農業協同組合新聞 JACOM
   

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トップインタビュー・農と共生の世紀づくりのために

農家とのふれ合いが農協事業の基礎
JA共済連 新井昌一会長に聞く
相互扶助の精神で 農業、農村の発展を
インタビュアー 梶井功 東京農工大学名誉教授
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 「シリーズ/トップインタビュー・農と共生の世紀づくりのために」では各界のトップの方々に登場していただき農業やJAグループへの問題提起をしてもらい論議を深めることを目的に企画した。国際化が進展するなか農業を取り巻く環境は厳しく、国民の関心の高い食料自給率向上などの食と農の抱える課題は一層重要になっている。こうしたなかどう農業の担い手を育て地域農業を活性化していくのか、さまざまな立場の方の考えを紹介していきたい。第一回はこのほど旭日重光章を受章したJA共済連の新井昌一会長。農業者、農協人としての長年の体験を改めて振り返りながら問題提起をしてもらった。「土の恩恵を忘れる社会であってはならない」と新井会長は強調する。聞き手は梶井功東京農工大学名誉教授。


◆「村八分にしても二分の付き合い」 原点から考える共済事業

 梶井 新井会長、この度の叙勲、おめでとうございます。長年のご実績が高く評価されてのことと思います。今日はこれまでを振り返っていただきながら農業、農協についてとくに最近お感じになっていることをお聞かせいただければと思います。

 新井 まず共済事業の立場で言えば、JA共済をつくった先人の苦労というものをしみじみ感じています。
 戦前には農家もいろいろな保険に入っていましたが、戦後、将来を考えると農業、農村というのは助け合わなくてはならないということがこの事業の出発点にあったと思います。農村には「村八分にしても二分の付き合い」という習慣があった。葬式などの付き合いはしたということですね。そのように助け合って何かのときに備えるための幅広い事業が必要だということでしたが、戦前は認められませんでした。
 戦後、共済事業を始めたときには百姓に何ができるかという見方もされた。戦前の保険は戦後のインフレで紙屑同然になってしまうという状況でしたからね。そういうなかで相互扶助という思想を農村に植え付けた人たちの努力は大変なものだったと思います。
 制度は群馬県の金子代議士などの議員立法で国会に提出されたのですが一度は否決されるなど、苦労がありましたが、昭和29年の農協法改正で成立しました。そして毎日、毎日、農家と農協の結びあいを通して強い絆を築いていったわけですね。
 今は、保険会社と比較しても遜色ない事業に発展したわけですが、規模拡大にともなって何でも効率的にという考え方に偏重しないよう、やはり根本の、JAの共済事業はこういうものなんだ、相互扶助が基本なんだ、という姿勢を忘れないことが大事です。事業が大きくなればなるほどその精神を濃くしたいですし、私の使命でもあると思っています。

 梶井 村八分にしても二分の付き合いは残してあるというお話、これがまさに農村が持っていた相互扶助の原点だということですね。
 共済事業の始まりのことを調べたことがありますが、大正7年から9年にかけて当時の産組中央会理事の道家斉、参事佐藤寛次の2人が前後してヨーロッパ視察に出かけ、2人ともヨーロッパの協同組合運動の中心になっているのが保険事業だということを知って日本でも取り組む必要があるという報告書を書いたそうですね。ところが日本の産業組合法にはその規定がなく、今後はこれを取り入れていく必要があるということになった。ですから大正のころから日本の協同組合の課題にはなっていたということですね。昭和になってからは賀川豊彦がずいぶん熱心にこの問題を取り上げましたが……。

 新井 そうです。しかし、なかなか認可されずに戦後になってようやく認可されたわけで、制度の成立には相当の苦労があったということです。
 JA共済の哲学は相互扶助ということですが、これは今の言葉でいえば「人間愛」ではないかと私は思いますね。

◆現場に立ち現場を肌で感じる 農協に求められる姿勢

新井昌一 JA共済連会長
新井昌一 JA共済連会長

 梶井 その点が一般の保険会社の保険と違うところですね。その点をもっともっと強調する必要があるし、組合員にも認識してもらわなければなりませんね。
 今年は集中豪雨と台風、そして地震と自然災害が全国で相次ぎましたが対応は大変だったでしょう。

 新井 今年度の自然災害共済金支払い額は2000億円を超えると思いますが、それでも支払いについては異常危険準備金の計画的な積み立てもあり、まったく心配ありません。対応についてはまず被災者の身になって対応することを心がけており、そこでより信頼感が得られるものと思っています。
 そういうふれあいがJA共済の最大の強みじゃないか、と思います。

 梶井 今年の災害は農村部が多いですから、まさにJA共済なればこそと被災者の方々は実感されていると思います。

 新井 JA共済連としても被災地にはできるだけ早く役員が出向くことにしています。トップが来れば地域の人たちも安心しますし、全体像をつかんでいろいろな指示もできるわけですから。東京で聞いた話ではなく、災害の実情を自分で見て肌で感じなければいい判断はできません。
 もちろんこのような災害がないことを願いますが、やはり被災者は一言声をかけられたり、すみやかに救援に来てくれたりすれば、よかった、とほっとすると思いますし、われわれも喜ばれてよかったということになります。お互いのよかったという思いが複合されていけばまた素晴らしいことができるのではないか。

◆多面的機能の理解を広げる 農政論議は国民視点で

梶井功 東京農工大学名誉教授
梶井功 東京農工大学名誉教授

 梶井 さて、最近の農政論議についてのお考えを伺いたいのですが、今の農政についてずいぶん財界からの提言、批判などが出ています。それらの提言を見ますと農業に対して農業外からの風当たりが非常に冷たい感じがしますがいかがでしょうか。

 新井 以前、経団連との懇談の席で私は、農業の多面的機能の恩恵を受けているのはむしろみなさんたちでしょう、と主張したことがあります。だから、WTOやFTA交渉の場では、財界のほうから農業の多面的機能について外国に主張すべきだと言ったんです。環境、水などの問題で恩恵を受けているわけですからね。もし財界が多面的機能の重要性を主張するなら、われわれ農業側も本当に腹を割った話ができると。
 もうひとつ財界が指摘するのは不耕作地が増えているではないかということです。たとえば、群馬県でもいろいろな工場が来ていますが、つくるときには地元に相当の負担をかけておきながら、そのうち中国の方が労賃が安いと出ていってしまうこともある。
 そうなると残されたのは、そこで働いていた従業員とセメントで固められた土地だけ。自分たちの都合だけで去ってしまうのはどうかと言ったこともあります。不耕作地が多いのはわれわれにも原因があるが、土地の利用の仕方という点では財界にだって問題があるのではないかということです。

 梶井 新井会長のように率直に主張していくことは大事だと思います。農業の多面的機能は、農業という本体が健全に維持されてこそ、付随的な機能として発揮されるものです。その本体をつぶしてしまったのでは多面的機能そのものがなくなったしまうのだということを理解してもらわなければなりませんね。

 新井 養蚕連の会長時代、生産者団体と業者、関係行政などが集まって繭の価格決定する場に出席していたわけですが、そのときつくづく憤慨を覚えたのは、もう川上の仕事はいらない、すべて輸入すればわれわれの仕事はできるんだという主張です。
 最近もそういう主張が多い。川下だけ儲かればいいという考え方ですね。しかし、水や環境は川上の仕事があってこそ守られている。土から受けている恩恵というものを知らない社会であってはいけないと思います。
 農家は何も荒れ地にしたいわけではないし、群馬県の場合でも後継者が多く育って意欲ある人もいるわけですから、将来の展望が拓けるような道が必要です。土壌には無限の可能性があるし、ですから農業はやればやっただけの成果が得られる素晴らしい仕事だと思いますよ。

◆農村社会の価値への評価を 自らもその維持に取り組もう

 梶井 先の見通しがあれば若い人たちもやるわけです。展望を与えていないということが現在の最大の農業・農政問題だということですね。

 新井 そうです。それと担い手を育成することは必要ですが、心配しているのは一部の担い手だけで農業生産はできないということですし、また、農村というのは食料を生産するだけの場ではないと思います。
 農村ではたとえば、土手にゴミがあれば自分たちで拾ってきて自分たちで処分したものです。今はそういう意識が薄くなりつつありますが、農村の美風を維持するという考えは大事だと思います。ところが今の効率だけの政策にはそれはひとかけらもないんじゃないですか。

 梶井 私も、圧倒的多数の現実に農業を担っている人たちを施策対象外にする担い手政策では、農業・農村は崩壊してしまうのでは、と心配しています。皆が協力して地域を維持し発展させてきたのが現実ですし、それを強化するような方向こそを現場からは政策に求めていると思います。
 さて、最後に農協の役職員に向けてこの際、お話いただくことがあればぜひお聞かせください。

◆何のための一斉推進か 事業の基本としての「ふれあい」は今こそ大切

新井昌一 JA共済連会長

 新井 この事業はJA共済なんだ、という原点をしっかり押えるべきだということです。
 その原点とは、やはり加入者である農家組合員と共済を勧める職員の間に気持ちが通い合うということだと思います。
 一斉推進について、私は亀井前農相にも、これは組合員から今年1年の農協の対応はどうだったのかということを農協職員が聞くことでもあります、と強調しました。組合員から、資材の配達が遅れたとか、価格が高いとか、資金を貸し渋ったとかなどの話を聞くことも含めての訪問活動なんですね。
 そのなかで共済についても紹介していくということであって、それをだめだというのならこれは運動体の否定です。
 一斉推進が共済の仕事だけなら、もう加入しているからいいよ、と言われれば組合員との対話もそれでおしまいになる。しかし、何か農協への注文があるかもしれないし、あるいはその農家が困っていることが分かるもしれない。
 私は地元の合併前の農協時代、専務と一緒に先頭に立って肥料配達をしました。そうすることで農家の作付け状況や家族構成が分かる。たとえば、3日後に田植えするなら前日までの朝のうちに配達したものです。
 農協の仕事はある面では奉仕です。その心を失えば、町の肥料店を利用すればいいということになる。奉仕の心を忘れずに事業をしていけば組合員からそうそう不満が出るはずがないんです。

◆農の魂を忘れずに仕事をしなければならない

 梶井 営農指導でなくても個々の組合員の営農実態がどういうものであるかをつかんでいて、その実態に合うような対応をすることが大切だ、組合への信頼、組合との一体感もそうしてこそ培われるということですね。ところで、会長職は大変多忙だと思いますが、今でも農作業はやっておられるのですか。

 新井 畑のすべてじゃないですが、少しは。今はホウレンソウですね。農を忘れないためでもありますが、やはり農業をしていないと農家の人と話が合わないですから。
 最初に会長に就任したとき私は農魂商才と言いました。これは農の魂を忘れないで仕事をしなければならないということです。よく耕した土に鍬や竹の棒が、すうーっと深く入っていくあの感じはやはりすごくいいものですよね。

 梶井 それはJAは組合員と表面だけで接するのではなく深く組合員の心を耕さなければならんということでもありますね。今日はどうもありがとうございました。

インタビューを終えて
 “土から学んだことを「これから」に活かしたいのです”
 多くのJA関係者が目にしているだろうけれど、この言葉、「JA共済」のポスターに新井会長の温顔を写した写真にそえられた会長の言葉である。ポスターにはその下に“…きちんと耕してできた土は、肌が柔らかいんです。第一、植物の根のはりがいい。こんな土からできた作物はやっぱり味が違いますね。その意味で農業は正直なんです”という文章が続いている。
 会長訪欧(平成12年)でロンドンのロイズを訪ねたとき、ロイズの会長はアメリカ行きを急遽キャンセル、会談時間を確保してくれたという。全共連の世界の保険業界に占める今日の位置を端的に示すエピソードといえよう。
 その会長にしてこの言葉ありである。「助け合い」の精神が、JA組合員のなかに“すうっと深く入っていく”ように、組合員という土壌を深く耕す不断の努力こそが大事とお考えなのであろう。同感である。(梶井)
(2004.12.13)


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