農業協同組合新聞 JACOM
   
解説記事
JAグループの畜産環境対策
たい肥化など有効利用の促進を−『環境規範』への対応も課題
「家畜排せつ物法」11月から完全施行


 平成11年7月に成立した「家畜排せつ物法」(家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律)が今年11月1日から完全施行された。同法では家畜排せつ物の管理基準が決められており、一定規模以上の畜産農家に適正な管理を義務づけたもの。
 この法律は完全施行までに5年間の猶予期間を設けて、すべての対象農家が法律に対応できるよう必要な農家への施設整備などの取り組みを進めてきた。今回は改めて同法が制定された背景と環境保全に配慮した畜産など今後の課題について考えてみた。


◆適正な管理が求められる時代

 家畜の飼養で発生する家畜排せつ物は、わが国では年間約8980万トン(平成15年)になるとみられている。
 この家畜排せつ物は、従来は農作物や飼料作物生産に有効な資源として利用されてきた。しかし、畜産経営の大型化が進む一方、高齢化が進行し農作業は省力化されるなど、家畜排せつ物を資源として利用することが各地で難しくなった。同時に、いわゆる「野積み」や「素堀り」などの不適切な管理も多くなり、地域住民とのトラブルや環境問題まで生じる例も増えてきた。
 たとえば、畜産経営に対する苦情発生件数は15年では約2600件でピーク時の1万1600件(昭和48年)にくらべれば大幅に減少している。しかし、苦情発生率(苦情戸数÷畜産農家戸数)でみると昭和48年の0.6%に対し平成15年では1.7%と上昇している。
 背景には養豚業のように10年間で1戸当たりの飼養頭数が約3倍に増加するなどの経営規模が拡大したことと、混住化の進行がある。
家畜排せつ物の発生量


◆環境問題への対処 水源汚染を避ける

 環境問題としては家畜排せつ物の不適切な管理が原因とされる硝酸性窒素や原虫(クリプトスポリジウム)による水の汚染が新たな問題となっている。
 硝酸性窒素については畜産農業でも暫定排水基準が定められ飲用井戸の汚染が判明した場合には改善が図られることになっている。環境省の14年度調査では環境基準値を超えている地点が5.9%あったと報告されている。
 また、クリプトスポリジウムは家畜を含め動物に寄生したものが排せつで河川などに流れると水道水源を汚染することがあると考えられている。こうした問題は人の健康に直接影響することから、家畜排せつ物の管理の適正化は社会的にも重要な問題となってきた。

環境問題と家畜排せつ物


◆有効資源として利活用を位置づけ

 家畜排せつ物法は、こうした環境問題に対処するために適正な管理をする必要性があるだけではなく、たい肥利用を通じた農業の持続的発展に資する土づくりに積極的に活用することも求められていることから制定された。
 家畜排せつ物は、窒素などの成分や有機分の多い資源であることから肥料として農業生産に使われてきた。国の調査では平成11年では家畜排せつ物の約8割が土づくり資材として還元されているという。消費者にも環境意識が高まっており、たい肥を中心とした土づくりに取り組んだ農産物に関心が集まっている。
 ただし、高齢化が進んだ地域では労力不足でたい肥の施用量が減少している例もみられる。稲作ではたい肥の施用量は昭和40年の10アール545kgが平成11年には110kgに減少続けているというデータもある。
 家畜排せつ物法の完全施行に向けて、処理施設の整備が進められてきたが、それは適正な管理を確保するとともに、家畜排せつ物の利活用を一層促進することでもある。
 今後は、JAグループにとってもたい肥の利用を促進するために、耕種部門の農家ニーズにあったたい肥をつくることや、たい肥の配送と散布などの取り組みも期待される。

家畜排せつ物の年間発生量の変化


◆12月に施行状況を調査

 家畜排せつ物法の完全施行後、農水省は管理の適正化などの施工状況を定期的に実施することにしている。
 まず施行後1か月程度経過した12月に集計するため、今月、都道府県に調査票を配布し調査を行う。調査項目は管理基準の遵守状況、指導、助言の実施状況など。
 実施状況調査は、当面、3か月ごとに行う予定としており、状況をふまえて年1回程度の調査とする方針が出されている。
 また、同法の運用には地域実態に即した判断も必要なことから他地域への情報提供や国と都道府県、あるいは都道府県間でも情報交換も必要になることから、情報交換や連携も行っていく。
 JAグループとしても11月に取り組み状況を調査し今後の課題を明らかにすることにしている。課題のひとつになるのが、簡易処理対応で法施行を迎えた農家。恒久施設設置の意向調査を行い、それに基づいて国にリース事業の継続などを求めていくことにしている。

◆環境規範の明確化が流れ

 一方、新たな食料・農業・農村基本計画の策定に向けた検討では、わが国の農業全体について環境保全を重視したものに転換していく方向が議論されている。
 8月に審議会企画部会がまとめた中間論点整理では、環境と調和のとれた農業生産活動の確保を図るため、(1)農業者が最低限取り組むべき規範を16年度中に有識者の意見を踏まえて策定、(2)17年度以降、その規範の実践を各種支援策のうち可能なものから要件化していくことが適当、としている。
 今後、具体化に向けた議論が行われるが、畜産は農業生産活動のなかでも相対的に大きな環境インパクトを持つことから、畜産農業者が最低限取り組むべき事項を「環境規範」として明確にすることが検討される見込みだ。
 この最低限取り組むべき事項として、家畜排せつ物法の遵守も考えられている。そして、こうした要件を達成することが畜産振興のさまざまな支援策を受けられる条件とする、というのが基本的な考え方だ。
 その意味では、家畜排せつ物法はわが国の畜産全体を環境保全を重視したものに転換し、耕種部門農業とともに持続的に発展させるための基盤となる制度でもある。


欧米の畜産環境対策

 家畜排せつ物法の制定は欧米の畜産環境対策の動向も背景にある。
 EUでは、地下水の硝酸塩問題の深刻化から、加盟国は硝酸脆弱地域を指定。その地域では家畜排せつ物の散布時期の制限、貯蔵施設の設置義務づけ、散布上限量の設定など行動計画を策定して畜産環境問題に取り組んでいる。
 また、米国では水質保全法に基づき、2003年から畜種別飼養頭羽数で経営規模を区分し、同時に家畜排せつ物と汚水の放流方法によって、畜産経営の経営許可取得を義務づけている。これらの経営を対象に家畜排せつ物の処理や農地還元などへの規制を行っている。また、家畜排せつ物の発生量や利用量の記録保持も義務づけられている。


2004.11.11



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