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解説記事

消費者の期待に応え、魅力ある養豚経営を
SPF豚でハイコープ100万頭生産体制へ


 近年の日本の畜産産業は、輸入圧力との戦いの歴史だともいえる。牛肉に続いて昭和46年に自由化された豚肉生産は、平成元年をピークに年々減少し、自給率は当時の8割弱から6割を割り込むまでに落ち込んでいる。一方で、安全・安心で美味しい国産豚肉を求める消費者ニーズも高まっている。そうした中でJA全農は平成10年からハイコープSPF豚による「肉豚100万頭生産体制」の確立に取り組んできている。そこで、この取り組みの現状などについて紹介することにした。

◆55%に落ち込んだ豚肉自給率――世界一の輸入国
豚肉生産の推移

 日本の豚肉生産の現状は、表1のように、飼養頭数は平成元年の1186万6000頭をピークに減少を続け、14年は961万2000頭となっている。そして昭和40年には70万戸以上あった生産農家は、飼養者の高齢化や後継者不足、価格の低迷などから小規模農家を中心に廃業・転業する農家が多く、14年には1万戸にまで減少した。その半面で、大規模経営の拡大が一段とすすみ、1戸あたり飼養頭数は平成元年の236頭から14年にはその4倍の961頭へ増加し、約8割の生産者は子豚生産からの一貫経営を行っているといわれている。
 一方、豚肉の消費量は着実に増えているが、国内生産量が減少しているために輸入が増加し、自給率は平成元年の76.4%から13年には55.1%にまで減少した。日本は世界一の豚肉輸入国で、13年の輸入量は約93万トンと世界の豚肉貿易量の3分の1を占めている。
 こうしたなかで「養豚経営を魅力ある産業として確立」するために、JA全農は平成8年の畜産委員会で「系統養豚生産基盤の再構築に向けて――肉豚100万頭生産・販売体制整備構想」を打ち出す。この構想は、ハイコープSPF豚による生産を、平成10年を初年度に16年まで7カ年で100万頭にしようというものだ。

◆日本人好みの味で、発育早く、育成率高いSPF豚

 SPF(Specific Pathogen Free)豚とは、オーエスキー病、豚流行性肺炎(SEP)、萎縮性鼻炎(AR)、トキソプラズマ病、豚赤痢という養豚生産を阻害する豚特有の5大疾病を生まれたときから持たない健康な豚という意味だ。今日の多頭数・集約的な養豚生産方式では、豚は病気の悪影響を受けやすく、病気の多い環境下では生産性が大きく低下する。SPF豚の場合には、帝王切開によって特定の病気にかかっていない健康な豚を取り出し、これを徹底した衛生管理のもとに増殖して清浄な種豚群をつくり、この原種豚の組み合わせで安全で高品質な豚肉を効率よく生産する手法がとられている。
 徹底した防疫体制と衛生管理の下で飼育されるSPF豚は、豚が本来もっている健康状態を維持しているので発育が早く、一般豚の190日に対して160日程度で出荷できる。また、飼育途中での死亡が少ないので育成率が高いほか、繁殖成績も良いという。
 さらにハイコープSPF豚の場合には、発育が非常に早いにもかかわらず枝肉の正肉歩留がよく、背脂肪が均一で適度な厚さをもつという特徴をもっている。また、豚肉の繊維が一般豚に比べて細かく、均一な筋間脂肪があり肉質が柔らかいのも日本人の好みにあった大きな特徴だといえる。さらに、豚肉特有の臭みがなく食べやすいという消費者の評価もある。

◆82万頭年間出荷体制の実現間近

冬の全農東日本原種豚場
冬の全農東日本原種豚場

 JA全農では、平成2年に全農東日本原種豚場(岩手県雫石町)を新設したのを機に、ハイコープ原種豚群をSPF化し、このハイコープSPF種豚を利用して、全農の定める飼養管理条件と処理・加工条件、品質規格を満たす生産基盤づくりに取り組んできていたが、これを柱にして100万頭の生産・販売体制をつくろうというのが「構想」の目的だ。
 ハイコープSPF豚の事業体系は図のようになっている。ピラミッドの頂点では、帝王切開でSPF化した基礎豚をもとに原種豚の系統造成を行っている。従来この作業は、全農飼料畜産中央研究所で実施していたが、新規に専用の系統豚開発農場を設立する計画を進行中である。そして東日本原種豚場では、ハイコープSPF原種豚の系統維持と増殖により純粋種豚とAI(人工授精)用精液の生産と供給を行っている。
 東日本原種豚場から純粋種豚の供給を受けてF1生産種豚場(県・JA)で、ハイコープSPF・F1雌を生産し、これを肉豚生産農場に供給する。肉豚生産農場では、このF1雌と東日本原種豚場から導入する雄豚やAI精液を利用してハイコープSPF肉豚を生産するわけだ。
 平成15年3月現在の状況は、東日本原種豚場の稼動母豚数は、ランドレース種(ゼンノーL―01)360頭、大ヨークシャー種(ゼンノーW―01、同W―02)140頭、デュロック種(ゼンノーD―01)200頭、合計700頭。
 F1生産農場としては、広域供給型の秋田(500頭)、長野(300頭)、愛媛広見(200頭)、大分(550頭)、東和牧場(300頭)とコンベンショナル(一般豚)供給と併用で管内供給だけに限定された愛媛野村(100頭)、長崎(50頭)、熊本(50頭)、岩手(300頭)がある。
初産から10頭以上の産子数が期待できるF1の雌
初産から10頭以上の産子数が期待できるF1の雌
 そしてハイコープSPF肉豚生産農場(CM農場)は全国に73農場あり、母豚数は3万4000頭で、年間肉豚出荷頭数は76万頭となっている。
 15年度中には6農場(CM)(母豚2890頭、肉豚6万5000頭)の新設が計画されており、これが実現すれば年間肉豚出荷が82万5000頭となる。
 SPF豚については、昭和44年に設立された日本SPF豚協会があり、平成6年から、防疫体制・衛生管理について一定の基準を設け、これに達した農場を認定する制度を設けている。13年度末の認定農場は160戸、飼育母豚数は5万8665頭となっており、その25%をJAグループの設定農場が占めていることになる。
 いま、“食”の安全・安心に対する関心が高まっている。しかしそれは、安全であればいいというものではない。安全・安心は当たり前のこととして、美味しくなければ消費者に受け入れられない時代になっているともいえる。
 そういう意味では、ハイコープSPF豚は、いまの時代のニーズにぴったりあった豚肉だとして、生協や消費地から注目される存在になっている。

◆日本の食文化にあった品種の改良に取り組む

 全農では、欧米の赤身肉嗜好と異なり、脂肪の味を楽しむ日本人の食文化に応えるような品種改良を行い肉質の向上につとめていくという。その内容を以下に紹介してみよう。

◆ランドレース種

 雌系品種であるランドレース種豚にまず求められる能力は、優れた繁殖性能だといえる。しかし、1腹産子数や離乳頭数といった性能は遺伝率が低く、小規模の育種集団では効率的な改良が難しい。現在、「ゼンノーL―01」は、原種豚場である東日本原種豚場と広域F1生産農場5農場であわせて2200頭の母豚が稼働している。これらはすべて東日本原種豚場で生産された種豚であり、同一系統のランドレース母豚集団としてはわが国で最大規模のものだ。この規模を利用して、全農では「大規模育種集団を利用した超多産母豚の選抜による繁殖能力の改良」をL―01に応用している。
 この方法は、すべて血縁関係をもっている2200頭のL―01母豚の全個体で、過去の繁殖成績データをもとに繁殖能力に関する遺伝的指数(育種価)を算出する。この計算にはBLUP法という分析手法を用いるが、これは育種集団が大きいほど、また集団の血縁関係が明らかなほど精度が高まる。この方法で、2200頭の母豚を繁殖能力の育種価でランキング化し、最上位の超多産系母豚を選抜する。
 これらの超多産母豚をやはり能力の高いL―01雄豚の精液を使って人工授精して妊娠させ、妊娠末期に帝王切開し、無菌的に摘出した子豚のみを東日本原種豚場に戻す。このような方法で、卓越した繁殖能力の遺伝形質を有するスーパー種豚を確実に生産集団に組み入れることにより、L―01群全体の繁殖成績を効率的に改良することをねらっているわけだ。

◆大ヨークシャー種

 大ヨークシャー種は中間品種として、肢蹄が丈夫であること、強健性にすぐれていること、繁殖性が高いこと、が求められる。
 全農はこれまで「ゼンノーW―01」と「ゼンノーW―02」の2系統の造成と普及を通じて、独自の閉鎖群育種で大ヨークシャー種の改良を行ってきた。しかし、大ヨークシャー種は世界にもっとも多くかつ広く分布しており、血統的にも能力的にも非常に多岐に渡っており、品種としての改良の余地がもっとも多く残されているといえる。
 そこで全農では、とくに優れた形質を有する大ヨークシャーの系統を積極的に外部から導入し、系統造成の手法を利用して現行の「ゼンノーW―02」に優れた形質を導入する、という改良に着手する。この方法により、従来の系統造成よりも短期間で能力の優れた新系統が作出でき、世界的にスピードアップしている豚の育種改良効果をいち早く自らの系統に取り込むことが可能になるという。

◆デュロック種

 現在全農が普及している「ゼンノーD―01」は産肉能力が高く、肢蹄も丈夫で乗駕欲も旺盛で睾丸の発達も良く、止め雄としてCM農場から高い評価を得ている。
 また、精液活力が良いため、AI(人工授精)用希釈精液の保存日数も長く、AI利用農場での評価も高い。
 全農では、引き続きゼンノーD―01をベースとし、さらに肉質を最重視した「ゼンノーD―02」の造成に着手し、広範なCM農場の要望に応えられる体制を築く計画だという。

◆魅力ある産業へ

ハイコープSPF豚の事業体系図

 輸入豚肉の増大、高齢化や後継者不足、さらに16年11月から施行される環境3法への対応など、国内養豚を取り巻く環境はきわめて厳しいといえる。その半面、BSE問題発生以後の消費者の動向をみると、安全・安心で、新鮮で美味しい国産農畜産物への期待が高まってきている。
 従来の生産体系をそのままSPF豚生産に移行することはできないが、消費者のニーズに的確に応え、魅力ある産業として養豚経営を確立していくためには、全農が提案している「肉豚100万頭生産体制」の確立が急がれなければならないのではないだろうか。 (2003.4.3)


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