JA経営マスターコース塾長も務める作家の童門冬二さん。アフガニスタンをめぐる問題を「食料生産がきちんと行われていればあのような極端に走らなかったのでは」とそこに農の欠落を見る。世界の動向と無縁ではいられない時代に、私たちはどう生きればいいのか。童門さんは、土に関わりを持つ人々はもっと自信と誇りを持っていいと強調した。
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◆ アフガンの人々の貧困さにも目を向けて
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(どうもん ふゆじ)本名・太田久行。昭和2年東京生まれ。東京都庁に勤め、都立大学事務長、知事秘書、広報室長を歴任。退職後、作家活動に入る。独自の史観で現代を見据える著作が多い。平成11年 勲三等瑞宝章受章。(主な著書)「小説 上杉鷹山」「近江商人魂」「情の管理・知の管理」「大江戸豪商伝」「渋谷栄一 人間の礎」「田沼意次と松平定信」等。 |
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(くらみつ さだみ)昭和9年鳥取県生まれ。京都大学農学部卒業。全共連東京支所長、企画管理部長、総合企画部長を経て平成2年参事。(株)中央コンピュータシステム社長、相談役を経て農業協同組合新聞編集委員。 |
――はじめに、米国でのテロ事件についてお聞かせ下さい。この事件に対しては当然のことながら非難が高まり、怒りも悲しみも非常に大きいのですが、一方で武力報復の是非、さらにはこうしたテロリズムが生まれてくる社会的な背景にも関心が深まっていると思います。
童門 アフガニスタンの風景をみると農がないですよね。石や岩ばかりごろごろしていて。テレビを見ていて農業とかなり無縁な生活状況に置かれているなと感じました。やはり食料の確保ということが大きく欠落し、それが貧困につながり、どうしても過激な信仰に走っていくんじゃないかと思います。
だから、報復戦争について私にはためらいがあって、それよりもなぜああいうことが起こったのか、原因探求に世界中の人がもう少し目を向けなくてはいけないと思いますね。
それにはあの世界貿易センタービルがなぜ狙われたのかということも分析しなくてはいけません。80カ国の人が犠牲になり世界の経済機能が打撃を受けたわけですが、あのビルに入っていた多くは金融機関ですね。銀行と証券会社です。つまり、世界の資本主義が攻撃目標になったということです。
そしてそのターゲットには日本も入っていた。だから、これは他人事ではないということですが、もうひとつあのとき感じたのは、自分の身は自分で守るしかないのか、という無力感でしたね。つまり、自分にもいつ何が起こるか分からないということです。
そう考えると余計に、ただ守るために報復するのではなく、もっと根本を考えなくてはいけないんじゃないかと思う。アフガンの高地に住む人にもっと土との関わり水との関わりがあり、食料生産がきちんと行われていれば、あのような極端に走らなかったんじゃないかという感じは強く持ちましたね。
――この問題は、効率が競われる社会、一人勝ちを生み出す現代社会の問題を浮かび上がらせているようにも感じますね。
童門 今の世の中は計量主義、数字主義ですから、超ビッグになるか、それともスモールのままで個性を発揮し存在意義を訴えていくか、このどっちかになっていると思います。中間がないんですね。金融機関も、合併、合併で超ビッグになっていく。
このようになったのはやはりIQ社会だからだと思います。知能指数による偏差値社会がこういう弊害を生んでしまった。塾通いから始まって、いい成績、いい学校、いい勤め先、高い給料、いいポストを求める。その結果、自分のことしか考えない、他人に対する思いやりなど全然なくなった。
今、米国ではそれが反省されてEQが経営のなかに取り入れられた。
エモーショナル・インテリジェンス、つまり、常に相手の立場に立ってものを考えていきましょうという考え方です。これが今まで欠けすぎてしまったんじゃないですか。それを考えると、あの中央アジアの問題でも、だれも向こう側の立場に立って考えてこなかったんじゃないですかね。
――競争で負けた多数は市場から退場しなさい、政策もそれを後押します。セーフティネットさえあればいい。これでは「ともに生きていく」とか、「公正」、「安全」、「平和」、など、人間にとって大切な価値がどこかに行ってしまうという危機感があります。
童門 もう少しお互い我慢して、痛みを知り合うことからスタートしませんと。その意味では、科学文明に頼り切っているわれわれの傲慢さを足踏みさせるというか、チェックさせる大きな機会を地球上の人がみな共通に与えられたことじゃないですかね。
――こういう時代での生き方の基本の基、とは端的に言って何でしょうか。
童門 やはり、だれかのために、だと思いますね。自分の存在は必ずだれかのために役立っているんだというパブリックな、公の気持ちというんですかね。それだと思います。
◆ 母なる大地に誇りを持って
――日本の農業は貿易の自由化が進み、かなり苦境に立っています。この点で悲観論もありますが、それを乗り超えようとする“地域づくり”の努力も各地で続いています。これからの可能性については、どう考えられますか。
童門 地域が農業だけで生きていくということはできないと思いますね。やはり大分県の平松知事が言ったグローカリーゼーションという発想が大事かなと思います。つまり、国際的な視野に立ちながら、地域の条件をふまえたうえでそこに活路を見いだしていく以外にないわけです。
そのためのひとつの足がかりは地方分権の実現です。地方分権の推進とは、極端にいえば、明治維新前に戻るということです。つまり、日本の各地方が藩に戻るということですね。
明治以前の藩・大名家というのは10割自治であり、その財源調達はすべて土から生まれる産業振興で賄わざるを得なかったわけです。足らなくなったからといって幕府は地方交付税や補助金を出したわけではない。これからはそこに戻っていくわけです。
そうなると地域の自己完結性に農業や農協がどういう寄与、役割を果たしていくかが大きな問題だろうと思いますが、そこで、強みになるのが土です。土はやはりいろいろなものの母ですからね。その土にはそれぞれ特性があるわけで産物にも影響しますね。農協の合併も行革の波しぶきを受けて進められているようなことろもありますが、地域特性を失わないようにしなければならないと思います。
地方分権の推進で特性ある地域をつくるために、つまり、そこに住む人々の幸福生産の一翼、一端を担っていくんだという考え方をもっていただきたい。それにはやはり地球上で起こっていることには関心を持つべきですが、しかし、そうかといって浮足立って地域から、とくに土から農協が足抜きをして全然別な方向に進むということではなくて、しっかり根は生やしていくことですかね。
◆ 農協は“幸福生産”の一翼を
――地域資源の再評価と全面活用、都市への情報発信と交流、消費者ニーズ・市場動向の把握など、さまざまな課題が見えてくるんですが、いずれもまだ曲折のさなかにあります。
童門 地方分権の確立とは、地域に新しい文化を生むことです。つまり、文明の生産なんです。だから、農協の人々も地域文明の生産者の一人であるという自覚を持つことが大事だろうと思います。ただ、それは単にうちにはこういう文化がありますよということではなく、雇用の創出につながり、同時に新しい地域独特のCIにならなければなりません。この場合のCIは、企業のコーポレート・アイデンティティーではなく、地域のコミュニティ・アイデンティティーです。
――その点で農協グループが歴史から学ぶべき教訓がありますか。
童門 たとえば、織田信長が優れた天下人であったというのは、衣食住が足りた後にくるのは個々人の精神の高まり、カルチャーだと考えたことです。そこでお茶に着目した。礼儀作法、それを発火点にしてニーズを生んでやろうと。で、何をしたかというと給与制度をがらりと変えて部下に土地を与えなくなった。その代わり茶碗、花瓶、書画やサイケデリックな衣類などを与えたわけですが、部下もその気になってきた。土地なんかいらないから有名な茶釜をくれませんか、それをもらうと部下からの信頼が厚くなってステータスが上がるんですよ、となった。
それで何が起こってきたかといえば、土から生産されるものが米だけではなくなり花も加わった。さらに植林事業。天井は秋田杉じゃなきゃいけないとか、床柱は京都の北山杉に限るよ、とかね。造園業が発達すると、それまで価値がなかった那智黒の石がえらく高いものになった。つまり土を母体にしながら、そこで生まれるものに全部付加価値をつけていったんですね。
結局、安土・桃山文化の実体とは全部、内需を創出した文化なんです。それが何によって生まれたかといえば価値観の大きな転換ですね。しかも土に鉱脈を見い出した。だから、地方分権の推進における地域文明、地域文化の生産のなかで、農協自身が地域に密着した新しい文化観なり、理念なりを生むことも大事じゃないかと思います。
――農協の役職員にいま、求められる発想転換についてはどうお考えですか。
童門 改革というのは、モノの壁、制度の壁、そして心の壁、この3つの壁への挑戦ですね。そのなかで自分だけはいいだろうという意識をもってはだめです。心の壁を突破すれば、モノの壁も制度の壁も破れるんですよ。
今、土の産業は追いつめられていますが、状況に負けないでいただきたい。むしろ巻き返しのパワーを発揮するなかで、日本全体の展望、あるいは新しい道を開く源に農協がなってもらいたいと思います。自信を持っていただきたいということですね。
――どうもありがとうございました。
(インタビューを終えて)
著書数百冊、昨今も著作や講演でご多忙の童門冬二さん。伺ったら一日の活力源となる朝食はおにぎり。もちろん「うまいコメでつくられたもの」とのことだった。
かつては東京都政に携わられ“地方にかくれたほんもの”を発掘する著作もある童門さんは「地方重視は私のモチーフ」とおっしゃる。インタビューでも“地域”への熱いまなざしと、その地での“なりわい”や文化についての明快なメッセージが印象的だった。
「グローカリズム」なる造語の意味を伺った。“グローバルにみる”こと。それは広い視野の強調だけでなく、当今のグローバリズムや効率中心主義に流されない視点と発想を明確に含んでいる。そして“ローカルに生きる”こと。それはそれぞれの地域がもつ可能性を主体的にくみつくすことの指摘だけでなく、新しい理念と技術をもった生き方への強い要請を含んでいる。「一所懸命と同じですか」とたずねたら、古い慣習や権威にしがみつく懸命さへの辛口の批判を頂いた。
頂戴した農業と農協への応援は大きく暖かい。さて、具体策は?それは私ども農協グループ自体の知恵や闘志に係わるようだ。フォーメーションはどうか? 心の壁は?(倉光) |