平成10年12月、埼玉県内の公立小中学校に通う子どもたちは「今日から給食のごはんは埼玉で作られたお米になります!」と書かれた1枚のプリントを受け取った。お米が県産100%となることが紹介されているほか、県内の米生産の状況やごはん食の大切さが解説されていた。
作成したのは、県農林部や消費者団体、卸・小売業界、生産者団体など関係機関で構成する埼玉県米消費拡大推進連絡協議会と(財)埼玉県学校給食会、そしてJAグループさいたま。このプリントは、学校給食用の米が県産自主流通米に全量切り替わることを知らせると同時に、県産農産物の導入に行政やJAグループなどが連携して積極的に取り組んでいくことを広くアピールするものでもあった。
◆学校給食会と経済連が取組みの意義を「共有」
埼玉県では平成9年から4市町村で地元産の自主流通米の供給が始まっていたが、その一年後に一気に全県への供給となった。
その理由を「皮肉なことだが、自主流通米の価格低下、さらには政府米の値引き措置と自主流通米助成金の段階的廃止があったため」とJA埼玉県経済連の門倉正米麦部長は語る。
平成8年までは助成金により購入価格が安くなることから県内の学校給食では全量政府米が使用されていた。それが、市場原理の導入など米政策の転換によって、まさに皮肉なことに自主流通米と政府米の購入価格差が縮まることになった。
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JA埼玉県経済連
門倉正米麦部長 |
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(財)埼玉県学校給食会
高鷲幸助事務局次長 |
さらに政府は、備蓄・運営ルールを導入したことから、政府米買い入れ数量が変動することになったため、供給側にとってみれば購入量が不確定になるとも考えられた。
(財)埼玉県学校給食会の高鷲幸助事務局次長は「米を安定的に供給するにはどうしたらいいか。政府米より多少高くても県産自主流通米で100%供給することができないものか、と考えました」と当時を振り返る。それまでJAグループとの事業のつながりはなかったが、高鷲次長はこの構想を県農協中央会と県経済連に打診。「JAグループのみなさんも最初から学校給食への供給には積極的でした」。
こうした動きを受け、県米消費拡大推進連絡協議会も新規事業として、10年6月に米飯学校給食推進会議を開催、これ以降、県、学校給食会、JAグループさいたまが連携して自主流通米導入に向けて検討を重ねていった。
導入にあたって検討されたのは「質、安定的な量、価格」(高鷲次長)だった。
しかし「埼玉はコシヒカリを中心とした産地。質はまったく問題ないし、量についても経済連が安定供給を保証してくれる。価格は、再生産の確保を念頭に置きながら、一方で給食費などに負担がかからない価格での供給を実現してくれました」と高鷲次長は語る。
もっとも、協議がまとまった背景には、なによりも両者がこの取り組みの「意義」を共有したからだという。
「親戚や家族が作っている米を食べてもらえば、地元の農業を身近に感じられるし生産者にも励みになる。安心、安全を提供することが地域農業の振興にもつながるだろうーー」。関係者の思いこそが実現へのエネルギーだった。
こうした協議を経て、10年12月から自主流通米に全面的に切り替わる。現在、県内小中学校合わせて、1200校あまりの約61万人が自県産米で学校給食を食べている。米飯給食回数は、平均で週2.8回。米の規格は基本的にコシヒカリ40%に朝の光、キヌヒカリなどとのブレンド。年間5500トン(玄米)を供給している。年間の計画流通米集荷量4万トンの約14%を占める。
◆ごはんがおいしくなった!喜ぶ子どもたち
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献立の1例。洋風わんたんスープといかフライ、チキンライス(カレーライスのように右下の具をごはんにかけて食べる) |
米が自県産米に切り替わると子どもたちや教師から「ごはんがおいしくなった」と喜ぶ声が一斉に上がった。学校によっては配られたプリントをもとに感想文を書かせたところもあり、なかには「ごはんを食べていると農家のおじさんの顔が浮かんできました。今までジュースの空き缶を田んぼに捨てていましたが、これからはやめます」といった感想もあった。
「この反響にわれわれも意を強くし、県産小麦や大豆も子どもたちに食べてもらおうと食材開発の話が給食会との間でどんどん膨らんでいったんです」と門倉部長は話す。
11年には、県産小麦「農林61号」を使った「地粉うどん」の供給をはじめ、さらに昨年からはパン「さきたまロール」の開発にも成功、「すいとん」も供給している。国産小麦100%使用の学校給食パンの開発は全国でも初めてのこと。この4月からはハンバーガー用パンとして「さきたまセサミバーンズ」も開発したほか、お茶どころ狭山市では地元の要請に応えて抹茶入りのパンも供給した。
現在、中華めんの開発にもめどが立ち、実現すれば小麦の供給量は2000トン程度となり県内生産量の10%が学校給食に使用されることになる。
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埼玉県学校給食会での県産農産物導入状況 |
県産大豆も導入されている。11年に「タチナガハ」で作った「彩の国なっとう」を副食として導入、昨年からは味噌「彩花みそ」も。さらに今年4月からは「冷凍ボイル大豆」を供給し、この秋からは「冷凍豆腐」と「醤油」も導入される予定だ。
大豆の原料供給見込みは、150トン程度。経済連の集荷量が約180トンだから、相当量が地場消費につながることになる。なかでも「彩の国なっとう」は好評で供給開始以来、6月で100万個を超える見通しだ。そのほか、「県内産黒豚50%使用のフランクフルトソーセージ」も供給、試験的にブロッコリーやさといも、トウモロコシ、デザートとして梨のカットフルーツの導入も試みられている。
◆地元農産物使用で知識と体験が結びつく
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小学校では食農教育も重要だ。教室の壁に張られた米の袋。身近な材料から学習を深める。 |
米については、さらに市町村単位での地場供給も進められている。北川辺町、大利根町、白岡町などいくつかの市町村が地元産のみの米を指定、なかにはコシヒカリ100%を供給している地域もある。その分、価格は高くなるが、この取り組みを評価する栄養士が献立を工夫したり、また、市町村によっては補助金を支出して価格差を補っている地域もあるという。
13年産からは県内第4位の生産量の川越市も市内で作られた米のみの供給に切り替わる。市立寺尾小学校(鈴木登美雄校長)の山田勇教諭は「小学生にとっては地域の特性を知ることが学習の大きなテーマ。地域を知って誇りを持つことが大切で、その点で学校給食に地元の農産物が使われていることは知識が体験と結びつくことにもなる。非常に意義があると思います」と語る。
山田教諭は今年5年生の担任、社会科では「食」がテーマのひとつだという。今年は学校近くの水田で農家の協力を得て田植えも経験した。植えたのは「朝の光」。秋にはその米を給食で食べることもあるかもしれない。「地域から出発して食のことを考えることができます」と語る。
門倉部長によれば、今後の課題は全国でも1、2位の生産量を誇る野菜や果実の安定供給だという。あくまで県内産にこだわるのが学校給食事業のコンセプトだ。野菜については、地域の直売所と給食会、学校が連携した供給や、規格外の野菜を引き取るなど多様な試みもみられるため、そうした活動との連携も課題だという。
一方、最近、高鷲次長のもとには、生産者グループから自分たちの農産物を給食素材として使えないかとの相談も増えてきたという。学校給食を単なる安定供給先としてではなく、地域の未来を担う子どもたちへの食を届ける仕事として、自らの農業を捉えるー。生産者の意識も変わってきた。
「われわれに求められている大切な点は、いかに消費者ニーズに応えるかということと思う。米の供給が突破口となって事業が広がり、県内の生産基盤の保全にもつながっている。責任をもって安全、安心を届けるこの学校給食への取り組みをもとに、今後は住民への食の提供もテーマにしていきたい」と門倉部長は話している。