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解説記事

時代のニーズにあった水稲育苗箱用殺虫殺菌剤
省力化に貢献する育苗箱処理剤
田植同時散布技術にも大きな期待

近藤俊夫
 JA全農営農総合対策部農薬研究室長に聞く



 苗づくりに大きく貢献している水稲育苗箱処理剤は、バリエーションに富んだ新製品が市場にあり、いっそう省力化を高めた。また、田植同時散布技術にも大きな期待が寄せられている。水稲育苗箱処理剤の動向をJA全農営農総合対策部の近藤俊夫農薬研究室室長にインタビューした。

 ――水稲育苗箱処理剤・処理技術は、育苗に対してどのように貢献していますか。

近藤俊夫氏

 近藤 農村構造が大きく変貌している中で農家の高齢化が進んでいることから、省力化のメリットが1番大きい。育苗箱処理を行うことによって、本田での薬剤散布は病害虫の発生状況を自分の目で確かめながら行うことができ、散布回数を減らすことができるからだ。使用する薬剤も少なくてすみ、結果として低コスト化も期待できる。
 本田散布に比べて、田植のとき根の回りだけに薬剤を処理できるため、薬剤がより効率的に稲にとりこまれることから、薬剤の持つ効果がより発揮できることになる。しかも、水中に溶けでる量も少ないことから、広く環境保全につながってくる。まさに時代のニーズにマッチした技術だといえる。

◆バリエーションに富んだ新製品が市場に

 ――育苗箱処理剤はどのような変遷を経てきていますか。

 近藤 もともと、育苗箱処理剤は、ひとつの有効成分から製剤化された単剤から出発しているが、ここ数年の現象として殺虫剤、殺菌剤ともに極めて持続効果の高い薬剤が開発されてきたことから、これらを合理的に配合した2種混合剤、3種混合剤などが市場投入され、マーケットが一気に広がってきた。各メーカーとも新製品への開発意欲が高く、さまざまなバリエーションに富んだものが市場にある。それだけに、農家に対する指導がこれまで以上に重要となってくる。

 ――ちなみに、育苗箱処理剤はどれくらいの薬剤がありますか。また、その市場規模はどれくらいになっていますか。

 近藤 平成13農薬年度で30種強が市場にあり、平成14年度に数種が追加され、本年度の農薬登録取得予定のものを合わせると40種を超えると思う。長期持続型の市場は、約150億円くらいか。

 ――農家が使用する薬剤を分かりやすくするためにも、いわば交通整理が必要ですね。

 近藤 新製品のパターンは、基本的には薬剤のコンビネーションの違いから確定されている。ご承知のように、日本列島は弓なりに南北に長いため、病害虫の発生も地域によって大きく異なっている。その違いは、例えば北日本と西南暖地で端的に現れている。まず、より高い効果を得ていくためにも、地域の病害虫発生状況・生態を十分に把握したうえで、その地域に最適な薬剤を選択していくことが重要だ。
 また、処理方法で色分けしてみると、播種時期に処理するもの、灌注していくもの、田植直前に使用するものなど、多くのバリエーションが出てきている。農家にとって、より多くの選択肢が広がることは大きなメリットとなり、全農としてもこの広がりを大切にし、技術指導を中心に一層キメ細かな対応で取り組んでいきたい。
 さらに、最近、育苗作業の省力化を目指し、播種と同時に処理できる薬剤が開発され期待が寄せられている。ただ、薬剤の特性を考慮すると、薬害や効果の点から見て、現在のところ全ての薬剤が播種同時処理に適しているわけではない。農家に対する「低コスト農業資材」の提供からも、メーカーには開発競争におけるコスト高にならないようお願いしたい。

◆耐性菌、抵抗性対策はローテーション散布の検討も

 ――育苗箱処理剤を使用する際の留意点はいかがですか。

 近藤 過去の事例でも、同じ薬剤が長期間連続して使用された場合、耐性菌や抵抗性害虫が問題となった事例がある。この中で、近年では、本田での農薬散布に代わって使用量が増えている長期持続型の育苗箱処理剤の一部で、効かなくなったという話題が出始めている。特に、西日本でのいもち病、また、東北地方のごく一部だがイネドロオイムシで効きが良くないという事例も報告されている。
 育苗箱処理剤も、普及開始から長期間にわたって同一薬剤が使用されている地域も多いと思われる。耐性菌や抵抗性には、十二分に留意していく必要がある。場合によっては、性格の異なった薬剤によるローテーション散布の検討も必要だ。

◆期待される田植同時散布技術

田植機

 ――いっそうの省力化で期待される田植同時育苗箱処理剤散布装置開発の背景は。

 近藤 育苗箱処理では、一般的に稲に対する薬害を極力避けながら、より安定した効果を確保するために、移植の当日もしくは移植前3日くらいの間に、育苗箱ごとに一定量を均一に散布する必要がある。この作業は、本田散布に比べラクになったとはいえ、田植を目前に控えた忙しい時期でもあり、実際にはなかなか大変だ。
 最近では、播種と同時に育苗箱に処理できる薬剤も開発されているが、全農では1999(平成11)年より農機メーカー2社とタイアップし、育苗箱処理剤を苗に処理しながら田植をする装置の開発に取り組んできた。

 ――その成果と特長はいかがですか。

 近藤 開発中の装置は、植付けや苗送りと連動した散布装置から移植直前の苗に薬剤を施用する方式で、これまでの試験結果では1箱ごとの散布量、散布の均一性、生物効果ともに優れた結果が得られている。
 その主な特長を挙げると、1、散布時間はゼロ、2、全ての育苗箱施用剤が使用可能、3、均一処理ができる、4、田植をする苗だけに処理するため薬剤のムダがない――など。すでに、ほぼ実用化の目途がついており、大きな期待を寄せている。
 今のところ、対象となる薬剤の数は少ないものの、田植と同時作業を目指す技術として側条施肥に農薬入り肥料を用いる方法も実用化されており、いずれも省力的で環境負荷の少ない新技術として有力視される。

 ――新技術の成就が期待されます。田植同時除草剤散布技術についてもお願いします。

 近藤 水田に除草剤を散布すると、その成分の大部分は土壌表面に吸着されるが、一部は水中に拡散溶解していく。特に、散布直後の濃度が比較的高いため、除草剤散布後はしっかり止水を行い、河川に流出しないよう注意が必要だ。水環境を保全する立場から薬剤散布を考えた場合、水管理が最も徹底される田植直後の散布がもっとも好ましいといえ、それを実現したのが「田植同時散布」だ。
 この技術は、田植と同時に散布しても稲に薬害が無く、しかも雑草に対する効果が長持ちする長期残効性能を持った薬剤が開発されたため可能になった技術だ。
 具体的には、乗用田植機に除草剤の散布装置を着けて、田植作業をしながらフロアブル剤や粒剤を散布してしまうもので、「散布作業時間ゼロ」の省力技術として注目されている。
 フロアブル剤用は「滴下マン((株)クボタ)」など、粒剤用は「まきちゃん、こまきちゃん(まきちゃんの改良廉価品:本年度発売開始)(いずれも(株)クボタ)」、「GS1(共立(株))」、「イノベーター((株)丸山製作所)」などの散布装置がある。いずれも実施にあたっては必ず田植同時処理できる薬剤であることを確認すること、代掻きを均一にすること、などの注意事項をしっかり守ってほしい。

◆農家と顔の見える関係の構築へ

 ――3月10日より「改正農薬取締法」が施行されます。混乱を招かないための農家への指導は。

 近藤 昨年の無登録農薬問題から波及した農薬取締法の改正だが、特定農薬、マイナー作物対策など多くの課題を残している。問題は、改正そのものにあるのではなく、施行後の運用にあると思う。全農としても、いままで以上の技術指導、営農対策が重要となってくるが、例えば「全農安心システム」は戦術の一つとして期待される。よりいっそう現場に近づいた、顔の見える関係を農家との間で構築していきたい。

 ――ありがとうございました。 (2003.2.25)


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