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《書評》 山岸豊吉(長野県小谷村在住・映画監督)

『菅江真澄 みちのく漂流』

     簾内敬司・著
     岩波書店 刊
     B6判、\2300(税別)

『菅江真澄 みちのく漂流』/簾内敬司

気宇壮大 稀に見る記録文学

 まあ、この本はすさまじくも、奥が深くって、でかくって、身にしみるドキュメント・ドラマである。
 天明の大飢饉と平成の世紀末飢餓の、二百数十年の時勢を、手ないの藁縄を、いく筋もの芯にして、藁をすぐり、たたき、ぶ厚くて、幅広く長い、ねこ座を編むように、著者が真澄に行きつ、もどりつして、描き上げている。
 この国の胃袋が、51の州になるべく握り潰され続けても、人々は意に介さず、食べ物はいつも有り余っていると疑わない。
 知的には飢餓を考えず、痴呆の症候の群れにむらがったままの、平成の飢餓と、その末を真澄と著者は、ここに書きつづっている。
 第一章 黄金のみちのく
 第二章 神神の末裔たちの大阿仁部
 第三章 椿の海の神神の行方
 第四章 海の城
 第五章 森の道の渇き
 第六章 黒い瞳のなかの吹雪
 第七章 鄙の市
 第八章 賽の河原の風車
 第九章 燃えるゴミの日
 第十章 帰らざる故郷
 この一つ一つの作品に、それぞれ大きなテーマがあって、ドキュメント・ドラマが、生々しく描き出されている。
 真澄の生まれたのは三河の国豊橋。豊橋は天竜川の流れ落ちる所。諏訪湖から発し、木曽山脈。中央アルプスのふもとを流れる天竜川。流浪、紀行文を残した真澄は、生まれ所のここを出て、天竜川をさかのぼった。伊那・諏訪・越後を経てみちのくに…。
 この十章「みちのく漂流」は、山脈が脈々と続くように、壮大な一本の大河ドキュメントでもある。
 天明の飢饉後50年、天保飢饉。昭和初期、冷害凶作娘売り。500年続く玉城目朝市。蝦夷地政策「漂民御覧」。ゴローニン「日本幽囚記」シベリア総督ピールの書簡。尻屋崎の寒天馬。「魔の山」小繋事件、戒能通考。秋田、佐竹藩「青木一本首ひとつ」。啄木・賢治・柳田国男空印寺。北方生活、北方交易、北方戦争日本史のなか空白。往来物、寺子屋など郷土史読本。渡島といわれた北海道。恐山・一握りの米子供に…無常御和讃。六ヶ所村「あの処理工場もいつか燃えてしまうんでねえか?」もんじゅ、チェルノブイリ、東海村。八甲田山陸軍歩兵青森第五連隊210名雪中行軍遭難死。集団就職。ローマ法王庁宣教師シドッチ獄死。沖縄戦と今日。真澄は津軽の古文献を実に良く読んでいる。
 気宇壮大、誠にもって、稀に見る、記録文学だと、わたしは、深く感動した。


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