用牛が黒毛和牛を分娩

 それ以上に大事なことは、生乳価格が上がないうえに、来年度から国の生乳価格支持施策が見直される酪農農家の所得確保対策としての効果だ。
 受精卵移植の場合には、優良血統の黒毛和牛の受精卵を乳牛に移植し分娩させることができるので、それを販売することで酪農農家の所得確保に貢献できるわけだ。さらにいま全農が推進している分娩後2〜3日で母子を離す「超早期母子分離方式」をとれば、母牛の発情回帰が早くなり高泌乳牛が増えることにもなる。

 肉用牛生産の面からみれば、前にも触れたが国内の和牛繁殖生産は、生産者の高齢化などによって生産基盤が低下してきているが、受精卵移植によって優良血統の和牛を安定的に供給することで、肉用牛の生産基盤を維持・向上させることができるという効果が期待できる。

高齢な優良血統牛の後継牛を作出する経膣採卵法

 スーパーカウあるいは優良血統の和牛であっても、高齢や不妊などの問題がある場合には、その後継牛を得ることはできない。そうした問題を解決するのが、経膣採卵法だ。これは超音波診断器を使ってそうした牛から卵子を採取し、個体別に体外授精を行い、1週間後にその受精卵を他の雌牛に移植し、後継牛を作出する技術だ。ETセンターではすでに平成8年に、スーパーカウから経膣採卵による5頭の雌産子を誕生させている。

JA・経済連の事業としての取り組みを

 ETのこれからの最大の課題は、受胎率の向上だといえる。受胎率は、受精卵の良し悪し、獣医など受精卵移植士の技術レベル、受卵牛の健康状態などで決まるといわれている。10年度の実績(平均)では、凍結受精卵による受胎率は46%、新鮮受精卵で50%となっているが、全農ETセンターでは73.8%と全国で2番目の実績をあげている。
 これはETセンターの受精卵の品質が良いこと、移植技術が優れていることと、飼育管理が徹底されていることの証だといえよう。

 もう一つの課題は、哺育・育成期間中の事故率を低下させることだ。そのために全農では先にも触れたが「超早期母子分離方式」によって、ヌレ子牛を集中哺育施設で育成することを推奨している。この集中哺育・育成施設を経済連あるいはJAが事業として取組むことができれば、国内生産基盤を強化することが可能になるので、ぜひ取組んで欲しいと思う。そうしたETを活用した酪農・肉牛生産基盤づくりのモデルフローが図1だ。

・・・ 期待されるES細胞による核移植技術 ・・・

雌雄の産み分け・肉質のバラツキをなくすクローン

 全農ETセンターの国井康雄所長は、技術を進歩させる目的は「結果を予測し、安定させることで、生産・流通の両面から組合員へメリット化する」ことにあるという。
 生産面での現在の課題は、雌雄が生まれる確率は各々50%だが、必要に応じて雌雄を確実に産み分けるようにすることだ。また流通面では、肉質のバラツキをなくし、定時・定量・定質な肉を供給し、ロスをなくすことだといえる。

 それを可能にする技術がクローンだ。クローンには、16〜32細胞期に分割した初期受精卵から良い割球を選別し、その割球細胞を未受精卵に核移植する「初期受精卵による核移植」。
 受精卵の将来胎児になる細胞を取り出し、未分化な性質(どこが頭になるとか爪になるといった役割を決める前の状態)を維持させながら、試験管など体外で増殖し、核移植する「胚性幹細胞(ES細胞)による核移植」。成牛の乳腺細胞などを使う「体細胞による核移植」がある。  家畜のクローン生産技術の活用

品種改良効果が期待できる受精卵核移植中心に

 国井所長は「畜産の場合にも品種の改良は、交配を重ねることでできてきた。体細胞によるクローンは増産効果しかなく、改良効果を考えれば受精卵を使った核移植を中心に、今後も研究・開発を進めていく」という。しかし、「初期受精卵核移植」では、1個の受精卵からは3〜5頭の生産しか期待できない。

 一方、同じ受精卵を使っても「ES細胞」によるものだと、理論的には無限大に細胞を培養することができる。これが実現すると、培養した細胞を凍結保存し、その一部を移植・出産させ、産肉成績がよければ凍結を解除して一気に移植すれば、成績証明がされた優良牛がどんどんできるという革命的な技術だ。受精卵の低コスト化も実現できる。
 すでに全農では、平成8年にこの方法で国内初めての産子を誕生させ、9年には三つ子も誕生させている(国内初)。現在は、数千個程度まで培養できる技術レベルになっているという。これが実現できれば、「優位性のある受精卵を、現在よりもかなり低コストで供給できる」ようになると国井所長は考えている。

 「低コストで生まれ高く売れる」ことが、生産者の最大のニーズだといえる。それに応える技術は「結果を安定させることで、信頼性がある商品につくりあげること」(国井所長)だ。厳しい状況にある国内畜産の新たな出発(たびだち)を実現するために、優良血統和牛の良質な受精卵の生産と供給を行いながら、さらにその先の技術の研究・開発に全農ETセンターは取組んでいる。  



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