韓国農業から見た21世紀の日本農業 農業は平和があって初めて発展する産業 韓国農政新聞発行人、韓国農業経済学会前会長 朱 宗桓 |
◆韓国農家の農業総所得は日本の40分の1 日本の農業は分散錯圃の耕地基盤に基づいた家族労作的零細農業という点において、韓国農業によく似ているといわれる。しかし、そのおかれた国際的、国内的条件は、日本と韓国との間に多くのちがいがある。 ◆雪だるまのようにふくれ上がった農家負債 現在、韓国の農家は都農間所得格差に加えて、農家負債が雪だるまのようにふくれ上がっているため、政府に対し負債の帳消しなどを要求して激熱な闘争を展開している。その旗印は
“新自由主義”農政反対と農産物輸入自由化反対である。これらの農民の運動に対する対策を一歩誤れば政権の命取りに発展するおそれすらないとは言いきれない。 韓国農業の基本問題は、資本主義経済自体の基本問題の観点から解明しない限り容易に答えが得られない。資本主義経済が20世紀全体を通じてひたすら歩んできた途は、私的経済の集積集中独占化による独占資本の巨大な発展と、そのますます増幅する諸矛盾に対応して急速に進展してきた私的経済に対する公的経済の拡大化として特徴化することができるであろう。新自由主義による民営化拡大政策も公的部門拡大の基本的趨勢を抑えることはできないであろう。それは国家独占資本主義化への趨勢加速化の傾向であると言いかえてもよい。これに対応して政治と社会もますます独裁化ないしファッショ化の度合いを濃くしてきた。 この傾向は韓国でもっとも克明に見てとれる。憲法の上では自由民主主義を国是としてかかげながら、特定の思想や信条や結社などを弾圧するための“国家保安法”がまかり通っている。このような世界的にも例に乏しい矛盾した独裁的法体系の影で、私的独占体としての巨大財閥は、権力と組んで巨額の借金経営と会社資本の私物化による会社の空洞化に向けて突き進んだ結果、韓国政府の年間予算にも匹敵するほどの140兆ウオン(約13兆日本円)に上る天文学的な巨額の公的資金を投入しても、なおかつ追加の公的資金を必要とされる程に、経済全体が借金のどろぬまに落ちこんでしまった。 ◆負債問題解決に公的資金投入を要求する韓国農民 韓国の農業経済とても例外ではない。昨年後半期に、借金で首の回らなくなった農民の自殺が報道された例だけでも6件ある。私的経済の公的経済化の趨勢の下で、もともと私的経済であったはずの農民経済すら、ますます深く公的経済の網の中に組みこまれ、農民の政府(その代行者である農協)に対する借金負担を和らげるために公的資金を動員せねばならない状況に追いこまれている。私はかつてこれを国家独占資本主義による農家の土地持ち労働者化の傾向であると規定した。空洞化した一般金融機関の救済のために、かくも巨額の公的資金を注ぎ込むのであれば、土地持ち労働者としての農民の負債問題解決のために公的資金を投入することは政府の当然の義務であるというのが韓国農民の主張となっているのである。 ◆労働者や農民の生存権要求闘争に政府はどう応えるか 2000年6月15日の南北首脳による6.15共同宣言は南北の平和定着と自主的統一に向けて巨大な一歩を押し進めた。けれども、南北双方の経済にとって大きな足かせとなってきた軍事費削減にこぎつけるまでには、まだ道のりは程遠しである。国民総生産額の5%に達する軍事費削減以外にはその他の財源が見つからない中で、労働者や農民たちの生存権要求闘争をなだめるための財源はなかなか見つからない。これに加えて、WTO体制の下、諸外国から構造改善要求と市場開放要求がつきつけられている。このような厳しい状況の下で、韓国政府が労働者や農民達の生存をかけた闘争をどれだけうまく押さえ込みながら、平和的民族統一という民族的宿願に応えることができるか。これが21世紀前半にわたる韓国の最大の課題であろう。 ◆非軍事分野での国家資源投入で成功した日本経済 韓国農政の状況に比べて、日本のそれにはまだ多くの余裕があるようにみえる。日米安保体制の下でほとんど50年間にわたって国防費を国民総生産額の1%の水準に押さえ込むことのできた日本は、非軍事的分野に国家資源を集中的に投入することによって、経済大国=技術大国を建設することに成功した。また、アジアの最大唯一の先進国であるというきわめて有利な地政学的立場を最大限に活用して、日米協力体制とWTO体制に依拠しながら、アジアの近隣諸国を日本から資本財を輸入して、現地の低賃金労働力を結び付けて加工品を輸出するという経済構造の網の目の中に包みこみ、そこから得られた超過利潤の一部を自国の労働者や農民に対する獅子の分け前として分け与えることによって、社会的安定をかちとることができた。 農産物市場開放圧力など日本の農業経済を圧迫するいろいろな要因があったにしても、農業経済は市場経済に比べ相対的安定を保ってきたようにみえる。少なくとも韓国などには比べものにならない程の安定さである。それは、農民経済の安定なくして国民経済の安定はありえないという国民的合意が形成されてきたことに加えて、このための政府の財源が、平和経済の下である程度順調に確保されてきたためであろう。また、外国の農産物市場開放要求に対応した官民協調体制は韓国などの類ではない。 ただ、耕地利用型農業の場合、生産費削減のための経営規模拡大の方策として、個別的企業農の育成か集団的地域農業かについて、日本の農政学者の間で見解の差異がある。しかし、やる気のある個別的企業農にしても、地域の集団的協調体制をうまく組織化できない限り成功の可能性がきわめて薄いという点からすれば、この両者の接点を模索することが大切であると考えられる。 しかし、いずれにしても、農業は平和があって初めて発展できる産業である。この意味においても、日本があくまでも国際平和を大事にする国であって欲しい。それには若い世代、特に農民に対する正しい歴史教育が必要であろう。過去の苦々しい経験から出た心からの願いである。 |
農業協同組合新聞(社団法人農協協会)
webmaster@jacom.or.jp