「米政策改革」なるものが進行している。そのさなかに行われた本紙恒例の「米政策アンケート」の集計結果が発表された。
この調査は全国の992のJAの中から、綿密な設計にもとづいて、169のJAを調査対象として選定し、集計したものである。調査に回答したJA数は156で、回収率は実に92%だった。
したがって、この調査結果は全国のJAの意志を忠実に反映したものと考えてよい。
◆あいまいな「改革」
調査結果をみると、現在進行中の「米政策改革」の中身は理解できない、と多数(74%)のJAが回答している。
こんどの「改革」は「メッセージが明瞭で分かりやすい」ことが第一の「理念」だと言っているが、多くの農業者にとっては全くその逆で、なにを言っているのか、さっぱり分からない、というものである。
なぜ分からないのだろうか。もっと時間をかけて、じっくりと説明を聞けば分かるのだろうか。そうではない。中身そのものが曖昧模糊としているのである。
◆農業者は主役ではない
「改革」では、今後の減反は、農業者が主役になるというのだが、まずこの点が分からない。
それでは、いったい今までは誰が減反していたというのだろうか。今まで農業者はワキ役だったというのだろうか。そのとき主役は誰だったのか。脚本家は誰で、誰が演出家だったのか。そもそも農業者は舞台の上で、虚構を演じるようにして減反をしていたのだろうか。
そうではない。農業者は観客などいないところで、整然と減反を実行してきた。減反の失敗、つまり米価が回復しないどころか、下落しつづけることに強烈な不満を抱きながら、しかし減反しなければ、もっとひどいことになるので、やむをえず身を切るようにして、主体的に減反を行ってきたのである。
だから、今後は農業者が主役になる、といわれても、何のことやら分からないで、とまどうだけである。米政策を、しかも、その中核になる減反制度を、どのように改革するのか理解できないのは、むしろ当然のことである。
◆政府の責任を明確に
「改革」で言いたいことは、次のことではないか。つまり、今後の減反は農業者の責任で行い、政府は新しい減反制度がもたらす結果について、全く責任を負わない、ということではないのか。
だから「主役」などとわけの分からぬことを言うのではなく、「政府はいっさい責任を負わない」と言うべきだったのである。
しかし、そうなると減反制度は改革どころか、制度じたいが崩壊するだろう。その結果、わが国の稲作は壊滅し、輸入米に蹂躙されてしまうだろう。このことは、すでに本紙(02・9・5日号)で述べた。
それゆえ、あからさまに「政府は責任を負わない」と言ってしまうと、農業者からだけでなく、国民からも激しい反発を受けるだろう。アンケート調査でも大多数(87%)のJAが政府の責任の明確化を求めている。
そのことを予想して、だから「主役」などという曖昧な言い方をしたのだろう。「改革」の中身が「分からない」というのは、言うまでもないことだが、「反対だ」ということを、やさしい心づかいで、婉曲に表現したものなのである。
◆売れないのは農業者の責任ではない
「売れる米づくり」というのも、わけの分からぬ言い方である。これも「改革」の中心的な考えで、これからは売れる米づくりをするのだという。では、今まで売れる米づくりをしていなかったのだろうか。
自給自足の時代はともかく、商品生産として米づくりをしてきた数百年の間、農業者は売れる米づくりを続けてきたのである。いったい「改革」は何を言いたいのだろうか。
すぐに思いつくことは、いま、売れない米、つまり在庫米が大量に売れ残っていることである。その原因は減反の失敗と輸入である。国内生産で需要を十分に満たしているのに、大量の米を輸入しているからである。
それなのに「改革」では、輸入米を全く無視している。輸入という言葉さえ、どこにもない。
この輸入米に目をつむって、売れ残るのは売れる米づくりをしていないからだ、と言いたいのだろう。そして、その責任を農業者に押しつけようとしている。在庫圧力で米価が下がるのも、農業者が売れる米づくりをしないからだ、と言いたいのだろう。
そうではなくて、売れ残るのは、また、その結果、在庫圧力で米価が下がるのは、米政策の、ことに輸入米と減反政策の失敗が原因なのである。
◆選別政策をやめよ
「米づくりの本来あるべき姿」というのも、分からない。
小規模な兼業者や高齢者にとっての「あるべき姿」と大規模な専業者にとっての「あるべき姿」は全く違ったものだろう。この両者が集落ごとに話し合って「あるべき姿」を作るというのである。
政府は中立的な立場のようにみえるが、しかし、そうではない。「改革」では、大規模専業者だけを対象にして、米価下落時の対策を用意している。つまり、小規模農業者を切り捨てて、大規模農業者だけの米づくりを「あるべき姿」と考えている。
これでは話し合いは成り立つはずがない。その結果、共同体としての集落は崩壊してしまうだろう。
◆減反制度の真の改革を
このように、わけの分からぬことを数え上げればきりがない。しかも、根本的なところで訳が分からない。だから、すべてが曖昧になるのである。
このことは、今後この政策を具体化するなかで、換骨奪胎する余地があることを意味している。
では、どうすればいいか。それは輸入米のゼロをめざした削減と、減反制度の真の改革によって、米価を再生産が可能な水準に回復し、維持することである。
このアンケート調査でみられるように大多数のJAは、輸入と減反政策の失敗によって積み上がった、過剰米の処理を要求しているし(80%)、米価の下落対策を要求している(87%)。
この根本のところをないがしろにした「改革」は、米政策の混迷を深めるだけに終わるだろう。
米政策の改革のまえに、まず改革すべきは、政策立案者の頭脳ではないのだろうか。(2003.4.21)