昨夏のシドニーオリンピック、オリンピック村でのこと。マラソン代表の市橋有里選手が小さな炊飯器を抱えて食堂に現れた。
食堂は24時間営業、バイキング方式で好きなものを好きなだけ取れる。ごはんも用意されていたが、パラパラしたお米は馴染めない。市橋選手は日本のお米を持参して食べていたというわけだ。
代表レベル選手で、「ごはんがお守り」という人は少なくない。とくにオリンピックや世界選手権など海外のビッグ大会に出場するとき、大方の選手は、炊飯器とお米、またはレトルトパック入りの白米をカバンに入れる。
本来なら現地で出される食事でやり繰りすべきだが、そこは「気持ち」の問題。「日ごろ食べ慣れた日本のお米の味でないと、消化不良をおこしそう」という女子選手もいるし、縁起を担いで、「日本のお米を食べないと勝てない」という男子選手もいる。
一方、ごはんはエネルギー源としての役割も十分担っている。
新体操の団体日本代表チームは、ごはんを携帯食として重宝する。国内外問わず、試合には必ずお握りをひとり2個ずつ手元に置く。直前の練習や短い休憩時間に、一口パクリ。
日ごろ食事をコントロールする選手たちに空腹は辛い。大事な試合には集中力やスタミナが余計に必要になる。そんなとき、お握りだけで、俄然元気が出る。
ソフトボール日本代表チームの宇津木妙子監督は、朝のごはん食をきちんと食べることを選手に指導する。「1日の始まりに、きちんとエネルギーを取るべき」という考え方だ。ごはんをどれだけ食べたか、どんな表情だったかで、選手の体調や心を見抜くという。
一流の選手たちがなぜごはんを求めるのか。
ごはん効果はどうか。2年半ほど米国の大学にいたとき、スポーツ栄養学の専門家と調べたことがある。日米の陸上女子中長距離選手を対象にパソコンを使って評価してみた。
米国選手(大学クロスカントリー部)は、ピザとハンバーガーなどファストフードに偏り、鉄分やカルシュウム、ビタミンなど足りない栄養素は市販のサプリメント(錠剤や粉末)で補っていた。
日本選手(実業団)は、3食ごはん、動物性タンパク質は肉類より魚類が多く、野菜は生かお浸し、ごはんに合うみそ汁や納豆、豆腐の評判がよく、「日本選手の食事は最高」と専門家は太鼓判を押した。さらに、彼は主食のごはんに注目。
「分量を決めれば、カロリーはパン類やパスタ類と変わらないが、副菜のレパートリー、栄養バランスを考えると、アスリートに限らず、ごはんが主食というのは理想的。千年以上続く食生活だろうが、羨ましい」といっていた。一流選手がごはんを求めるのは、「慣れ」とか「好き」だけではなかった。ちゃんと理屈にかなっていたのだ。