◆加速化・激化する変化
農協に迫られる課題解決
|
こじま・まさおき 大正13年神奈川県生まれ。昭和22年東京大学農学部農業経済学科卒業、経済安定本部に入り、26年丸紅(株)、60年専務で退任、セコム(株)に移り、副社長、副会長を経て平成10年退任。農林中金監事(非常勤)、東洋経済新報社監査役現任中。農業会議所学識経験会員、日本農業法人協会理事、広報学会理事等。 |
21世紀における日本農業の問題は、本来21世紀中に処理されていなければならなかった課題が今世紀にまで持ち越されたために、一段と深刻なものになっている。しかも農業をめぐる今後の変化は、わが国経済の変化とともに、従来以上の速度をもって農業・農協経営を巻き込んで行くものと考えなければならない。
米需給の緩和、ウルグアイラウンド合意による米の部分開放、新食糧法の制定等、わが国農業をめぐる環境は大きく変化してきた。このような変化に対して、政府、団体が必死に対応して来たことを、もちろん否定するものではない。ただ残念なことに、政策の対応や、経営の変化よりも環境の変化の方が速かったのである。
たとえば、都市なみの所得確保を目指した新農政の展開、ウルグアイラウンドに対応するための構造改善対策の実施もあったが、政策の期待した変化を実現することはできなかった。
しかし、今後の変化はさらに激しくなるものと予想される。旧臘3日政府は「米政策改革大綱」を決めた。日本農業の中核をなす「水田農業政策と米政策は、関係者の度重なる努力にも関わらず、今日一段と混迷の度を深め、もはや放置できない状況を呈している」「抜本的な見直しと、その再構築が急務である」「改革に残されている時間はわずかである」とした食糧庁の生産調整研究会の報告(11月29日)はこの間の事情をよく物語っている。
米の生産調整は今後「国」の役割を後退させ、生産者自身の自主的な対応が重要になって来よう。今世紀初頭において、わが国農業はまず米を中心にこのような変化に直面しているのである。
しかも今後におけるWTO交渉において輸出国からの圧力はさらに増大し、輸入農産物の増加は不可避となろう。休耕地の増加とともに、農地のあり方も問題になるであろう。食品の安全・安心への関心の高まりは、農業生産のあり方に影響を与えて行く。さらに重要なことは、このような農業の変化に対応して、農家の共同組織として活動して来た農協のあり方においても、いろいろ課題の解決が迫られていることである。
◆問われる「政府」との関係
「自主的」な意思決定へ
戦前、戦後を通じて農業協同組合は農業の発展、経営の維持強化そして生活安定のために重要な機能を果たし、指導的役割を担って来た。
ただその発展には2つの特色があった。1つは昭和初期の恐慌の中で窮乏の中にあえぐ農民を産業組合として組織化し、信用、販売、購買、利用の機能を組合の中に集約し、資本主義市場の中で、農業経営を防衛し、農民生活を安定化しようとしたものである。この段階では、政府が唱道した「白力更生、隣保共助」をスローガンとする経済更生運動があったとは言え、あくまで「自主的な」運動であった。
しかし、昭和10年代から戦時経済化が進められるなか、経済統制が強化されるなかで産業組合が統制経済の一翼を担うようになった。これは食糧管理の進展とともに強化され、物資統制によって、資材の購買配給においても産業組合と国策との関係は密接とならざるを得なかった。このことは戦後のしばらくの間、統制が維持されていた期間においても続いたのである。これが2つ目の特徴である。
このように、産業組合は恐慌の中から農業農村を守り、資本主義市場の中から経営を安定化するために成長し、自主的な発展をしながら、統制経済の中でその性格を変えて来たのである。
ところが、日本経済は戦後急速に復興発展し、貿易自由化は農業に対して再び大きな変化を迫るようになって来た。昭和初期における農業恐慌とは性格は違うが、農業経営はきびしい市場の中に直接立ち向かわなければならないようになり、農業の生産性は、とくに土地利用型農業においては工業との格差を拡大するようになった。
また、1960年代からは大型小売業の発展とともに、流通構造も大きく変化し、農産物の流通形態も急速に変化して来た。購買、販売を重要な機能とし、資本主義市場に対抗しようとして来た農協の経済活動も変貌を迫られるようになった。
バブル以後における金融の再編も、農協の金融システムに当然大きな影響をもたらした。このように、農業、農協経営をめぐる環境は急速に変化して来た。
なかでも重要な問題は米消費の停滞と、生産力の上昇による食糧需給構造の変化である。食糧の政府統制の一環を担っていた農協が、逆に需給調整のための減反への協力を余儀なくされるようになった。しかも、政府の需給調整指導からの後退は、生産者の自主的な生産調整の必要性をクローズアップさせて来た。今まで政府の力が強かったために、「自主的」調整への移行には多くの困難が生まれて来る。
一方、農業の経営構造も大きく変わって来た。農業経営の分化が進み、担い手をもつ農家、あるいは専業で競争力を持つ農家は急速に減って来た。昭和初期の「自力更正」時代における農業経営構造と現在とでは全く違っている。しかし農協の組合員は零細農家をも組合員として包含し、組合の意思決定においても、昭和初期における組合決定の実態とは違って来ているのである。
このように政府との関係を如何に処理して行くか、組合としての「自主的」意思決定のスタンスをどこに置くか、農協としては現在大きな岐路に立たされているのである。
◆経済事業改革が急務
恒常赤字は経営腐敗にも
もうひとつ重要な問題は農協経営内部の問題である。ここ何年もの間において、購買販売の経済事業と指導事業の赤字を、信用、共済事業の差益で埋めて来たことは明らかである。しかし、信用、共済事業も、環境の変化と他企業との競争や収益構造の変化によって、従来のような差益を生みにくくなって来ている。一方、経済事業においても販売事業の中で唯一大きな収益部門となっていた米の収益の低下が顕著となり、購買事業においても、農協の提供する農機具、飼料、肥料等において、企業との競争が激しくなり、赤字は拡大しているようである。
また、蔬菜、花卉等においては、実質的に部門別グループによる活動が農協の枠を超えて活発化しているところもあるようであるし、安全・安心に対する消費者の関心が高まり、ブランドに対する評価が強くなると、農協の「指導力」だけでは個別農家に対する支配力を従前のように維持することは困難になる。
信用事業に対してはいち早くJA金融システムが確立され、共済についても統合がはかられたが、経済事業においては改革はこれからである。
最近農協関連商品においても、産地詐称等の不祥事が発生し、全農、全中あるいは農水省において、経済事業の刷新方策が検討されている。今までこのような各方面における検討によって、明らかになって来ている問題は次のような点である。
第1に今まで農協自身が、農産物の生産販売者として、市場や消費者の変化を十分に調査し、対応していなかったのではないかという点。このため、農協の事業に対して生産者とくに大規模ないし中核農家からの不満が多く、また園芸作物農家からも信頼を受けていない。もちろん、地域、あるいは農協によっては十二分に対応して、農業経営者から信頼されているものもあるが。
流通業者ないし消費者からみて、農協に対する信頼は一般的にかなり高い。このため、特定産地に消費地との結合が生まれたり、全国ネットを持つ流通業者や生協での供給体制を確立している農協も少なくない。にもかかわらず、農協の販売事業に赤字のものが多いのは何故だろうか。
また資本財、生産財の購入においても、農協の取扱口銭は決して高くないどころかむしろ安過ぎるほどである。にもかかわらず、農家からとくに大規模農業経営者から農協からの商品は高いという批判がでるのは何故だろうか。
生活資材の販売事業においても同様である。地域スーパー、コンビニにおいても農協コープ店が企業のそれとの競争に敗れる場合があるようだが、何故だろうか。
第2に農協のいわゆる「高コスト構造」といわれるものである。人件費が比較的に高いこと、仕事の密度、あるいはその他費用が高いことなど、しばしば言われることである。協同組合として地域住民との関係もあり、賃金を合理化することが困難な場合もあるかも知れないが、競争に敗れて、市場から消え去ることのほうがもっと大きな問題である。
第3に価格交渉力であろう。せっかく農協も合併により大規模化し、県連合会、あるいは全農という組織を持っている。購買においても販売においてもその交渉力を発揮することは難しいことではあるまい。末端農協においてはもちろん、卸段階にあたる県連ないし全国連合会においても、口銭率はむしろ安過ぎるほどなのに、価格に対する注文をきくのは、やはり仕入れないし、販売において問題があるのではあるまいか。
第4に部門別計算分析が十分に行われていないということもあるのではあるまいか。信用、共済で利益がでるから他部門の運営が甘くなるということはあるまいが、恒常的な赤字部門の存在を許すことは、経営それ自体を腐敗させよう。
一般管理費の配賦、指導事業のコスト評価、物流コストの分析と合理化など、経営上今後残された課題は多い。
◆生産・流通ひとつにまとめる
優位性ふまえ変革を
最後に経営構造と関連会社経営の問題である。経営管理委と理事会の機能と運営の問題、中央と県段階との関係、JA段階における経営の問題など、すでに各方面から指摘も行われている。
要するに企業においても協同組合においても、経営において最も重要なことは、経営環境の変化をいち早く洞察し、これに早急に対応することである。
経営における意思決定のスピードという点では、株式会社形態に比べて、協同組合はやや劣るかも知れない。時間的に遅いというよりも組合員の意思を一致させるのに念を入れざるを得ないということである。
しかし、逆に協同組合は、生産者と消費者を結びつけるという点では、より密接な関係を確立し得よう。生産と流通とを1つにおさめることができるからである。
また地域との密着を、地域的全国的ネットワークの強さという面でもすでに強固なものを持っているはずである。問題は今後このような「優位性」を如何に強化して行くかである。