農業協同組合新聞 JACOM
   
解説記事

農業白書を読む

安心のブランド「JA」再生を共通目標に
長南 史男 北海道大学大学院農学研究科教授

◆新たな課題重視した15年度の農業白書

 日本農業は、昭和1ケタ世代の交代によって、より少数の担い手へ移行する局面に入っている。2002年の農業生産額は8兆9千億円で、1984年ピーク時の約76%である。農家所得は6年連続して減少、農業所得のみならず農外所得も減少している。カロリーベースの自給率は40%をかろうじて維持したが、国内農業交易条件は悪化し、このままでは自給率の低下が予想される。
 平成15年度版農業白書は、「食料の安定供給システムの構築」「農業の持続的な発展と構造改革の加速化」「活力ある美しい農村と循環型社会の実現」の3つの章から構成されている。食の安全と農業の多面的機能という新たな課題を重視した構成になっている。

◆輸出国まかせでは食の安全は保てない

長南 史男教授
おさなみ・ふみお
昭和23年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科博士課程単位修得退学。昭和52年帯広畜産大学助手をへて、現在北海道大学大学院農学研究科教授(農業経済学講座)。昭和61〜62年米国カリフォルニア大学デービス校(客員研究員)。

 「食料の安定供給システムの構築」は、食の安全と安心の確保に向けた政策枠組みを解説している。まるでパンドラの箱から飛びだしてくるような勢いで食のリスクが顕在化し、日本は大丈夫という自信は吹き飛んだ。国境を越えた食の安全が予想を超えてリスクの高いものであったために、国民の農業への関心はかつてなく高まっている。
 昨年、食品安全基本法が制定され、食品安全委員会が内閣府に設置された。鳥インフルエンザが典型であるが、もともと国境のない、地球に生きるものたちの連鎖がもたらすリスクをどのように受け止めていくべきなのだろうか。「安全なら、どこで生産されたものでもよい」という考え方の甘さ、輸出国に任せきりで安全な食料を安心して得ることができないことが明らかになったのである。かかる意味で消費者サイドに立って、米国のBSE対策の交渉も粘り強く、根気よく続けねばならない。
 一方、厚生労働省は食品衛生法の一部改正によって、3年以内に動物用医薬品、飼料添加物を含む農薬等に食品残留基準がない場合、その使用を禁止するポジティブリスト制を導入することを決定した。これによって、国内農産物は食卓レベルにいたる安全管理を徹底させる責任が生じている。厚生労働省と農林水産省の協力のもとでリスク評価とリスク管理の体制が整えられつつある。

◆不透明な貿易協定は食料の安定供給ゆるがす

 農業貿易交渉ではWTO、FTA交渉の動きが急である。2国間のFTA協定締結の動きは市場開放のスピードを速める。日本とアジア諸国間の貿易額は急増しており、アジア諸国の日本の農産物市場への期待は大きく、FTA交渉によって市場開放圧力は強くなる。ここで注意すべきは、相手国によって異なる国境措置を生み出す可能性の高いFTAは、スパゲッティに比喩される複雑な貿易のねじれ構造を生み出す可能性があることである。食料の安定供給は、不透明な貿易協定からは期待できないことを強調しておきたい。
 農業の持続的な発展と構造改革は基本法農政以来、一貫した政策である。白書では、これを加速化することが目標とされている。品質の向上が重視され、小麦、大豆の品質向上が課題とされている。これまで高付加価値作目として日本農業を牽引してきた野菜は、輸入ものとの競争で苦戦。食の簡便化志向の強い若年層を中心に果実離れとある。畜産物はBSE、鳥インフルエンザの影響で需要が減少している。
 需要サイドはよい状況にないが、新たな需要を開発する努力が重要である。売れる米づくりで、用途別の新形質米を強調しているのは、その一例である。これまでは高品質米のみに注意が払われてきた観があるから、加工度を高めたコメの新規市場開発は挑戦する価値があろう。コメの輸出可能性を探る積極姿勢もみられる。日本人の海外駐在者が百万人規模になり、また日本の食文化が海外に浸透しつつあるから、一定の需要を見落としていたともいえる。

◆日本型の持続的な循環農業モデルの発信を

 白書では、北海道の大規模畑作が大きく取り上げられている。北海道の畑作風景を米国の単作風景と比較すれば、ヨーロッパ農業を手本としつつ、日本の食を支える独自の輪作体系が定着していることに安心感を覚える。労働生産性を高めることが北海道畑作の基本で、これは国際化してゆく際の必要条件である。品目横断的な直接支払いが課題になっているようだが、構造改革を加速化するためには、かんどころを忘れずに戦略的に進めなければならない。
 農業の持続的な発展と構造改革によって生産性上昇の速度をあげ、活力ある美しい農村と循環型社会の実現がなされることが、理想の農業政策である。生産性の向上と環境問題の解決は短期的には両立しないが、農業が真に効率的であれば農村が美しくなるという論理を構築することは、長期で可能となる。白書では両者の関係が明瞭でなく、日本型の持続的な循環型社会の農業モデルの発信が待たれる。
 北欧などの環境先進国では、きびしい環境規制が農業にも適用され、これが技術開発を促進し、農業支援組織の役割が重要になり、個別経営との代替補完関係が形成されている。農家・農業支援組織と農業政策の拮抗から生まれるダイナミクスが重要である。有機農業の農業総合生産性は、現在の慣行農業と比較して20〜30%低い。同様に、循環型農業を導入し、家畜糞尿をバイオガスとして資源利用するためには、システムへの投資と輸送コストが必要になるから、農家の農業生産性は低くなる。このように、循環型農業が定着するために解決すべき課題は明確である。都市や他部門を引き込んだ大きな技術革新が必要である。

◆問われるのはアグリビジネスの責任

 〈農協に対する消費者や農業者の信頼が大きく揺らいでいる〉との小見出しがある。農協による農産物の販売・取扱額は4兆7千億円、農協の販売・取扱高シェアーは平成9年の57.6%から53.0%に減少している。組織が硬直化し「組合員のための組織」というよりも「組織のための組織」という色彩を強めていることが農家の農協離れの原因であること、さらには、相次ぐ偽装表示の発覚が指摘されている。短い文章のなかに厳しい言葉が並んでいる。農業政策が市場志向的な「合理的な価格」競争を促進させた結果が、農家、消費者の農協離れであるとするなら、まことに深刻な事態と認識しなければならない。
 農林水産省は、「農協のあり方に関する研究会」による報告書を昨年3月にまとめたが、そこでは農協の構造改革を促進する方針、改革の具体的な数値目標がいくつか設定されている。また農協系統以外の生産者団体との公正競争・公平競争の条件を確保するため、16年度から、「新規の」国庫補助金は農協系統に限定しないという具体的な改善措置を講じている。非農業部門の参入を可能にする規制緩和や株式会社組織の導入が話題となる状況において、先手の手番をとろうとする積極性のあらわれとみなせよう。
 しかしながら、肝心の農協改革の手段についてはっきりしない。たとえば、生産資材価格の引き下げは農協のみで決めることができない。すなわち、肥料産業や関連産業そのものの保護体質がどの程度変化したのか、なんら言及されていないのは片手落ちである。農産物価格の低下趨勢にあって農業資材価格が下がらなければ、自給率は必ず落ちる。農家の競争力ではなく、アグリビジネスの競争力が問われるのである。農協のみに責任を求められないことを強調しておきたい。

◆農業協同組合は日本の元祖NPO

 農協に内在するパワーを最大限引き出すためには、どうしたらよいのであろうか。世界の多くの農業協同組合は商社と変わらなくなってきている。どこでもボーダーレスな競争の時代に合わない存在なのである。日本の農協は協同組合原則を重視した、世界でもまれな存在になりつつある。それは、小さな農家のよりどころであり、地域の顔である。活力ある美しい農村には、いろいろな人々が必要とされることを忘れてはならない。
 白書でも集落営農と大規模農家の共存共栄の事例をあげているが、さまざまな協力が可能である。多様な組合員をかかえるなかで、合意形成における一人一票の原則をどのように有効に機能させることができるか。国際競争に立ち向かおうとするアグレッシブな層、ほどほどに農業を続け、地域でよりよい生活を求める層、これら両極がどのような1票を行使することができるのか、この一点に農協の将来がかかっている。農協は日本の元祖NPOであることを自負すべきであろう。
 各農協が農協間で協力解を求める可能性は大きく残されている。核になる地域農協がもてる技術を移転しながら、ともに成長する方向をめざしてほしい。1980年代、野菜のマーケティングでは作型という農業本来の特性を生かしながら、全国的な供給体制がつくりあげられたではないか。これは「食料の供給安定」の典型であり、奇をてらう必要はない。
 明治時代に西から東へ米作の高い生産技術が伝播したように、平成の技術交流が重要である。たとえば、京野菜はサラダ感覚の漬物を生み、いまや、サラダ感覚にあう漬物原料として北海道産だいこんが使われているといった連鎖に注目するのである。牛乳のマーケティングはコメと違って、見た目がそれほど変わらない。メーカーやブランド名を使用しない共通宣伝が可能であるし、国産農産物の市場の基礎を固める手段である。この点、コメの主要品種がコシヒカリである事実を忘れていないだろうか。安心のブランドJAの再生を共通目標として、国内農業生産を底上げする可能性はまだまだ残されている。白書でいうジャパンブランドはそうしたなかから生まれてくることを期待する。
 トヨタの販売総額は10兆円をはるかに超える。私たちの農業部門は1社の販売額にも満たない。しかしながら、1億3千万人の食の安全と安心を保障しているのは私たちである。農協が重要な結節点になること、飽食の日本にあって困難な仕事であるが、それは元祖NPOにとってますます重要な役割なのである。 (2004.6.15)



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