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2001年 新年特集 「21世紀を農と共生の時代に

21世紀の日本農業  20世紀の「暗」を繰り返させない哲学を

東京農工大学学長 梶井 功


 私たちは、今年から食料の安定供給を確保するため食料自給率を引上げる「食料・農業・農村基本計画」の実施に取り組まなければなりません。とくに問題になるのは自給率の低い麦、大豆、飼料の増産ですが、そのためには当然のことながらこれら作物の価格=所得支持政策が必要になりますが、生産とのリンクを認めない「緑」の政策ではそれはできません。不足払い政策を認める「青」の政策を存続させることが、ある意味では自給率引き上げの成否をきめることになると思われます。EUも域内農業を守るために、この「青」の政策の存続を強く主張しています。EUなどと連携して、その存続をかちとらなければなりません。WTO農業交渉日本提案を実現させることは、「基本計画」を実施していくうえでの重要な条件になっているのです。

営農主体の劣弱化が営農活力を低下させる

(かじい・いそし) 1926年新潟県生まれ。50年東京大学農学部卒。64年鹿児島大学農学部助教授、67年同大学教授、71年東京農工大学教授、90年定年退官、95年東京農工大学学長。主な著書に『梶井功著作集』(筑波書房)、『新農業基本法と日本農業』(家の光協会)など。 

 ところで、これも昨年末に発表された2000年農業センサスの結果は、21世紀の日本農業が容易ならざる状況で自給率引上げの諸課題に取り組まなければならなくなっていることを明示しました。1、2の数字をあげておきましょう。
 自給農家は95〜2000年の5年間に僅か1.1%しか減りませんでしたが、販売農家は11.7%も減りました。副業農家は3.3%の減少にとどまりましたが、主業農家の減少は26.1%にもなりました。専業農家の数にはあまり変化はありませんが(0.3%の減)それは男子生産年齢人口の専業農家は16.8%も減り、男子生産年齢人口のいない専業農家が20.8%も増えるという差し引きの結果としてでした。1995年までは一貫して増加してきていた販売額1千万円以上の農家数も減少に転じました。これらはいずれも、農家のなかでも農業に本腰を入れる農家が減っていることを物語っています。

 21世紀最初の年に当たって、私は21世紀の日本が平和国家として国際的にその地位を保っていくうえで、今年が重要な年になる、とりわけ平和国家の基底としての農業・農村の維持・発展にとって重要な年になると考えています。
 20世紀は、科学の世紀でした。原子力の秘密が解き明され、人間は宇宙に飛び出し、また生命の扉も開かれつつあります。20世紀の明るい面です。が、反面で20世紀は戦争と破壊の世紀でした。2度の世界大戦ばかりではなく、世界の各地で今も内戦が続いています。オゾンホールの拡大、砂漠化の進行はとまっていません。20世紀の暗い面です。
 明るい面はむろん21世紀に引き継ぎたい面です。が、20世紀の明は暗をともなっていました。21世紀にそれを繰り返させないために、そうはさせないという哲学を私たちはもつ必要があります。その哲学としてJA組織は、4年前の大会から、“共生”を掲げ、昨年の大会でもその哲学に基づいての運動の展開を決定しました。これは素晴らしいことだと思います。

 昨年暮に、日本政府は“WTO農業交渉日本提案”を決定、発表しました。その前文で提案のよって立つ哲学をつぎのように説明しています。
 “日本国民は、21世紀が、様々な国家、地域がそれぞれの歴史、文化等を背景にした価値観を互いに認め合い、平和と尊厳に満ちた国際社会において共存すべき時代でなければならないと確信する。
 農業は、各国の社会の基盤となり、社会にとって様々な有益な機能を提供するものであり、各国にとって自然的条件、歴史的背景等が異なる中で、多様性と共存が確保され続けなければならない。このためには、生産条件の相違を克服することの必要性を互いに認め合うことこそ重要である”

 “多様性と共存が確保され続けなければならない”とする哲学は、共生哲学と同義といっていいでしょう。この哲学に立つ提案は“農業者のみならず消費者を含む幅広い国民各層の支持を得ているものである”と前文でも書かれていましたが、私もこの哲学、そして提案には全面的に賛成です。21世紀がそういう世紀であるようにする責任を私たちは負ったといわなければなりません。

日本提案の実現は「基本計画」の重要な条件

 提案は、“この共存の哲学の下、(1)農業の多面的機能への配慮(2)各国の社会の基盤となる食料安全保障の確保(3)農産物輸出国と輸入国に適用されるルールの不均衡の是正(4)開発途上国への配慮(5)消費者・市民社会への関心への配慮の5点を追求する内容になっていますが、それらを通して、
 “効率を重視した画一的な農業のみが生き残り得る貿易ルールは、我が国のみならず各国にとっても拒絶されるものである。また、我が国は、競争力のある一部の輸出国のみが国際市場において利益を得るような交渉結果は認めない。我が国は、この交渉により、各国の農業が破壊されることなく共存していけるような公平で公正なルールの実現を心から望むものである。”
ということを主張するようになっています。

 提案が各国の支持を得て全面的に実現することを、私は願っておりますが、とくに、ミニマムアクセスについて、この“システムは、輸出入国間の権利義務バランスの面で均衡を欠くという基本的な問題があるため、それを改善する”こと、わが国のコメのように関税化特例措置をとった品目を関税化しても、“加重されているアクセス数量が将来にわたり継続されるという問題があり、その改善を行う”ことは是非とも実現してほしいと思います。「緑」の政策の改善、農業の国内支持水準を“各国における農業の多面的機能の発現を損なうことのないように・・・・現実的なものとする”ことの重要性はいうまでもありませんが、今回の提案のなかで、国内農業支持政策のなかで、今のところは削減対象外ですが、それは2003年までの期限づきになっている不足払いなどの“「青」の政策は存続させる”としている点に私はとくに注目しておきたいと思います。

 農業の強化を図らなければならないこの時に、営農主体の弱化が示されているのです。その点をもっと端的に、農業就業人口の老齢化が示しています。農業就業人口は95〜2000年で6.4%の減でした。90〜95年が14.2%でしたから減少率は半減したことになります。しかし、老齢化は一層すすみました。農業就業人口のうち65歳以上の高齢者の占める割合は、90年が33.1%、95年45.3%でしたが、2000年は56.6%になっています。農業就業人口の半分以上が65歳以上の高齢者になってしまったのです。
 今までの老齢化進行は、若い新規就農者の減と昭和1ケタ生まれ就農者の加齢がもたらしたものでしたが、95年以降は、停年帰農者の増加という高齢者の新規参入と高齢就業者のリタイア率の著しい低下という新しいファクターが加わっての老齢化らしいということが、センサスの結果から推測できます。停年後帰農も人生の1つのあり方としては意味なしとしません。が、その増加は営農主体の劣弱化という面をもっていることを、やはり問題として見過ごすことはできないでしょう。

 営農主体の劣弱化は、営農活力の低下をもたらします。耕作放棄地、不作付地の増加はそれを物語りますが、この5年間に前者は約30%、後者は78%も増加しました。センサス定義では不作付地は過去1年間作付しなかったが、今後作付する意志のある農地、耕作放棄地は耕作する意志のない土地ですが、作付する意志を当初もちつつも、数年作付しないうちにその意志をなくしてしまう、ということになるのが多いのです。耕作放棄地になれば農地としてのカウントからはセンサス上は消えます。そういう減少も含んで農家の経営耕地全体は5年間で11%減少しました。90〜95年は5.5%減だったのにです。

地域ぐるみの営農の活性化こそ必要

 こういう状況のなかで、たとえば農業法人を含め40万程度の経営体に経営所得安定策を講ずるといったような経営体育成施策がことさらに強調されていますが、それでいいのでしょうか。私には疑問です。
 確かに、こういう状況のなかでも上層農家の増加は一応続いています。たとえば都府県でも5ヘクタール以上農家数は2000年で4万3千戸を数えるまでになりました。我が国で経営耕地規模別農家数が統計的に把握されるのは1908年(明治41年)からで、そのときの5町歩以上の農家数が都府県で4万4千戸でした。このときから一貫して減少し、1945年にほとんどゼロになるのですが、以後再び増加して2000年でようやくもとにもどったのです。約40年でゼロにしたのを55年かかってもどしたことになるのですが、むろんすべての府県でもとにもどったわけではありません。東北諸県と新潟、栃木など1908年レベルを大きく超えたところもある反面で、1908年の半分以下にしかならないというところもたくさんあります。

 この地域差など、吟味しなければならない問題がたくさんありますが、注意を要するのは5ヘクタール以上農家数もここへきて増加率が鈍化していることです。90〜95年は38%増でしたが、90〜95年は35%、そして95〜2000年は22%です。ということで経営体育成施策に傾斜することで、「基本計画」を達成するような生産増強が行われるとは到底考えられません。いまや過半を超えることになった高齢農業就業者も生産増強の担い手になれるような施策こそが必要なのです。地域営農の組織化こそを構造政策の軸にすえるべき、と私は考えます。

 このこととの関連で、今回の農地法改正で条件づきとはいえ株式会社制度が認められたことにも、私は問題を感じます。農業委員会への事業報告を会社に義務づけ、報告内容の如何によって農業委員会が勧告、移譲あっせん、さらには国による買収といった措置もとられることになっていますが、農業委員会にその力があるでしょうか。株式会社が本当に地域の営農に寄与する農業生産を営んでいるかどうか、皆が注視している必要がありましょう。地域ぐるみでの営農の活性化こそが21世紀の日本農業には必要なのです。



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