食糧庁が9月にその検討素案を発表した「米政策の総合的・抜本的見直し」が全国各地で議論を呼んでいる。
この「見直し」に対する批判は総じて厳しいものがある。ある農業関係紙はその解説欄で、「銘柄別の需要と産地の販売戦略に連動して担い手が創意工夫を発揮できる生産体制を作ることが狙い。つまり、農水省がめざしているのは、米価の回復でも低米価に苦慮する生産者の救済でもない。需給調整対策を軸とする米価維持を主眼にしたこれまでの政策を、低米価に対応できる生産体制の構築に転換するものだ」とまで言い切っている。
生産現場ではこの米政策改革をどのように見ているのか。福岡県北部のJA糸島の関係者に集まってもらった。座談会での意見をできるかぎり忠実に紹介しよう。
◆ 米の需給調整は達成されるか
農地集積で構造改革は進むのか−−村田
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(むらた たけし)昭和17年生まれ、九州大学大学院農学研究院教授。専門は農業政策、経済学博士。主著『世界貿易と農業政策』(ミネルヴァ書房) |
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(いた いそひろ)昭和12年生まれ、福岡県前原市で水稲・麦20ヘクタールを経営、福岡県稲作経営者協議会会長、全国稲作経営者会議副会長 |
村田 食糧庁が発表した「米政策の総合的・抜本的見直し」の検討素案について、とくに生産現場から見て評価できるものなのかどうかをお聞きしたいと思います。
まず取り上げたいのは、食糧庁が検討素案の第1の柱として「副業的農家の稲作経営安定対策からの除外」を掲げていることです。その背景としては、水田農業(稲作)は構造改革が進んでいないなかで、自主流通米価格の大幅な下落は主業農家には著しい影響があるものの、副業的農家の稲経補てん額は1人当たり平均6万円にすぎず、彼らにとっては稲経のメリットは大したことはないはずだと食糧庁が考えたことにあります。したがって、限られた財源の中で、自主流通米価格の下落で苦しんでいる主業・準主業農家に対して副業的農家の稲経補てん分を当てたい。このことが、水田稲作農業の構造改革推進につながる。除外した副業的農家は、別途、農村政策で対応したい。食糧庁の考えはこういうことですよね。
さて、問題は、副業的農家を稲経から除外して米の需給調整が達成されるのか、また主業農家(稲作大規模農家)に農地が集積され、構造改革が進むのかということです。
集落営農のリーダーである古川裕進さん、この点どうですか。
◆ 副業農家除外は
農業構造改革に逆行−−古川
古川 「見直し」の副業的農家の稲経からの除外という「選別政策」は、たいへん問題があります。
第1に、これまでの生産調整の達成は自給的農家・副業的農家の貢献がたいへん大きいことです。もし稲経から彼らを除外すれば、彼らは当然、米の自由な作付けに走ることが予想されます。それでは地域・集落での生産調整目標数量の達成ができなくなるばかりか、話し合いという集落機能の崩壊にもなりかねません。集落機能の低下・崩壊はたいへん心配です。なるほど副業的農家にとっての稲作は自給的かもしれません。しかし、農業用水の管理、畦畔の草刈りなど、人手を要する作業は副業的農家の参加があってこそできることなのです。このことが霞ケ関では実感できないのでしょうね。また、農政史上、画期的な中山間地域でのデカップリング政策、つまり中山間地域等直接支払いの要件である集落協定の実行にも影響が出るかもしれない。
第2に、副業的農家が米の自由な作付けに走るとなれば、土地基盤整備事業をきっかけに推進してきた農地保有合理化事業などもむずかしくなります。大規模農家への農地集積にも影響を与え、副業的農家は農作業の委託は行うことはあっても、利用権設定等の権利移転には逆にブレーキ要因になるのではないでしょうか。
大規模農家への農地が集積されないことの影響は、自給率向上の柱となる麦、大豆等の本作化についても、農地の団地化や集積等の要件達成が困難となる結果、これらの作付け減少となり、水田農業の活性化や自給率目標達成に支障をきたすことになるでしょう。
ついでに言わせてもらえば、副業的農家の稲経からの除外は、財源面でも影響がでるのではないですか。彼らは、水稲面積10アール当たり4000円のとも補償拠出はしない、また1500円拠出もしないということになります。併せて、稲の生産数量の縮小をせざるを得ない大規模農家のメリット措置である稲経造成資金そのものも縮小する結果となるでしょう。水稲の副業的農家は92万戸とのことですが、基金造成など財政面でのマイナスは無視できないのではないですか。
私は、構造改革の推進や主業・準主業農家に対する経営政策は、副業的農家の稲経からの除外という手段ではなく、農地集積に対する別途措置や専業農家の米の再生産を可能にする措置等で対応するのが現実的だと考えます。
◆ 稲作経営安定対策は
セイフティネットにならない−−井田
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(ふるかわ ひろのぶ)昭和26年生まれ、福岡県糸島郡二丈町で土地利用型9ヘクタール、トマト・ハウス栽培52アールを経営、二丈町深江地区140ヘクタール集落営農のリーダー |
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(すえまつ しげる)昭和22年生まれ、JA糸島営農部農畜産課普通作担当考査役 |
村田 「見直し」の副業農家除外は、集落営農の推進、したがってまた農業構造改革に逆行するということを、集落営農のリーダーとしては見過ごせないということですね。
ところで、集落営農ではないけれども、集落の農地を集積している個別大規模の稲作専業農家である井田磯弘さんはどう見ますか。とくに聞きたいのは、稲作経営安定対策がほんとうに経営安定のためのセイフティネットの役割を果たしているかどうかということです。
井田 食糧法の施行以来、米価の下落は経営に大きな影響を与えています。この間、稲作経営安定対策が導入されましたが、補てん基準価格の8割ないし9割補てんですから、収入が下がることは間違いないわけです。私は、米を約1000俵出荷していますが、この1、2年の販売収入の減少は300万円にもなります。
食糧庁の検討素案に対して感じることは、まず、第1に稲作経営安定対策の充実を私たち専業農家に手厚く実施するとの考えですが、これはありがたい話です。しかし、副業的農家を除外して、その財源を私たちにというのは心情的に問題があります。バチがあたります。予算編成上、やむをえないというのはそちらの言い分であって、地域・集落ではそんな話は通用しません。
第2に、補てん基準価格の見直しについてです。慢性的な米過剰下では、米価格の回復は全く期待できません。現在の3カ年平均による基準価格を5カ年または7カ年平均にしてほしい。
第3に、稲経を見直すことになれば、補てん金が上がりますから財源が問題になります。現在、稲経造成基金は生産者と国で1:3の割合になっていますが、これは補てん基準価格と当年産価格との差が10%を超えるとマイナスです。せめて、15%の下落幅に耐えうる資金造成、つまり拠出割合を1:5にできないか。
第4に、専業農家にとっては米価がどこまで下がるかわからないというのがいちばんの不安材料です。つまり、下支えがないという点です。こればかりは何とかしてもらわねばなりません。食糧庁の試算によれば、米の作付けが自由になったら、1俵当たりの価格は8000円から1万2000円程度になるということです。現状では、市場価格が1万4000円を割った場合には赤字になります。
したがって、1万4000円、いかに何でも1万3000円を再生産保証の補てん基準価格として設定し、それを市場価格が下回った場合の不足払いの創設をぜひとも実現してほしい。これが実現できれば、それこそセイフティネットと言えます。
第5に、私たちは「予想以上の米価格の下落で大規模農家ほど経営が苦しくなっている。したがって、新たな経営所得安定対策が措置されるまでは基準価格を固定する」という説明を受けている。ところが平成13年産の補てん基準価格の据え置き措置を廃止し、14年産からは従来の方法に戻すとされています。これは、約束違反ではないですか。「新たな経営所得安定対策をこのようにするから、基準価格の固定措置にかかった財源を新たな対策に当てる」のだというのなら話がわかりますが、そうではありません。
第6に、麦、大豆等の助成金水準の問題です。団地化要件の緩和、集積要件の追加などで取り組みやすくなりました。政策効果だと受け止めております。今回の検討素案では、経営確立助成金についても見直すということですが、現行水準の維持を前提にしないと、せっかくの設備投資などが無駄になります。このことはぜひふまえて見直して欲しいと思います。
最後に、私たち福岡県稲作経営者協議会は、創立20周年記念事業として、昨年7月に中国黒龍江省の稲作事情を勉強する機会を得ました。そこで見たものは、米の価格競争、規模拡大競争では中国東北部にかなわないということでした。政府は、コストの引下げと規模拡大によって国際競争力をつけるといいますが、限界があるということを実感しました。福岡には、主食用のSBS米が2万トン程度入ってきているという情報もあります。ほとんどが、中国産米です。SBS米が12万トンから10万トンに削減されたことは評価しますが、ミニマム・アクセス米問題を含めて国境措置をしっかりお願いしたい。
◆ 備蓄米の削減は
食糧庁の責任放棄だ−−末松
村田 ところで、食糧庁は政府の備蓄水準が適正水準を超えて推移しており、備蓄に要する財政負担も増大して在庫が自主流通米価格に影響を与えているので、備蓄水準を150万トンから100万トンに減らし、回転備蓄を続けるとしています。これについての意見を聞かせて下さい。JA糸島で米の販売を担当してきた末松さんにお聞きします。
末松 備蓄が「自主流通米価格に影響を与えている」といいますが、その根本原因は回転備蓄方式にあると考えます。最近は協調販売など、回転備蓄と棚上げ備蓄の中間みたいな運用がなされてきましたが、流通面ではそうした運用による米価格の維持であっても、生産調整という側面からはまったく位置付けは違います。回転備蓄方式は生産調整面積に跳ね返ります。つまり、備蓄50万トンの圧縮は即10万ヘクタールの生産(作付け)面積の抑制になります。併せて、「プラス・マイナス50万トン」という需給調整機能もなくなるようですが、これについてもその理由を聞きたいところです。この間の推移を考えれば、備蓄するというのなら、その方式は当然、棚上げ備蓄を基本とすべきだと考えます。
次に、生産調整のポジ配分、すなわち生産数量配分への変更と関連しますが、過剰米対策について具体的に触れられていません。予期せぬ過剰米による販売残のしわよせは計画流通米にくるのであって、国の備蓄運営による下支えと持越し在庫対策が重要と考えますが、それどころか「売却については、入札取引への参加により市場価格を形成」とあります。この方向だと、自主流通米価格はさらに下落基調になると考えますが、食糧庁はそれで良しということでしょうか。
村田 ありがとうございました。今回食糧庁が提案した「米政策の総合的・抜本的見直し」が、九州北部の生産現場からすると、集落営農のリーダーや個別大規模稲作経営、また農協の米販売担当者からみても、期待はずれというよりも、むしろ全体として構造改革を阻害するという意見であったように思われます。