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解説記事
消費者に確かな安心を届ける
――トレーサビリティの確立で牛肉の消費拡大を

 BSE発生後、牛肉の消費は大きく落ち込んだ。最近やや回復してきているとはいえ、生産者が厳しい状況にあることにかわりはない。消費を回復するには、トレーサビリティを確立し、消費者の信頼を回復することだといわれ、さまざまな取組みがされている。そこで、そうした動きをまとめてみた。

◆BSE以後急激に落ち込んだ牛肉消費

 昨年9月10日に、日本でもBSE(牛海綿状脳症)患畜が発見されたと報告されてからすでに7カ月近くが経過した。
 この間、肉骨粉の牛への給与禁止を法的に義務化、10月18日からの全頭BSE検査の実施と特定危険部位の焼却、10月17日以前の牛肉流通在庫約1万3000トンの焼却処分や、肉骨粉等を給与された牛5129頭の焼却処分などの対策がとられてきている。
 しかし総務庁統計によれば、牛肉の家計消費量はBSE発生が報告された昨年9月以降、図のように40%以上落ち込んでいる。それに反比例するように豚肉やブロイラー(鶏肉)が伸びており、食肉消費は豚・鶏にシフトした。

牛肉の家計消費量

 実際に首都圏の量販店の店頭をみると、いままでは高値でなかなか手が出せなかった高級和牛肉がかなり安値で売られているが、客が牛肉売場で足を止めることはまれで、豚肉やブロイラー売場に流れている。試食用の肉を焼いていた産地から来たという販売員は、「試食をつまむ人はいても売れません」と嘆く。
 こうした消費の動向を反映して、肉牛枝肉の卸売価格も、和牛(A−4)が12年度平均(4〜3月)の1860円/kgから13年度は1638円/kg(4〜2月平均)と222円下落し、乳牛(B−3)は同じく926円から608円と318円も下落している(いずれも東京市場)。消費の減退と価格の下落という両面からのパンチを受けて、生産者は危機的な状況に追い込まれている。
 BSE患畜発見以後、さまざまな対策がとられてきたにもかかわらず、消費者の不安は払拭されていない。その原因として、1つは日本におけるBSEの感染原因、感染経路がいまだに明らかにされていないことにあるだろう。

◆食の安全性では「食べる人が主権者」

写真提供:JA宮崎県経済連

 日本生協連は3月18日に武部農水大臣へ「BSE対策等に関する要請書」を手渡したが、その中で「新たな発見を恐れて廃用牛の出荷・と畜が大きく滞っている現状は、BSE感染の実態が明らかにならず、かえって消費者の不安の長期化にも繋がっており、問題の本質的な解決を妨げています。廃用牛の正常な出荷と検査を促進し、早期に感染の実態や原因解明に結びつけることが必要です。加えて、検査結果の消費者への正確な情報提供・開示を行うとともに、消費者が冷静に対応できるよう政府の説明責任を果たすことが必要」だとしている。
 また、3月22日の小泉首相への「BSE等食品の安全性確保に関するお願い」では「今回のBSE問題では、今日的な食品の安全性を確保するには、生産振興の立場とは別個に、『国民の健康』や『食品の安全性』の確保を最優先した、総合的な社会システムを確立する必要があることが改めて明らかになりました。また、雪印食品等の不正をきっかけに表示制度への信頼が極度に低下しており、公正で信頼できる制度への抜本改革も必要」になっていると指摘。現在、議論されている「食品安全行政に関わる統一した行政組織」や「食品の安全性の確保のための基本法制定」を積極的に推進し、次のような内容の実現を要望している。
 それは、
1.目的に「国民の健康」や「食品の安全性」を最優先に位置づけるとともに、生産振興に携わる行政組織から独立・分離させる
2.リスクアナリシス(リスク分析)を法に明示し、特に消費者参加のリスクコミュニケーションを確立する
3.食品の表示制度について消費者の権利の観点から、総合的・一元的に見直す
4.食品全般のトレーサビリティシステムを整備する
5.新しい行政組織などの検討に、消費者の参加を保障する
というものだ。
 これを一言でまとめれば、「食の安全」では「食べる人が主権者」だということだ。「情報公開」や「消費者参加」はコーデックス委員会(FAO・WHO合同食品企画委員会)では数年前からいわれていることであり、世界的な流れでもある。

◆農場から食卓までを結ぶ安全システムの確立を

 とくに、生産から消費者が食べるまでの一貫した安全管理とその情報が共有化される「農場から食卓までを結ぶ食の安全システム」を構築する必要があると消費サイドからは強く要望されており、その核となっているのがトレーサビリティだといえる。
 それは、食卓にのぼる牛肉の1つひとつについて、どこで・いつ生まれ・親牛はどんな牛なのか、どのような飼料を与えられ、どんな飼育をされたのか、そしていつ・どこでと畜され、どこで加工され、その流通経路などの情報を記録し、公開することだ。そのことで、消費者はこの牛肉は安全であり安心して食べられると信頼してくれることになる。BSE感染の原因や感染経路が不明な現在、こうした情報が公開されない牛肉について消費者は「不安を払拭できない」ので、通常より安くても購入を控えることになる。

◆すべての牛に耳標を装着しデータベース化

写真提供:JA香川県

 農水省は、BSE発生による消費者の牛肉への不安を取り除き、信頼を回復する切り札の1つとして昨年末から「家畜個体識別システム」を緊急整備事業としてスタートさせた。これは、個体別に重複することのない生涯唯一の個体識別番号を記した「耳標」を装着し、移動や死亡などについて、データベース化して管理するものだ。
 データベースで提供される情報は、国産牛の場合は、生年月日・性別・品種・母牛の個体識別番号・飼養地および転出転入年月日・家畜市場名および取引年月日・と畜場名およびと畜年月日・死亡(へい死)年月日。輸入牛の場合には、上記に加えて、輸入国名・輸入年月日・検疫を受けた動物検疫所または支所名となっている。
 耳標は3月15日現在、211万頭(47%)に装着され、3月末までに約340万頭(75%程度)に装着できる見込みだという。残りの約110万頭については、当初予定の3月末より遅れる見込みだ。しかし、「一斉装着が未了の県においても、出荷牛については出荷時に耳標を装着し、当該牛の個体情報を管理することにより、トレーサビリティを確保する」と農水省はしている。耳標が装着された牛については、その情報が全国データベースに現在、入力されている。

◆インターネットや店頭で生産情報を公開

 さらに農水省では、13年度から「安全・安心情報提供高度化事業」として、野菜、牛肉、加工食品などを対象にITを活用して食品の生産・製造方法などの情報を食品と一緒に流通させ、消費者への情報提供や食品事故の原因究明に活用するシステムの開発と実証試験に取組んできている。とくに、牛肉についてはBSEの発生もあり「緊急的にトレーサビリティ構築に取組む」ことにし、JA全農を事業実施主体とするモデル的な実証試験を行っている。
 これは、牛1頭ごとの生産履歴情報を消費者が、店頭端末あるいはインターネットで検索できるシステムだ。すでに2月21日からイオン大和鶴間店(神奈川県大和市、鹿児島県産牛肉)の店頭端末での検索、3月5日からエフコープ(福岡市、福岡県産牛肉)の生協会員が自宅でインターネットによって検索できるシステムがスタートした。また「全農安心システム」認証の宗谷黒牛の生産履歴については、大阪いずみ市民生協のホームページや高島屋日本橋店(東京)の店頭で情報公開されている。

◆自治体や全農県本部でも取組みはじめる

 農水省の事業とは別に、岩手県、長野県、岐阜県など自治体として独自の取組みを始めているところもある(表参照)。また、JA全農広島県本部や宮城県本部でも、消費の回復には生産履歴の情報公開が必要だと、自主的にトレーサビリティの構築に取組んできている。
 JA全農広島では、昨年から県産牛肉の生産履歴、導入履歴などを記入した「牛肉のセーフティパスポート」を店頭に置き、消費者が生産情報などを確認できるようにしている(詳しくはhttp://www.jacom.or.jp/kaiset02/02021801.htm)。JA全農みやぎの場合は、みやぎ総合家畜市場に出荷される素牛、仙台中央食肉卸売市場に出荷される県産枝肉に生産履歴が添付されている。いずれも全農県本部で出荷する県産牛に限られるが、生産指導から一貫して取組む体制があるから可能だともいえる(詳しくは、JACCネットの「ちくさんクラブ」をhttp://www.jaccnet.zennoh.or.jp/index.html)。
 岩手県産牛肉を産直している生協・ユーコープ事業連合は、「BSE対策が徹底されているか」「本当に安心して利用できるか」をトレーサビリティの視点から生協組合員が産地を訪れ、生産農家・飼料工場・と畜場などを視察し、その結果をホームページで報告している。生協に限らず、消費サイドのこうした動きは今後ますます増えてくるだろう。そして、消費サイドに生産情報を公開できない産地は、淘汰されることになるのではないだろうか。

◆法的な基準づくりも議論に

 トレーサビリティについては、行政主導のものから生産者サイド、消費サイドのものまで多様な取組みがされているが、「農場から食卓まで」追跡できる牛肉は流通している牛肉のまだ一部にすぎない。流通する牛肉のすべてについてトレーサビリティを確立するためには、生産者だけではなく、と畜場、卸売・加工メーカーそして小売店まで含めた体制整備が必要であり、いまはその緒についた段階だといえる。
 また、さまざまなシステムが並存することは、消費者の判断を迷わすことにもなるので、法的な基準を設けるべきだという議論もある。いずれにしても、「食の安全性」を求める消費者の動きはさらに活発になることは間違いないのだから、生産者はいつでも生産情報を公開できるようにいまからでも取組まなければならない。

◆1頭ごとの管理ができる飼養管理ソフト・Cincere

 牛1頭ごとに、給与した飼料、飼育方法、疾病記録などを記録し管理するのは面倒な仕事だといえる。
 JA全農では、パソコンで牛の状況を1頭ごと、牛舎ごと、牧場全体などいろいろな角度から簡単に分析でき、トレーサビリティにも対応できる「くみあい養牛生産管理システムCincere(シンシア)」を開発し提供している。
 BSE発生後の畜産農家、とくに養牛生産者を取巻く状況は厳しい。しかし、落ち込んでいる消費を回復するためには、こうしたソフトを活用して、いつでも自分の農場の状態を正確に把握するとともに、必要に応じてその情報を公開できるようにしておくことで、消費者の信頼を得ることが、いま一番大切なことではないだろうか。


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