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2001年 新年特集 「21世紀を農と共生の時代に

 
21世紀の食料・農業・農村対策
−生産者と消費者の共生の時代

谷津義男農林水産大臣に聞く


インタビュアー 東京大学大学院教授
 八木宏典
 「21世紀は共生の時代」と谷津義男農相は明快だ。JAグループの掲げるテーマそのものである。東京大学の八木宏典教授がインタビュアーのかたちで「JAグループに対する期待」を問うと、農協に対して「最も期待するのは営農指導」と農相は強調した。「IT(情報技術)時代に取り残されないように」とも助言した。年末にクローズアップされた「農業経営所得安定対策」問題では、一種兼業や、例えば経営面積の小さい施設園芸の農家なども視野に入れて対象を検討していく、と述べた。ミニマムアクセス米については日本の米消費量が多かった時代の数量を基準に輸入されていると、わかりやすく、その不当性を指摘するなど農相の話には熱がこもった。八木教授は当面の農政問題について次々に農相の見解を引き出していった。

◆再生産の意欲が湧く所得対策を

 八木 新年にあたって、まず21世紀の食料・農業・農村政策についての抱負をお聞かせ下さい。

 谷津 21世紀は生産者と消費者の共生の時代だと思います。新基本法農政は、国民が健康で充実した食生活を送れるよう、安全で良質な食料を安定的に供給することを目指しています。農業者も国民の健康は自分たちの生産物で維持していくんだという誇りを持って生産を進めてもらいたいと考えています。

 八木 食料自給率を上げていくためには、消費者にも理解していただくという、そういう面での取り組みについてはいかがですか。

 谷津 望ましい食料消費の実現に向け「食生活指針」も示して、食生活の見直しを進めておりますが、そうした中で、私は国内の生産物がより安全で、安定的に供給されることと、もう一つ、あえていえば、できるだけ安く出荷することも非常に大事だと思います。
 しかし、それでは生産者の所得が少なくなりますから、再生産への意欲が湧くように所得対策をきちんとやる必要があります。
 日本人の食生活は欧米型になっていますが、一方、欧米のほうは健康によい日本型に移ってきていると聞いています。私は健康維持の面から、もっと日本型の「食」のあり方をPRしなければいけないと考えています。

 また農畜産物の輸入は、外国の土地を借りて食料を作っているのと同じことであると言えると思いますが、外国の自然環境や社会状況に影響を及ぼしている面もあるかもしれません。
 FAOは世界の食料需要は今後とも増加するものと見通しており、農水省も同様の見通しをしております。このため、中長期的には世界の食糧需給がひっ迫する可能性もあると考えられていますが、その時になって食料自給率向上に取り組むのではなく、今から、土壌づくりを進めることが大事です。だから私は自給率目標は45%はもちろんのこと、これより高い水準も念頭に置いて施策を展開しなければならないと思っています。

◆日本提案では多面的機能と協定の不公平さを

 八木 今度のWTO農業交渉について日本提案の内容を少しおうかがいしたいと思います。

 谷津 「多様な農業の共存」を基本的目標としており、農業の多面的機能への配慮や食料安保などを追求する内容となっています。また、協定が公平ではないという問題点を出したことも重要です。農産物の輸出国、輸入国の間にはルールの不均衡があるんですから。
 それからミニマムアクセス米について、今の日本の米消費量は年間約990万トンに減っていますが、アクセス数量の基準は1986年から88年の約1060万トンという昔の消費量で固定化されて、これが基準に入ってきています。これはおかしい、推移に合わせてもいいんじゃないかという問題点なども、いくつか出しました。

◆狂牛病やスターリンク対策の強化を

 八木 日本の考え方について各国の理解を求めるために新春早々、大臣は各国を回られますね。
 フランスの狂牛病問題や米国の遺伝子組み換えトウモロコシのスターリンク問題を考えても、ただ単に市場万能主義をいうだけでなく、日本の提案にある「多様な農業の共存」のように、多面的機能も含めてその国々の実情に応じた農業政策や貿易のルールづくりも必要ではないかと思います。

 谷津 狂牛病対策では昨年末にEU諸国からの肉や骨粉の輸入を禁止しました。よその国で発生した病気が持ち込まれないように水際対策に万全を期します。
 遺伝子組換えについては、国民に心理的な不安がありますから、昨年は米国と飼料用トウモロコシのスターリンク対策を協議して輸出前の検査手続きについて合意しました。このシステムが有効に機能しているかどうかを日本から米国に職員を派遣してチェックするとともに、国内におけるモニタリング検査を強化し、不安のないようにします。

 八木 野菜の輸入急増に対するセーフガードの発動に向けた政府調査が始まりましたが、生産者サイドは大いに期待していますね。

 谷津 私は早く調査をやれといっています。とくに軟弱野菜などは短期で動きが激しいため状況がすぐ変わりますから。野菜では日本が初めて調査に入りましたが、なかなか難しいんですね。画期的といってよいかどうか、とにかく世界は注目していると思います。
 またWTOへの提案の中では、季節性があり、腐敗しやすいなどの特性をもった農産物に対応した機動的、効果的に発動できるセーフガードの検討を提案しています。

 八木 国民の中にも、これにはかなりの関心があると思います。

 谷津 調査決定前には木材が、また調査に入ってからはコンニャクとかウナギ製品にもセーフガードをかけてくれなどの要請がきています。私は輸入食品対策では数量やコストと、もう一つ安全性の問題が大きいと考えます。

 八木 新たな農業経営所得安定対策について、うかがいたいと思います。これからの政策は、一方で市場原理を基本に効率性を追求し、他方では所得安定を図る、そしてまた、環境保全型の農業を追求するという、いわば多元論的で、しかも相互にバランスのとれた政策原理が必要であると思いますが、現在検討されている所得対策のご紹介をいただきたいと思います。

 谷津 自民党が昨年から議論を続け、私も委員として参加してきました。食料は毎日食べますから、できるだけ安く提供する必要がありますが、それでは生産者の所得安定に難しい面が出てきます。
 しかし再生産につながる意欲的な経営には所得確保が非常に重要な要素であり、国民の健康を維持する食料を生産するためには所得対策をしっかりやる必要があります。そこを国民のみなさんに理解していただくためにも、学者や生産者などを含めた研究会を開いて意見を伺い、経営政策全体の見通し、再編のための「経営政策大綱」を本年の夏頃を目途に取りまとめ、その中で「農業経営所得安定対策」についても一定の方向を出したいと考えております。

◆農業生産は国策でやらなければ

 八木 米国は穀物の国際価格低落から、ここ3年くらいで総額約2兆5000億円もの農場へ直接補償をする政策をとりましたが、市場原理を追求する一方で、価格変動に対する経営安定対策を考えざるを得ない状況がありますね。

 谷津 私は1次産業、とくに農業生産は国策でやらなきゃならないんだろうとみています。だからWTO交渉の中で、その辺を認めてもらう形が出てくるんじゃないかと思います。「青の政策」に入るかも知れませんが、すでに米国もEUもやっているのですからね。

 八木 所得対策の対象範囲についてはどうですか。また手厚い補助になるとモラルハザードの問題が起きると心配する向きもありますが。

 谷津 対象範囲は意欲を持ってやる人が大前提ですよ。40万戸というのは自民党の議論の中で出てきた数字ですが、私は一種兼業の中にも対象としなきゃいけない人が出てくるだろうし、施設園芸などは経営面積が小さくても考える必要があると思います。一方、農業共済とのからみや、モラルハザードの問題も研究会で十分にご議論いただきたいと思います。

 八木 対策実施の具体的手法では、収入保険みたいな政策手法や中山間地への直接支払いといった手法もありましょうし、多面的な形が検討されるんでしょうね。

 谷津 多面的といえば、WTOへの提案にある「農業・林業の多面的機能」を学者の観点で位置づけてほしいと考えて、そのことを学術会議に諮間しましたよ。

◆重視する水問題は農水省の仕事

 八木 多面的機能については、国土なり生態系なりの環境面からの関心が高まっていますが、その面の政策的対応はいかがですか。

 谷津 私は水の問題を重視しています。世界的には農業生産に使う地下水の汲み上げ過剰で「風蝕」が起き、インドでは塩分が出てきて使えない農地があります。中央アジアの人も、農業生産が厳しくなってきたといっています。
 日本でも湖沼や河川の淡水が汚れ、農業生産を含めて大きな問題になっています。農林業と水には深い因果関係がありますから、私は「水間題は農水省の仕事である」といっています。しっかりと環境保全をやりたいと考えています。
 一方、畜産の環境問題があり、家畜ふん尿を有機肥料にするコンポスト化を急ぐ必要があります。今、地力がどんどん落ちてきて、このままでは良質な作物ができなくなります。有機肥料の使用を急ぐためにも家畜ふん尿の活用に大きな比重がかかっています。

 八木 そうした循環型社会をつくる上で農業・農村の果たす役割は大きいと思います。また山から都市へと流れる水の循環の中でも、都市の消費者とどういう共生社会をつくるかという課題があると思います。

 谷津 川から水田に引いた水が川に戻って飲料水に使われることもありますから、そこに有害物質が流れ出していては大変です。山村も農村も都市も同じ視点で協力していかなければなりません。

◆JAグループへの期待は営農指導

 八木 JAグループも昨年の全国大会で「農との共生」を打ち出しました。JAグループに対する大臣の期待はいかがですか。

 谷津 農協の果たす役割は大きく、今度、農協法や農林中金法等の改正をやりますが、私が農協に最も期待するのは営農活動です。これをもっとやってもらいたい。経営も大事ですが、農協経営を維持するための商杜を目ざしているような傾向が強いから、自給率目標を達成させるためにも、ぜひ営農指導をお願いしたいと思います。
 もう一つ、IT(情報技術)社会に突入してきていますから、ITを早く取り入れて活用しないと取り残される危険があります。生産者がインターネットで販売や購買の直接取引を始めると、農協は中抜きされてしまいます。
 IT時代を先取りして、早く情報を得て、適切な販売をするというふうに事業を進めるべきです。きめ細かい営農指導をするためにも先取りが必要です。

 八木 ありがとうございました。これから、ますます大臣にご活躍いただいて、21世紀の農政をリードしていただきたいと思います。


インタビューを終えて
 谷津大臣はこれまで農林水産政務次官、自民党総合農政調査会会長代理、同農水産物貿易対策特別委員会副委員長・スタディーチーム責任者などを歴任され、その間に米の関税化やWTOシアトル閣僚会議の日本提案をまとめ、さらに、総括政務次官として食料・農業・農村基本計画の作成にもたずさわってこられた。また、大臣はFAOディーフ事務局長とも長年の親友であるなど国際派でもある。それだけに、農政には非常に明るく、多岐にわたる質問にも、よどみなく明確に答えておられた。座右の銘は「人生開拓」であるとうかがっているが、温厚な話しぶりの中にも、節々に信念に裏付けられた押しの強さも感じられた。

 20世紀は、わが国の農業・農村にとって、まさに激動の世紀であったということができる。そしてまた、21世紀を迎えた現在は、農政大転換のまっただ中にある。新しい基本法によって方向付けられた食料・農業・農村に関する諸政策が、具体的な姿として登場しつつあるが、それを国際社会や国民の理解を得ながらどのように推進するか、その実行力の如何が問われているといってもよい。このような時期における谷津大臣の就任は、行政にとっても、また関係諸団体にとっても望まれていたものであり、まことに時期を得たものであるように思われる。大臣のこれからのご活躍をご期待申し上げたい。(八木)



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