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解説記事

特別寄稿
構造改革と農業の行方
この国の農業者は不幸だ
小泉構造改革は今――(下)

三輪 昌男 國學院大学名誉教授


◆非効率な産業はつぶす「骨太の方針」

三輪 昌男氏

 小泉構造改革「骨太の方針」第1弾では、2カ所で農業を取り上げていた(バイオテクノロジー利用の食料生産を別にして)。それを読んで、農業関係者は誰もが(違うだろうか)、農業を重視していると思い、よかったと安心した。
 しかし、私はそうでなかった。この話は『農政運動ジャーナル』02年6月号に「小泉構造改革と農業・農村の行方」という題で書いておいた。簡単に繰り返そう。
 (1)食料生産の農業は国内に存在しないと想定されている、とみて、読み下せる。また、(2)農業の構造改革を当面推進するけれども、国際競争力に欠けつづけるようなら打ち切る。食料自給率は下がってもいい。美しい農村の維持・創造をはかるが、食料生産の農業なしの農村だ。そう読めるのである。
 なぜ、そう読めるのか。理由は2つ。第1は、小泉構造改革立案・推進の中心にいるのが、また「骨太の方針」を書いたのが、竹中平蔵という人だから。
 この人は、住専問題のとき、日本に農業はいらない、農協救済はナンセンスと公言していた。その後意見を変えた形跡は全くない。だから。なお、表現の玉虫色は、竹中氏の政治的妥協による、とみる。
 第2の理由は、非効率な産業をしっかり潰すというのが「骨太の方針」の産業構造ビジョンであり、食料生産の現存の国内農業はほとんどが国際競争力を持たず非効率だから、ということである。
 要するに、第1弾の場合、私のみるところ、農業・農村の行方は極めて暗いものであった。

◆第2弾での農業論はピンボケの感

 第2弾で農業は3カ所に出てくる。
 (1)「ライフスタイル」の関係で、「農林水産省は・・・・平成14年度から、都市と農山漁村を双方向で行き交うライフスタイル(デュアルライフ)の実現に向けて」取り組む、として。
 (2)「食料産業の活性化」という見出しで。これがメイン。食料産業と農林水産業を「真に『消費者』を基点とした」ものに「再生する」といい、7つのことを、いずれも行政当局の課題の形であげている。
 (3)「地域産業の活性化」のところで「農林水産省・・・・はバイオマスの利活用の推進に・・・・計画的に取り組む」、として。
 みるように、第1弾と違ってすべて行政当局の課題をあげる形である。そのためか、また前述の産業構造ビジョンの変更も加わってか、第1弾にあった、非効率の農業不要と読めるアクの強さは薄れている(それでもなお(1)は食料生産不在の農村と読めるが)。
 その代わり、行政当局の課題をあげる形ゆえに、いろいろ書いているが、ピンボケの感を否めない。
 とはいえ、そうしたなかで、新自由主義の発想を出すことは、ぬかりなくやっている。「食料産業の活性化」で、●「農地法の見直し等により国際競争力のある効率的な農業経営を推進する」(=株式会社による自由な農地取得の追求)、●「農林水産生産構造の中核となるような農林水産業者・企業に対して施策を集中する」がそれである。
 何より問題と強く思うのは、農業の現場の悩みに焦点を当てて、それを解決しようとする姿勢が極めて乏しいことである。
 ■WTOで農業の多面的機能の主張を本当に貫き通すことができるのか。■生鮮農産物の輸入がすでに増える一方。これにどう対処したらよいのか。■為替レートが大幅に円安にならない限り、農業が国際競争力を持つことはほとんどありえない。■生産調整問題を起点にした米問題検討の現状と先行きは、不安だらけだ。
 小泉構造改革の立案・推進者は、こういう問題に正面から取り組む資質に欠けている。そういうことは市場に任せておいて、〈強きを助け弱きを挫く〉ことだけやっておれば万事うまくいく、と考える資質だけ持っている。どうやら、そういうことのようなのである。

7月閣僚懇での首相指示はあせりの表れ

 7月に小泉首相は「制度・政策改革案」の取りまとめを各大臣に緊急指示した。やる気満々。いや、そうではないのではないか。首相の政治家としての感覚は一流だ。骨太第2弾の内容をみて、このままではまずいと緊急指示した。つまり、あせりの表れ。私は、そうみる。
 農林水産大臣への指示は次のとおり。「国民の期待に応える食料産業の活性化と農業の構造改革を推進する観点から、以下の制度・政策改革を論じていただきたい」農産物・食品流通体制の見直し(特に、農協改革、安心・安全の観点等)。米政策の見直し(特に、生産調整等)。企業的農業経営が展開するための制度改革(意欲と能力のある経営体への政策の集中等)。規制改革の観点(例・土地利用規制法の見直し)。
 あえて全文引用したが、目新しい検討項目・観点はない。
 大急ぎで訂正。いや、一つだけある。「特に、農協改革」がそれだ。去年6月の農協改革2法の成立で、当局主導の農協改革は終わったとみていたが、そうではないと、新たに宣言されたのだ。
 それ以外に目新しいものなし。とすると、新自由主義施策の具体化で、現場が混乱し、破壊されるだけで終わり、という方向に進む、ということになりそうである。

「『食』と『農』の再生プラン」の怪

 農林水産省は上記中見出しの「・・・・再生プラン」なるものを、今年4月11日付で公表している(その後5月30日に「食料産業の構造改革について/『〈食〉と〈農〉の再生プラン』の推進」を公表)。首相緊急指示には、これを中心に対応していくことになるのだろう。
 率直にいって、「・・・・再生プラン」をみて、私は驚いた。
 まず、農水省はいつから運動団体になったのか、と。「×××します」が繰り返されている。まるで、JA全国大会の方針書のように。農水省の職員は何人いるのだったか。彼らだけでやれる話ではない。つまり「民」を動員してやろうというわけだ。しかし、それは、「官」の思い上がりである。
 次に、農水省はいつから計画経済を信奉するようになったのか、と。何年か前、軸足を市場原理に移したばかりというのに。
 よくみると「農協系統組織の改革を促します」とある。そこでまた、大急ぎで訂正。先ほど、首相緊急指示に一つだけ目新しいものがある、といった「農協改革」は、実は「・・・・再生プラン」にあったのだ。
 それにしても、農水省はなぜ去年の改革2法だけでは駄目というのか。食肉偽装など農協は味噌を付けた。それが一つ。より大きな理由は、下働きをさせようとしても思うように働かないから、だろう。
 しかし、だからといって、農協に改革を命ずることが許されていいのか。


 この国は全くおかしくなってしまった。この国の農業者は不幸だ。心底から、そう思う。


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