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(たかぎ ゆうき)昭和18年生まれ。東京大学法学部卒。昭和41年農林省入省、平成2年林野庁林政部林政課長、3年大臣官房企画室長、4年食糧庁管理部長、6年畜産局長、7年農林水産大臣官房長、9年食糧庁長官、10年農林水産事務次官、13年退職、14年(株)農林中金総合研究所理事長。 |
梶井 6月28日に「生産調整に関する研究会」が中間報告をとりまとめました。中間報告は生産調整のあり方にとどまらず米政策全体に関して抜本的な議論を行ったうえでのとりまとめになりましたね。最初にそのポイントを解説していただけますか。
木 まず、米づくりのあるべき姿を示したことがあげられます。
それは何かといえば、日本では確かに主食用の米が主力であることは間違いない事実ですが、一方では、日本には加工用途米でも百数十万トンという需要がある。それから新規需要も潜在的にありますし、ホールクロップサイレージなど飼料用途の需要もある。
しかし、それに応えられる米づくりになっているのかどうか、です。では、需要に応えるというのはどういうことなのかといえば、それは価格対応ができているということだと。これが共通認識となっていて、それではそのあるべき米づくりの姿を実現するにはどうするのかを議論していくなかで、需給調整のやり方、それを担う農業者とそれに対する政策、これらが方向性として示されたということです。
それから、いちばん議論になりこれからも詰めが残っているのは過剰米処理対策ですね。
これについては、需給調整に対するメリット措置をきちんと明確にするということとの関連でいえば、基本的には需給調整の結果余ってくる米については、きちんと自己責任で処理すべきではないかというのが基本原則ではないか、ということです。
ただし、現実は200万の稲作農家がいて、その人たちが自己責任だと本当に処理できるのかという問題があるため、経過的にいろいろな対応を考えなければ現実的ではないのではないかというのも議論のポイントでした。
ここは具体策のかなりの詰めが必要ですし、それから費用対効果のチェックも必要ということで、おそらく秋までの最大の宿題になるだろうと思っています。
それから、もう一つは需給調整への参加メリットを明確にするということとの関連で、現行の稲作経営安定対策の扱いをどうするかの問題があります。
これは需給調整参加のメリットの明確化を前提に廃止ということとしました。しかし、経営所得安定対策が現に姿ができているかといえば、まだ見えてないということですから、経過的に経営安定機能が必要と判断される場合には、担い手に対する当面の経営安定対策が担う方向で検討ということになりました。
さらに、この担い手に対する当面の経営安定対策について、これを需給調整と本当に完全に連動させるのかどうかについてはメリット措置の検討と併せ秋までの宿題となりました。
この報告では、需給調整に対するメリット措置については、需給調整に参加した人には全部同じ施策を講じるとしました。それはそういうことだろうと思いますが、しかし、経営所得安定対策や構造政策、そのほかのいわゆる経営政策については、基本的には主業農家、副業的農家というような違いを考えて、やはり異なる政策対応が必要じゃないかということです。
◆価格に対応し 国産需要に応える
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(かじい いそし)大正15年新潟県生まれ。東京大学農学部卒。昭和39年鹿児島大学農学部助教授、42年同大学教授、46年東京農工大学教授、平成2年定年退職、7年東京農工大学学長、14年同大学名誉教授。主な著書に『梶井功著作集』(筑波書房)、『新農業基本法と日本農業』(家の光協会)など。 |
梶井 今回の議論では、日本の食料供給政策という観点とそのなかに占める米政策という捉え方での検討はなされたのでしょうか。
木 食料供給という議論でいえば、一体、需要はどうなっているのかが課題になりました。
現実の需要動向をみると確実に落ちている。最近では平均すれば年間20万トンを超える程度の需要減になっているのではないか。
一方、最近の消費者の米に対する志向はどうなっているのかをみると、かつては銘柄、おいしさでしたが、最近では価格、安全・安心になっているわけですね。
要するに今までよりも、デフレ傾向ということもあって価格で選ぶ傾向が強まってきたということですね。ですから、このような需要の中身を分析して対応しないといけないということです。生産調整の目的のひとつは、価格の維持にありますが、逆にそれが需給のミスマッチをもたらし、本当の需要に見合った生産になっていないのではないかという指摘もされました。
つまり、日本の米づくりをあるべき姿に持っていき、日本にある需要にきちんと全部応えていく、それには価格対応が前提だということです。それには行政の支援も必要でしょうが、これが達成できた暁にはこれは当然、需給調整などいらない世界が出てくるでしょうという考え方に立っているわけです。
それからもう一方の議論は、麦、大豆の生産について生産調整政策と関連づけてしまうから麦、大豆が増えたり減ったり、また品質面でも実需者に困るというものが生産されてしまうという問題です。これでは麦、大豆を本作化する、そして自給率を向上させる、水田を最大限利用するということにつながらないんじゃないか。ということは、考え方として需給調整に対する政策と経営政策、生産振興対策というのは基本的に分けないといけない。
要するに一つの政策でいろいろな目的を追求しようというのは無理だということです。ですから、ある政策はある目的を追求するという考え方が必要ではないかということです。
◆あまりにも主食用に偏ってはいないか
梶井 ただ、今までは米の生産は減らしてもらわなければ困る、しかし、水田は大いに利用して自給率を上げていくようにしなくては、ということで、麦、大豆への助成をだいぶ手厚くしましたね。つまり、単なる需給調整に加えて日本の自給力アップをこういう方法で図っていくんだという考え方があったと思いますが、単なる減産にならないか気になります。
木 われわれの考えは米を減らすだけだと思っていないわけです。あるべき米づくりの姿が実現されれば、つまり、価格対応ができれば、米の需要は増える可能性がある、または横ばいになる可能性がある。それなら飼料用米に多少の支援をしてもいい。
ただ、私はそのインセンティブも価格での支援はまずいと思います。そうではなくてたとえば、品種の改良、技術の改良・開発、ほ場の問題、こういう点に徹底した支援をする。そしてコストを下げる。それで対応できればおそらく米のトータル需要は増える可能性はある。
今、われわれがやるべきことはもちろん主食用でニーズにあった米をつくることです。それが太宗ですからね。しかし、あまりにも日本の米づくりは主食用に偏ってはいないか。主食用、主食用というものだから、結局、過剰米でもトン30万円にしてから、それをどうするかという話になる。
そのために大変な負担を全部計画米が負っているということになり、そこが不公平の原点だ、何とかしろという議論が出てくる。
しかし、なぜ、トン30万円にしてから処理するんですか、と。それは主食用しか頭にないからではないか。コスト的に完全に対応できるかどうかはともかく、初めから安い米だということで対応すれば、かりに最終的に飼料用に処理されたとしても今のようにトン30万円の負担にこれほどまで税金をつぎ込まなくても済むんじゃないでしょうか。
梶井 たとえば、そういう飼料用米生産という方向を出すにしても、ステップを踏む、つまり、どのくらいの時間をかけてその姿にするのかという点が難しい課題だと思います。
木 すぐに、あるべき米づくりの姿が実現できるわけじゃないですから、ステップを踏むことは示しています。そのためにどういう条件整備が必要か、その条件整備事項を10項目ぐらい掲げて、それを実行プログラムをつくって目標年次を明確にして行政も含めて関係者が対応していくということです。
それから単に実行プログラムをつくりました、ではなくてやはりきちんと評価するシステムをつくって、もっと専門的な目でチェックすることが必要だろうと考えています。そういう意味で「第三者機関」が必要だとしています。
梶井 その「第三者機関」の役割は、ほかにどのようなものがあるのですか。
木 ひとつは、需要をどう見るかです。これまでに研究会に出された資料では、国がつくった需給計画、需要の見通しは大幅に狂っているわけです。なぜ、こんなことになるかという議論がありましたが、非常に分かりやすい意見としては、これはマーケット・リサーチの分野のことというもので、期待・希望値を、入れてはいけない仕事だということです。
国が大所高所の立場で需要と供給の見通しは立てられるかもしれませんが、需要に見合った生産というレベルで予測するというのはマーケットリサーチの専門家等が行うべきではないかということです。
今後、30年間続けてきた生産数量配分のリセットも課題になりますが、どういう基準でリセットするか、これも第三者機関が出していく以外にないと思います。
梶井 第三者機関の予測というのは米行政のベースになるような予測になるわけですか。今、需給計画は食糧法で国が作成することになっていますが、マーケットリサーチによる需要予測というのはあのような生産計画となじまないものになりませんか。
木 ですから、計画・管理という考え方はやめるということです。需要に見合った生産というのは、米ビジネスとして考えるべきだということなんですね。これに参加する人たちがどのように需要をみるかという問題だということです。
それを第三者機関が示すわけです。それからもうひとつ役割がありまして、たとえば、地域の特色ある農業振興策については、北から南まで同一ではなく地域で選択できる支援システムにしたほうがいいと考えていますが、その選択、判定にも関わるということです。
◆不参加にメリットなし 甘くない「選択」制
梶井 今回示された方向では、少なくとも自主流通計画は廃止するという方向ですか。
木 基本的にはそうですね。ただ、危機管理ということはきちんと位置づけて国の役割としてあるという整理はしています。
梶井 計画流通制度では流通業者の登録というシステムもその一環で、いざというときに流通ルートを押さえておけば大丈夫だということだったわけですが。
木 逆に言えば、今は平常時の流通の管理、という思想ですが、今度のまとめはそれは危機管理のときに必要な制度だという位置づけにしています。業者登録という仕組みはあるにしても、今までは平常時の管理も念頭に置いていましたが、今度は危機管理のための仕組みだということになれば、平常時の業者登録のあり方は変わってくる可能性があると思いますね。
梶井 基本法では不測の事態への備えをしなければならないと書いてあるわけですが、研究会に示されたメモのなかには「水田をどのような形でどれぐらいの量を維持していくのかを検討することも課題」だと書かれています。私は、不測の事態の備えであるとか、自給率の向上の問題を考えるときにこれは大事なポイントだと思うんです。
木 具体的な数量まで議論はしてませんので、そこも事務局の宿題として検討するということになると思います。
梶井 また、需給調整への参加を生産者が市場シグナルから判断するということですが、これを実行すると需給調整は従来のようにうまくいかなくて、供給過剰になって価格は下がると思うんです。価格が下がると、むしろ本腰入れて農業をやろうとしている人への打撃が大きくなるんじゃないかと思うんですね。担い手の育成という観点から言えば、かえって大変なことになるんじゃないかと思いますが。
木 中間報告で掲げた条件整備事項には、セーフティネットも当然あるわけです。そういうものがあって初めてご指摘のような心配が払拭できると思っています。いきなり主体的に経営判断してください、ということではありません。
いずれにしてもこの方向性を現場適応性があって現実的に対応できるというかたちでシステムにしていくわけですが、そのためには条件整備が必要だということを大前提として整理していますし、情報が正確に伝わり農業者の段階できちんと理解されないとおかしくなると思っています。
今度の需給調整の「選択」というのは、自分できちんと判断し、需給調整に参加しなければ厳しい結果も受け入れます、余った米の処理は自分でします、価格が下がっても需給調整に参加しなければ何のメリットもきません。こういうことを全部分かったうえで決めてもらう、そういう意味での選択ですから決して甘いものではありません。
梶井 今後、危機管理の問題、さらに自給率の問題も含めてどのような具体的なステップを展開していくのかが、まさに大きな課題になるわけですね。ありがとうございました。