世界貿易機関(WTO)の新ラウンド農業交渉は、近くハービンソン議長が提示する予定の第2次案をめぐって、3月25日からジュネーブで再開される。3月末には、早くもモダリティ(交渉枠組み)を決定するという。
◆急いでよいか
第1次案をめぐるこれまでの交渉は、参加国の意見が鋭く対立し、進展がなかった。なぜだろう。そもそも、新ラウンドの交渉は、WTO農業協定自体が出発点になるはずだが、議長提案はこれを逸脱した。とても「漸進的」とはいえない大幅な関税引き下げ率の提示、「非貿易的関心事項」の黙殺など、農産物輸出国に偏重し、「公正」さを欠いた。その背後には、アメリカなどのあまりにも身勝手な主張があった。日本がEUとともに、この第1次案を拒否したのは当然である。
重要なのはその対立の構図だ。「多様な農業の共存」を主張の基礎においた日本やEUに対して、アメリカとケアンズ諸国の主張は「農工一体」の市場開放の徹底。弱い農業には市場からの退場を迫るものだった。
いま、世界は洪水や干ばつなどで食料生産が不安定化し、同じ国際組織のFAO(国連食糧農業機関)は、地球上で飢餓に苦しむ8億人の人たちを2015年に“半減”させることを呼びかけている。こうした時代状況をふまえると、対立する2つの“理念・路線”の選択をかけての交渉は、途方もなく重たいものだ。いきなりの数値いじりや駆け引きではなく、じっくり腰を据えて論議をしてほしい。一部の輸出国だけで地球の食卓が賄えるのか、各国の農業が存在してこその国際交易ではないのか――。論点は多い。急いでもらっては困る。
◆途上国が求めるものは
新ラウンドは“途上国ラウンド”ともいわれている。WTO参加国の中で、途上国は4分の3を占める多数派。そしてWTO発足以降の、先進国の“空手形”や“かやの外扱い”への不満が、その強い発言の背後にある。今回も、一見“三すくみ”の対立だが、どう理解したらよいのだろう。
途上国はいま、WTO協定下で、穀物を中心に国内農産物生産を縮小させている。先進輸出大国が輸出穀物に高い補助金を維持し、それをテコに多国籍企業が途上国への安価なダンピング輸出を強めたからである。穀物を輸入に依存した途上国は、食料主権を失い、家族農業を衰退させながら、多国籍企業支配下での「輸出用農産物」生産に傾斜している。さらに、この「輸出用農産物」が、再び多国籍企業の手を通じて、先進国の競合生産と生産農家を押しつぶしていく。こうして、先進輸出大国の生産農家を買いたたくことからはじまる、世界の生産農家“総つぶしのサイクル”が完成した。途上国の求めるものは、このサイクルの中で高笑いする多国籍企業の告発と、ルール是正であるに違いない。
◆食料主権をふまえた貿易ルールを
WTO農業協定は、農産物の自由貿易推進だけをよしとするものであってはならない。
昨年6月、世界食料サミット5年後会合でローマに集まった世界のNGO(非政府組織)は「フォーラム」を開き、「輸出型農業に対するあらゆる補助金」を批判するとともに、途上国と先進国の双方で家族農業の消滅を招いて、農村が貧困化している事態を告発した。また、飢餓の克服には食料主権の確立こそが必要と宣言した。まさにこの方向にこそ、貿易ルール是正の大道があるのではないだろうか。(2003.3.19)