「社会全体が利益を追うという大命題で動いてきた結果、それがまさに狂牛病問題として、今、生命を脅かすほどの事態を招いたと思います。
それを変える、価値観を変えるには、やはり実際に食や農に携わる人たちによってしかできないと思いますが、そのときに生活に根ざした女の人の価値観、実際に自分の体から命を生み育てる女性の力がこれからの産業の形態も変えていくんじゃないか。私はそこが女性の活動の大切な視点だと思います」
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東京都町田市にあるワーカーズコレクティブ「凡」は、代表理事の西貞子さんが20人の仲間とともに17年前に立ち上げた協同組合組織である。ジャム、漬け物などの農産加工事業とお弁当、総菜の製造販売を事業の柱としてきた。生活クラブ生協の組合員として共同購入運動などに長く携わったのちに「凡」をつくった。
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「生活クラブは、自分たちの活動を生活の自治範囲を広げる運動と捉えています。そのなかの1つに食があり、それは組合員の注文をまとめ共同購入することによって、自分たちがほしいと思う“生産”をつくりあげることに表現されていると私は理解しています。
たとえば、スーパーには味噌でもいろいろ並んでいますが、消費者としてはそのなかから選ぶという行為だけですよね。ところが、生活クラブの場合は、こういう味噌がほしいとみんなが「買う」という行為をまとめ、自らが製造、生産にまで関与することで自分たちの自治範囲を広げる。それが共同購入の基本です。
しかし、生活とは消費だけじゃありません。働いて糧を得てはじめて消費があるわけですから、労働の場の自治範囲を広げようというのも課題になりました。それが生活クラブからのワカーズコレクティブの提唱だったんです。その提唱を受け自分らしい働き方ができるのならと仲間といっしょに立ち上げました」
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ワーカーズコレクティブ「凡」の店頭 |
ワカーズコレクティブとは、資本を持っている者と労働を提供する者、という通常の企業のような関係ではなく、働く者自身が資金を持ちより共同で事業を経営していくという組織だ。西さんたちの取り組みは日本でのワカーズコレクティブの先駆けとなった。
「といっても、資本も具体的な仕事もないままではうまくいきませんから、最初の3年間は生活クラブの業務を一部受託し、その間に独自事業を立ち上げる準備をしていくという方針でした。
その準備期間のなかで、凡が前述の事業内容を選択するには、前段の組合員活動の中で蓄積された人間関係と技能があったのです。町田にはまだまだ農地が残っているから地元の野菜を食べたいと共同購入を組合員のボランタリーな活動としてはじめたのがかれこれ30年前です。市の農業委員会に農家を紹介してもらい10人ほどの方との関係ができました。。その活動のなかで、結局、生野菜を円滑に共同購入していくには需給調整が課題になりました。食べる人間は一定なのに、旬の時期にはその2倍も3倍も収穫されるわけですからね。で、生で食べるだけじゃなくて加工しなければ、うまくいかないことが嫌というほど分かった。そして町田に農業があることは新鮮な野菜が食べられるというだけじゃなくて、「水・空気・緑」の環境を提供し農業技術と食文化は生活の質を高めてくれる貴重な資源である。ということもよく分かってきたのです。
「農家の方々と話をしたり、生産現場を見ることでそのころはいろいろな発見をしたんです。
きゅうりだって、かなり曲がったものがあったりとか、大きさもまちまちだったり、なによりも穫れたてがこんなにおいしいのかと感激しました。同じように農家の方も、自分の生産物に自分で値をつけたことははじめてだ、とか、自分が作ったものをどんな人が食べているのか知らなかった、というんですね。農家が運んでいくと、この前のイモはとてもおいしかったとか、大根にはすが入っていたとか、みんないろんなことを言う。そんな体験がお互いに新鮮でとてもおもしろく地元の関係性が作られていきました。
私たちは、基本的には農薬を使わない農法を求めています。しかし、それで収穫量がゼロになるのではお互いが生きていけません。ですから、私たちが求めているのは農法についての情報を開示してくださいということなんです。生産者の生産費をきちんと保証するようなものを作っていただかないといけませんからね。“絶対に無農薬”とは言ってはいないです」
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ブルーベリージャムなどの
農産加工場 |
その後、地元の野菜や果物などの共同購入は、農家がある程度計画的に生産し、安定的な需要も見えてくるようになった段階で生活クラブ側が組織の事業として引き受けた。
こんな経験が事前にあって、「凡」は農産加工を独自の事業の糧とするようになった。現在、素性が分かる原料を吟味したジャムの製造販売が売上の柱になっている。なかでもブルーベリーソースは月に4000本(400g)を製造、出荷。原料の一部は町田産だが、事業の拡大にともなって熊本、島根、長野などの生産地からブルーベリーを調達している。
主たる販売先は、生活クラブ生協。組合員が予約注文する農産加工品のひとつとして製造するという形態だ。つまり、この事業は「凡」の経営基盤にもなっていると同時に、その売り先はこれまで(そして現在も)西さんたち自身が食べる側から支えてきた生活クラブの組合員、という関係になっているのである。
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「私たちは、最初は食べるだけだった。そこから自分たちが何を食べたいのか、何を食べるべきなのかを考えていき、ワカーズコレクティブの立ち上げによって作る側にもなったわけですね。ただし、私たちの場合、作る側に回ったといっても、作ったものを食べてくれる場がきちんと提供されているなかでの事業という点で大変貴重な取り組みだと思っているんです。
というのも、いつ買ってもらえるのか分からないという売場に並べられているなら、入れたくない保存料もいれなければならないかもしれません。けれども、予約共同購入であれば確実な売り先が確保されているから、品質面でも確実なものを作れる。かつ、不良在庫を持たなくてすむという経営基盤もつくっていく」
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つまり、西さんたちの事業は食べる側にとっては素性の分かったものを食べることができ、作る側にとっては確実に販売できるものをきちんと作ることができるという、両方のメリットを持つ仕組みだといえる。
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「こういう経済行為があれば、狂牛病のような問題が起きたときにもあわてふためくことがなくてすむんだと思います。
常日頃から情報開示をして素性を明らかにしながら、まさに体に必要なもの、命を育むのに大切なものを作る側と食べる側でともに作ってきたわけです。だから、今こそこういう仕組みが大切だと力説したいです。
何か問題があるとみんなあわてて食べないようにし、それが忘れられたころにまた何か問題があったらまた食べない。これの繰り返し。それは食べる側としてはとても怠慢な態度と思います。
共同購入をベースにしたこうした事業には実際にはいろいろな問題があります。経営的にも決して楽ではなく課題もあります。しかし、今回のような事態になってはじめてその真価が分かる。しかも、それは突如として築くことができるもではなく、長い間辛抱強く続けていてはじめて得られる価値なんです。これはやはり協同組合という仕組みがいちばん実現できることではないかと思いますね」
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地元の野菜を食べたい、農地がある環境にしたい・・・・。その願いを基礎に継続させてきた事業。今後は、どのような構想があるのか。
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「やはり農業や地域に力をつけるのは、自分たちも経済力をつけ、地域の人々にも経済力がつき、という関係ができることこそが大切だと思いますね。ただ農地が残っていってほしい、いい環境であり続けてほしいと願っているだけではだめだろうと、そのための事業こそが私たちの役割だと考えています。
今後は、たとえば、ブルーベリーや砂糖が私たちの事業にとっては必要ですが、原料の果実だけでなく、砂糖まで国産ビート糖にしていきます。そして年々日本の中で私たちの使うブルーベリー畑が拡がり甜菜畑が増えていくことを目指します。しかも、それを単なる運動ではなく経済行為としてお互いに成り立ち得るものにしたいわけです。
そのためには、もちろん私たちだけが日本国中のものを全部集めてやろうということは毛頭考えていません。凡も拠点のひとつであって、同じような拠点がほかにもできていくようにしたいのです。しかもその拠点は生産地に近いところにつくる。そして、その近くの生産物を計画的に集荷し加工する能力をつける。そしてこの小さな拠点をネットワークでつないでいく。そうなればそれぞれの地域の力が生まれてくると思うんですね。大企業が産地に向かってこれだけ買い上げるからこれだけの面積で作ってくれという方法では本当の地域の力になり得ないんじゃないか。私たちのようなワカーズコレクティブや協同組合の可能性もそこにあると思います」
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畑に囲まれた「凡」の事務所の裏手には里山が広がる。「こののどかでなつかしい風景を残したい」という西さん。食べる立場、作る立場から、日本各地で農業が維持できる仕組みの実現をめざしている。
ワーカーズコレクディブ「凡」 東京都町田市小野路町
(URL:http://www.bon-machida.or.jp)
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